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#対人依存症。和哉くんは生きづらい!  作者: 佐野和哉


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犬の生活

自分のことを殺したいときほど他人に関しては生きてほしい。好きな人なら猶更に。

でも自分が自分を活かそうとするときに邪魔になる奴も居て。

それが私の場合は身内で。


なんでお前もっと早く死なねえんだ、と毎日思っているし毎日死ねばいいと思っているのに相手もさるもの中々しぶとい。

家族の絆なんというものを一切信じていない、それに値する出来事で埋め尽くされた時期を不幸にも生き抜いてしまったために、未だにこういう考えが抜けないで居る。

まあ誰かを憎たらしいと思っている間は、それ以外の奴を恨む隙間が出来にくいからアカの他人を恨んで呪ってるぐらいなら不仲の身内に死ねと思ってるくらいの方がマシなのかもしれない。それを普段からひけらかしたりしていなければ。


ココに書くのはいいのか!?

と思うが、その代わりココにしか書かないことにした。

ココを読んでくださっている方の中には、そういう人も多いのではないかと勝手に推量している。

家族の絆を当たり前に信じられる人は家族に大切に育てられたのだろうし

宝クジが当たるとか、難病が完治するとか、愛の告白が実るとか、そういうのは全部そいつが経験した僥倖であって。

奇跡も絆も感動も我が身に起きたことでしかない。それを希望に出来るかは別問題どころか他人事を鵜呑みにして明るく生きられるならそんなに安上がりなことはない。

どんどんやるべきだ。

そしてずんずん沈むんだ。


家族の絆がどんだけ素晴らしいと説かれても、絆というのは家畜を繋ぎ止めておくための枷だったのであって。私にとって家族の絆なんて檻とか楔以外の何物でもなかった。

心も体も縛られ、傷つけられ、時間も若さも奪われた。

それを絆と呼ぶならば意外と正しい意味なのかもしれない。

家畜同然に殺されたほうがマシだった。

家畜は無駄に屠殺されないから、高級な家畜の方が恵まれているのかもしれない。


たまに思うもんな。

こんな小さな犬のほうが俺よりよっぽど大事にされてやがら、って。

誰かの大事な犬みたいな生活がしたい。


⇧この最後のフレーズを思いついてタイトルをシンプルなやつに変えた。

もっとクドクド書いてる説明っぽいほうがきっと受けるんだろうな。

と思いつつ。

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