言った言わないで揉めるよりタチ悪いのは言ってもないことを勝手に読み取る奴
人はそれを被害妄想と呼ぶ。
「そこは素直に聞いてもいいと思うよ」
と、この前お話してたときに言われた。相手の人は、私がとても好きで、いつも話していて楽しい人だ。その人の素敵さを私は何度も言葉にして来たし、直接本人にも伝えてきた。そしてそれを受け取ってくれて、喜んでくれる。
こんなに嬉しいことはない。
好きな人の好きなところを言葉にしているときほど、楽しくて言葉の紡ぎ甲斐のあることはない。そういう時はとても気分がいい。そしてそれを受け止めてもらえた時は嬉しい。
けど、翻って自分のことを言ってもらえているときは全然そんなことがない。
何を言われても疑わしくて、どうせ思ってもないことを言っているか、言外に何か逆の意味を含んでいるか、そうでなければ誰かの隣で裸で寝転んで真顔で打ち込んでいる言葉なのだろう。ぐらいに思っている。モノの例えだが、まあこのぐらい失礼なことを考える奴なのだということは、この際はっきり正直に申し上げておく。
だってどんな大袈裟で感嘆に満ちたフレーズだって顔を見て話してるわけじゃなくて、ある程度の在庫がアタマにあればパッと出せるじゃん簡単に。
つまりそれは自分だってそうだと白状してるようなもんなのだが、被害妄想でグルグル目になっているときはそんなことには思い当たらず、ひたすら居もしない人を迫害者に仕立て上げてじくじく責め立てる。
そこで「もっと素直に聞いていいと思うよ」という福音である。
要するに別にそんなこと誰も言ってないし、あなたのお友達であってくれる人ならば無理とかダメとかハッキリ言ってくれるよ。と。
確かにそうだ。「俺は無理だけど他のどこかの馬の骨となら誰でも良かった」ってケースもあったもんな。
そう答えたらまた電話口で苦笑いしてたっけ。
結局ガキの時分から今に至るまで「実は嫌だった」「ずっと我慢してた」なんて言われてさ。
見た目が怖いとか、ムスっとしてるとか、そういう理由も付いてきて。
ずっとニコついてなきゃならなくなった。
他人を威嚇して自分の思い通りに動かすためにわざとコレ見よがしにイライラしてるのを「イラついてる」というなら、わざわざ他人の機嫌を取るために好きでもない奴のためにニコニコしてるのは「ニコついてる」って言ってもいいだろ。
私はずっとそうしてきたんだ。
で結局そうやってニコニコしてやったって答えは同じだったわけだよ。
もう誰のことも信じられないし、目の前で話したり笑ったり裸んなったりしてくれてる時しか何とも思わないわけだ。だってそうじゃないか、その瞬間だけはそれが確かなんだから。それが誰かほかの馬の骨なのか、この豚の骨なのかって話で。
誰が豚骨だ!!!!
無理やりオチをつけてみたが、腰が痛すぎてそれどころではない。




