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「エリカさんあの屋台は何を焼いているのですか?あら?お隣にはお花の形をした飴もありますわ!なんて可愛いのでしょう!」
田舎町の屋台などたかが知れている。精々旅人用の軽食パンや町の子供たち相手のおやつ、小遣い稼ぎの花売りといったものがほとんどだ。
彼女の領地でも同じようなものではないかと思うが、違うのだろうか。それともあまり領地に行っていないのか。
王都からの帰りに事故に遭ったと言っていたし、元々は王都住まいなのかもしれない。
「あら?あの方のスカートの裾、もしかしてエリカさんの刺繍ではありませんか?」
リーラの視線の先には宿屋の女将さんがいた。彼女の履いているくすみ色のブルーのスカートには見覚えがある。
確か旦那さんの依頼で、女将さんの誕生日プレゼント用にカスミソウを刺繍した。もう四年も前の話だ。未だに使っていてくれているのが嬉しく、エリカは大きく頷き返した。
基本は白のカスミソウ。ワンポイントにピンク色のカスミソウを入れてある。
依頼は祝い事に向くものをといことだったので、「幸福」「感謝」という花言葉をもつカスミソウは、ケンカしながらも仲のいい二人にぴったりだとお思いながら仕上げていた。
『この町では感謝の意味を込めて、大切な人の贈り物に刺繍し相手に渡す習慣があるんです。彼女のスカートもその一つですよ』
外出用の小さいメモ帳に書き込むと、リーラは「素敵な習慣ですね」と微笑みながら返してくれた。
素敵、なのだろうか。六歳まで各地を転々とし、七歳になる少し前にこの地にたどり着いた。それからはずっとこの町から出ず暮らしていたのでよくわからない。
それでも自分たちが作り上げたものが、贈り物として大切な誰かに贈られるのは誇りに思うし、喜んでくれるのは素直に嬉しい。
この先につい最近出店した焼き菓子店がある。軽食とはいえないが、小腹を満たせる小さめのパイも売っているので、そこで一休みしようと、エリカは目元を緩めリーラの手を取り歩き出した。
「あのベリーのパイ美味しかったですわ!素朴なのにどこか懐かしくて、少しだけ屋敷の料理人のおやつを思い出しました」
『料理人のおやつ?』
「はい。実は料理人の一人にお菓子作りが得意な方がいたのですが、その方がよくベリーパイを作ってくれていたのです。
六年前にお孫さんと一緒に住まうために地元に帰ってしまったので、それ以来その料理人の作るような素朴なお菓子は中々口にしていなくて……。
すみません。懐かしくてついひとりはしゃいでしまって、うるさかったですよね」
『いいえ。貴女が楽しそうなのを見ていると、私も楽しいです』
家にいる時は控えめな彼女が、心から楽しんでくれているのが何よりうれしい。やっぱり気分転換に連れ出してきてよかった。
エリカはふわりと笑うと、再びリーラの手を繋ぎアクセサリー店が連なるエリアに向かい歩き出す。
貴族の彼女には安っぽく子供だましの品に見えるだろうが、見てるだけなら楽しむことができるはずだ。
それに無事帰宅した時、ほんの少しだけでもここにいてよかったと彼女に思ってもらえれば、保護している立場の人間としてもうれしい。
そう、嬉しのに……。
(……彼女は家に帰る。元々お貴族様と平民、立場が違う。このままずっと一緒に居られたならなんて思うなんて、バカだろ俺)
ただ変わらない日々をひとりで生活していた中に、突然光が差し込んだ。その光は偶然差し込んだもので、消えることは分かっていた。
分かっているのに、寂しさが心をさらう。
母が亡くなり二年。きっと人の温もりに飢えていた所に、彼女が来たから寂しいなんて思うのだ。
(ああ。助けた時、面倒と思っていたのになぁ……)
リーラの手を引きながら、エリカは繋ぐ温もりに自嘲した。