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 それほど時間は流れてないと思う。しかしエリカの体感では、随分と経ったかのように感じられる時間だった。

 その間、お茶のお代りを一回頂き、初老の使用人の何もかも見透かすような眼差しで見つめられながら、気が気じゃない面持ちで夫妻の言葉を待っていた。

 子爵夫妻は初め目を瞬かせ、資料とエリカを見比べ何やら唸っていた。

 さらに読み進めると、次第に眉にしわを寄せ不愉快だとでも言わんばかりに顔を顰め、最後にはほっと息を吐き出すという、なんとも様々な反応をしていたのが気にかかる。

 あの資料とやらには、何が書かれているのだろうか。

 

「なんというか、ブルーム。お前ってヤツは……。この一か月でよく調べたものだと褒めたいが、ここまで調べるなど……」

「そうですわ。なにもここまでしなくとも、良かったのではないですか?」

「そう言われますが、私はこの子爵家の執事であります。当主様ご一家が何事もなく過ごせますよう取り計らうのが私の仕事。

お二人の御心は素晴らしいと思いますが、安易に動かれては子爵家にとって損を被ることにもなりかねません。お叱りはお受けいたします。しかし、ここは心を鬼にし、知るべきことであると判断いたしました」

「それはそうだが、これでは一方的ではないか。彼女の心はどうなる」

「旦那様のおっしゃる通りです。人は誰しも秘密を持つもの、このように一方的に暴くなどと」

「しかし、今回これが役に立つと思われます。奥様のご友人の嫁ぎ先である、エリア男爵家では新たな技法を確立させつつあると耳に致しました。ならばそれを利用するのも一つの手だと考えた次第でございます」


 何やら不穏な会話をする三人に、エリカの不安は一層増していく。

 会話から自分のことを話されているのは分かるものの、どんな内容なのかはよく分からなかった。

 ただ一つ言えるのは、彼らは自分の秘密を知ったということ。それが何を意味するのか。

 どうする。どうすれば穏便にこの場を切り抜けられる。

 自分はただ招かれてここに来ただけで、何もしていない。何もしていないが性別は偽っている。それも彼らの大事な娘を預かっていた時からずっと。

 神に誓って何もやましいことはしていない。しかしそんなことなど、二人にとってはどうでもいい事だろう。

 先ほどまで和やかだったのに。やっぱり招きに応じるべきではなかったのだ。あの時、意地でも断りを入れるべきだった。そうすれば、こんなことにはならずにすんだのに。後悔先に立たずなんて言葉を、今身に染みて感じるなんて。

 罵倒されるのだろうか。それとも叩き出されるのだろうか。

 恐怖で手が震え、それを隠すように袖をひっぱる。

 脳裏に浮かぶのは幼き日々。罵倒され暴力を振るわれ、それでも母のため生きなければならなかったあの日々。

 トラウマで意識が遠くなっていく。心なし息苦しさも感じ、エリカは俯き浅く呼吸を繰り返した。


「ああ、いけません!大丈夫です。ここには貴女に暴力を振るう者はおりません。呼吸を整えましょう。大丈夫……大きく吸って、吐いて。吸って、吐いて」

「ブルーム!これは……っ」

「過呼吸でございます。我々の会話で、思い出してしまわれたのかもしまいません」

「そんな……っ」


 どこか遠かった声が徐々に近くなる。気がつけば、あの初老の使用人に支えられていた。一瞬、ビクリと体が震える。

 支えられている態勢のせいで、窓から差し込む明かりが逆行となり影がエリカを覆う。それがかつて見た男たちと重なり、ぎゅっと目を瞑ってしまった。


「大丈夫、大丈夫ですわ。貴女は何も悪くありません。深呼吸をいたしましょう。そう……心を落ちつかせるためにも。ね?」


 優しい女性の声が聞こえる。身を委ねたくなるような優しい声が。二年前まで聞いてた声のように優しい声。手に触れる温もりもどこか懐かしい。


「……かあさん……?」

「はい。そうですよ」


 掠れた声がでたことに気づかす、エリカは優しい声に安心し意識を失った。



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