恩返しの適正値
「ありがとう。だいぶんとよくなったよ」
長めの休憩を取ってしまった私は反省しつつ、体を起こした。少しだけ意識が飛んでいるので寝てしまったのだろう。おかげですっきりだが、自分の気の抜けようにちょっと落ち込む。
普段は禍のある山で無防備に寝るなんてないのになぁ。
申し訳ないと思いお礼を言えば、セオは気にした様子もなく爽やかに笑った。
「よくなってよかったよ。この研究はアメリアにしかできなくて、俺は枕と護衛役ぐらいしかできないからな」
「いや。本当に助かったわ。今度から気をつける」
「そうしてくれ。後数日しかアメリアと一緒に山に入れないから」
「え?」
「ん?」
私は驚きセオを見ればセオも首をかしげた。
「流石に治ったら俺は王都に戻らないと行けないから……」
「じゃなくて、また付き合ってくれるの? 今日だけじゃなくて?」
戻るのは当たり前だ。セオの職業は聖女の護衛で、アルフィーは神官。この村に滞在するのは聖女の我が儘のせいで魔物化しかかった為である。治れば、目的を果たして帰るのは当たり前だ。そんなことは分かっている。
分かってなかったのは、セオがこの一回だけでなく、滞在している間は手伝おうとしてくれていることだ。
「勿論。この研究を進める為には、この山に何度も入らないといけないんだろう? 今回みたいに慣れないことをするわけだから、俺が手伝えるなら、手伝った方が役立つと思ったけど?」
「そりゃ役立つけど、給料を渡しているわけでもないのに……」
私とセオの関係は命の恩人と患者かもしれない。でもすでに十分恩返しはしてもらっている。
そしてこの研究は個人的なことであり、この研究結果によってお金が入っていくるかも分からないから、給料なんて出せる段階ではない。
「恩返しなのにお金をもらったらいつまでも恩が返せないじゃないか」
「いや。もう、十分よくしてもらっているから。むしろ私が恩返ししなければいけなくなってくるから」
「えっ?」
「ん?」
首をかしげるセオに、私は再び目を見開く。
「いや。だって。素材採取を手伝ってくれたし、研究の為に裸を見せてくれてるし、その上今回もでしょ? どう考えても私がもらいすぎだよ」
「こっちだって、命を助けられて、アメリアのおかげで魔物にならずにすんで、しかもなかなか手に入らない魔物の蜂蜜と蜜蝋を譲ってもらって、どう考えても恩返しが足りないと思うけど」
私が指折り数えてセオにやってもらったことを上げればセオも同じように反論する。
「でもこれで三個と三個で相殺でいいんじゃない? それに蜂蜜と蜜蝋はお金をもらって売っているわけだし」
「いや。たった一回素材採取を手伝うことと命を助けてもらったことが同列なわけがないだろ。本当なら、治ってもここに通いに来て、時折手伝いたいくらいだ」
「いやいやいや。そこまで恩に感じなくていいから。ああいうのはお互い様だよ。セオだって、赤色のろしが上がれば助けに行くでしょ?」
こんなド田舎に王都からまた来るなんて、どう考えても無駄だ。移動だけで時間もお金もかかる。移動が大変だから、魔方陣で商品を送れる父の素材屋が繁盛しているくらいだ。
「行くけど、それと恩返しがいらないのは違うと思う。俺はあの時、本当に死を覚悟したんだ。……俺ならアルフィーを守れると思ったのに、実際は二人とも倒れる結果になって……本当に後悔した」
「でもそれは理不尽な命令をアルフィーさんが言われたからで」
その手伝いをするためにセオはついてきただけのはずだ。
だからあれは油断もあったかもしれないけれど、運がなかったのもあると思う。この時期に山には行って手に入れろという上司が一番悪い。
「それでも、俺はアメリアのようなベテランにお金を出して一緒に採取する依頼を出すべきだったんだ。そういうことを怠った結果だからあれは自業自得で、それを助けてもらったことに大きな恩を感じるのはおかしくないと思う。あの時俺は魔物にだけはなりたくないと心の底から思ったんだから」
「なら、私の研究だけは絶対に誰にも言わないと誓って。それで本当に十分だから。セオの立場だと難しいかもしれないけれど」
「前にも言ったけれど、言うつもりはないし、俺の命にかけて絶対誰にも言わない。たとえ拷問にかけられても」
「えっ。命をかけられるのはちょっと……」
私の研究を内緒にするためにセオが死んだと聞いたら、後味が悪すぎる。流石にないと思いたいけれど、もしもそうなったら口をわって、私を売ってほしい。
「後はアルフィーさんにも口止めできればいいのだけど……」
「アルフィーは虐められやすいけど、言わないで欲しいことは黙ってるから、その点は信頼していいと思う」
「なら、もうそれだけで十分だよ?」
「いや。それでは俺が納得できないし、アメリアの研究は、魔物になりかけて助けられた俺だからこそ、賛成だし、協力したい。それに蜂蜜も普通なら門前払いなところをアメリアの口添えで売って貰えたんだ。ただのお金のやりとりだけじゃない」
十分だと言う私に対してセオもゆずらない。
セオは大らかだけど、うちの父や祖父と同じで頑固者のようだ。
「それに心配なんだ。俺も助けられたんだからアメリアが強いのは知っているけれど」
「年下だから頼りなく見えるかもだけど……」
「そうではなくて。アメリアは、一人で頑張りすぎてしまうタイプなんじゃないか? 苦手なものを克服しようとかいう姿勢はすごく尊敬するけれど、でも長く研究するんだろう? だったら頑張りすぎないで、適度に力を抜いて研究して欲しい。早く結果が欲しいのは分かるし、俺だって禍の浄化がもっと簡単にできるようになってほしい。だから無理を少しでも減らせるように協力したいんだ」
学校では、友人や教師、元彼から【アメリアはすごい】と賞賛されたことは何度もあった。当然だ。それだけ努力して、主席をキープしていたのだ。そして反対にそのことを批判する【やりすぎ】、【でしゃばり】、【女のくせに】という言葉も聞いた。
でも私のやりたいことを止めるのではなく、無理を減らす協力を申し出られたのは初めてだ。
私のやりたいことを邪魔しない父や祖父とも違う。二人は何があっても私を見捨てない安心感はあるけど、好きにしなさいという自由を与えるだけで、私のしたいことを積極的に協力しているわけではない。
この気持ちをなんと表現すればいいのだろう。
ざわざわと胸が騒ぐ。
うまく言葉にできず、口を開いては閉じる。
「あの……えっと……」
「いや。俺の気持ちを押し付け過ぎたな。負担に思うなら忘れて欲しい。ただ、でも。できればこの村にいる間は手伝いたい」
「負担ではないの。ただ、その、たぶん嬉しいんだと思う。でも何も返せないから申し訳ないというか……」
貰いすぎだ。
私は当たり前のことと、自分がしたいことしかしていない。だから申し訳ない。
「この研究を成功させてくれればそれがお返しになると思ってくれていい。俺はアメリアの覚悟と内容から協力したいと思ったんだ」
「待って。……その、聞いて欲しい。私がこの研究をしたいと思った理由というか、きっかけを」
「理由?」
崇高な理由ではない。それどころか、私怨だ。
父や祖父は身内で私を知っているから笑ってくれるだろうけど、セオは身内ではないし、私に助けられたことで好意的に私を見ている。
だからがっかりしそうだ。
どうせ王都に戻る人間。私のことなどどう思われてもかまわないはずなのに、がっかりされたくないと思うということは、私はセオを好意的に見てるのだろう。
でも言わずに手伝いたいを受け入れるのは卑怯だ。自分が卑怯な人間だと思いつづけるぐらいな、がっかりされた方がいい。なんだったら、申し出をやめてもらった方がいい。
「そう。私は崇高な理念で動いてるのではないの。この研究を始めたきっかけは……私怨よ」
私は軽蔑される覚悟をして、セオに切り出した。




