体調不良
「えっと、木から降ってきているのがマナということが分かったとして……つまり、どういうことなんだ?」
証明が完了して喜んでいる私とは対照的に、セオはすごく困った顔をした。個人的には感動的場面なのだけれど、ついてこれていないようだ。……そういえばセオには何処まで説明したんだっけ?
「つまりね、このレンズは魔力と高濃度のマナが見えていると言うことなの。そうなると、魔物化したときにセオさん達の体の中にあった詰まりが魔力の詰まりとは限らなくなったという証明にもなるの。もしかしたら体内に魔力化できないマナが入ってしまい、それが魔力の流れを阻害している可能性もあるわけよ」
「そんな魔力化できないマナがあるのか?」
「それはこれから調べる所ね。もしかしたら魔力の方が変質して詰まりとなっているのかもしれないし、まだこれが正しいという結果は言えないわ。仮説を立ててそれが正しいかどうかは色々実験を重ねていかないと答えにたどり着かないのよ。今回の実験は、実験の為の実験というところかしら?」
一つの証明をするためには、その前段階の実験が必要なことなど多々ある。でも騎士科ではそんな授業はないし、実際に働き出してからもしないだろう。だから私のやっていることにピンと来なくても致し方がない。
むしろ私だけが楽しい状態になってしまっているのが申し訳ない。
「この木々が出しているものがマナとして、禍の近くの方がより多くのマナを排出しているのか、それとも木の種類で変わっているのか、はたまた標高で変わってくるのかを知りたいところだけれど、今日一日でやるのは無理だから、何度も山に入って調べていくしかないわね」
「何度も……」
「ええ。祖父にも常々言われるけど、思い込みはよくないの。少しのサンプルで答えを出してしまったら、もしかしたらその少しのサンプルが例外という可能性だってあるわ。しっかりと確認していかないと。それに禍の影響が山だけで食い止められている理由が植物のおかげなら、禍の進行を遅らせる方法が見つかるかもしれないわ」
そして遅らせられるならば、浄化方法ももしかしたら見つかるかもしれない。
この発見だけですごく夢が広がる。やはり、眼鏡の素材集めは急務だ。この眼鏡はとても役立つ。
「でも植物の種類によって、マナの吸い上げの差はありそうね」
眼鏡をかければまた赤くキラキラ輝く世界になった。木の中を通るマナが太いものもあれば細いものもある。足下の草もそうだ。基本的に木の方が吸い上げが大きいけれど、木はここまで大きくなるまでに何年もかかる。だとすると数日で芽吹き成長する雑草の方が禍を抑える研究に向いているかもしれない。
「なあ。そんな大変な研究を一人でやっていくのか?」
「うん。一人だから時間はかかるだろうけれど。じいちゃんにも言われたけれど、この研究はたぶん神殿に嫌がられるものなの。だからかなり研究が進んだ後じゃないと他の人は巻き込めないかな」
ほぼほぼ証明が終わりお試しで禍の浄化を行ってみましょうな段階になれば近隣の田舎から順に広めていくつもりだ。祖父の持つネットワークを使えば上手く広がるのではないだろうか?
それまで私は地道に、一つづつ疑問を解決し、仮説を立てていくだけだ。
「それは大変すぎるし、危険じゃないか? 難しいことは俺には分からないけれど、調べなければいけないことはすべてこの禍がある山でなんだよな? そこに何度も一人で入るということだろう?」
「無理はしないよ。焦っても仕方がないし、父の素材採取の仕事や祖父から看護をお願いされたらそっち優先だからね。ただし父から将来に向けてゆっくり考える時間を一年もらってるから、その間に少しはこの研究を進めていきたいなとは思ってるけど」
この一年間は見極めの期間だから根を詰めて仕事をすることはないので、比較的自分の時間が持てる。セオはこの山で巨大な蜂に襲われたから危険だと思っているけれど、私は幼い頃から父と何度も入っているし、今では一人で採取もする。
無理をしなければ、危険度は下げられる。
セオと話しながら、私は山を登っていく。やはり禍がある方角の方が赤いキラキラが濃くなっている気がするなと思いながら歩いていたが、しばらくして私は立ち止まった。
「ごめんセオ。ちょっと休憩していい?」
「大丈夫か? 顔が青白いぞ?」
普通ならば動いたことで暑くて赤くなるところだろうが、私は吐き気で気分が悪くなってしまった。眼鏡を外しケースに入れると、鞄からごそごそと虫除けの魔道具を出して起動させる。
「ごめん。思った以上に目を酷使するんだね、この眼鏡」
基本的に魔力を見るためだけに存在する眼鏡なので、魔物に襲われた患者を診る時に一時的にかけるだけで、常にかけていることはない。さらに常に上から赤いキラキラしたマナが降ってくるなんて現象を見続けるなんて初めてのことだ。
だからその中を眼鏡をかけながら歩き続けるなんて初めてだったので、こんな風に気持ち悪くなるものだとは知らなかった。
「うう。頭痛い」
もう少し早めに気がつけばよかったのだが、情けないことに、あまりに興味深いことばかりで、つい限界を見誤ってしまった。
「少し横になった方がいいんじゃないか?」
「うーん。ごめん、悪いけどそうする。虫系の魔物はこの魔道具があれば寄ってこないだろうけど、他の魔物は関係ないから、もしも私が気がつかなかったらお願い」
虫除けを設置したので、地面にごろんとしても虫が体の上に登ってくることはない。少し開けた場所で、鞄を枕にして横になるが、次の瞬間ふわりと自分の体が浮いて、慌てて目を開けた。
「えっ? 何?」
「俺の膝を枕にしろ。少しでも体を休めた方がいい」
「いや。そんなことしたらとっさに動けないでしょ?」
魔物が現れた時に私の頭が膝に乗っていたら動きがとりにくいはずだ。
「聴力を強化して、通常よりも早く気づくようにしたから大丈夫だ。あまり寝心地はよくないだろうが、鞄よりはいいだろうし、鞄の中身も潰れなくてすむだろ?」
色々大事なものが入った鞄なのだから潰れないのはありがたいけれど、膝を借りるのは流石に申し訳ない。しかし頭が痛み、気持ち悪い為、自分で体を動かすことすら難しく、膝枕されるがままになる。
少し硬い枕は、なんというか、落ち着かない。セオを見るのも恥ずかしいし、正直目を開けているのが辛いため、横になったまま目を閉じる。でも人の体温のせいで落ち着かない。
「……セオは耳の強化もできてすごいね」
「体が小さかったから、周りに負けないように身体強化は必須だったんだ」
そういえば今でこそ大きいが、昔は小さかったと言っていた。
「努力家なんだね」
身体強化は反復練習だ。それらを身につけるには並大抵ではない努力が必要となる。しかも聴力もとなれば更にだ。
「それはアメリアもだろ?」
「……かな?」
自分の為だからと言おうかと思ったけれど、セオの理由も私と似たようなものだ。あまり卑下する発言もよくないだろう。
「アメリアは無理をしそうで心配だ」
「……今回は初めて眼鏡をかけて山の観察をしたから、ちょっと使い方を間違えただけだよ」
ずっと眼鏡をかけ続けるとどうなるかなんて知らなかったのだから対策を立てようがなかったのだ。初めてのことをするのだからもっと慎重になるべきだったのは間違いないけれど。
「一人じゃなくてよかっただろ?」
「セオがいてくれてありがたいけど、別に一人だったらもう少し気をつけていたよ」
全部自分一人でなんとかしなければと思えば、もう少し気をつけたと思う。今回はセオがいるからと少し気が抜けてしまっていた。
「本当か?」
「もちろん」
「……あっ。ここから離れているから問題ないけれど、魔物の蜘蛛の巣に何かが掴まったみたいだな。蜘蛛の巣の糸って眼鏡を通すとどうみえるんだろうな?」
「えっ。何それ。見た――」
目を開きがばりと頭を起こそうとすれば、セオに有無を言わせず額を抑えられた。
「体調が悪くてもそういうことをするだろ? 少し寝なさい」
「……はぁい」
今のは私が悪いけど、わざと私が興味を引かれることを言うセオが意地悪だと思う。
そんな八つ当たりめいたことを思いながら、私は体を預け、もう一度目を閉じた。




