素材採取のお手伝い
「なんだ。今日も来たのか」
セオと定食屋の女将さんと話していると、朝食を食べ終えた祖父が戻ってきた。その顔には、昨日の忠告を覚えていないのかと書いてあるようで、私はへらりと笑った。
覚えていないわけではないけれど、やるべきことからは逃げるつもりがないだけだ。
「うん。今はセオと素材の取引の話をしていたの。昨日の時点で約束をしていたから。商売してるんだからたとえ口約束でも守るのは大事でしょ?」
信用されるためには約束を守らなければならない。
嘘をつく、約束を守れない人間は、またやるかもしれないと思われ、信用してもえない。信用を失った後に信用を取り戻すのはとても大変だ。だから仕事に関して私は誠実に対応しなければならないと思っている。
素材屋を継ぐのか、祖父の診療所を継ぐのか、それとも全く別の道を行くのかは決めていないけれど、素材屋の娘としての筋は通さなければならない。
私の言葉に祖父はため息を吐いた。父も私も頑固だと言うことは、同じく頑固な祖父ならば分かっているはずだ。
「それで取引はうまくできたのか?」
「ええ。治療が終わってこの村を出る頃に父の店に寄ってもらって、移送の魔方陣付きで販売することに決まったの」
「そうか。仕事が終わったならいいが、今日は体を休めなさい。昨日の疲れがとれていないだろう? 身体強化の連続で出る筋肉痛は、筋肉の損傷も激しいと言われている。アメリアは魔術師なのだから、もう少しおとなしくしておれ」
「えっ? アメリアはそんなに酷い筋肉痛だったのか?」
実は生まれたての子鹿状態だが、セオ達の前ではやせ我慢をしていた。なので祖父に暴露されるまでは気がつかれなかったようで、セオが目を見開いて驚く。
「まあ、私はあまり体を鍛えてないから……」
騎士科の人が身体強化が得意で私ほど酷い筋肉痛に悩まされないのは、普段から鍛えているからだ。私も山登りして採取をする程度には体を動かすが、それでも室内で本を読んだり研究したりしている方が好きで筋トレなどはしない。だからどうしても筋肉痛になる。
「そんな状態なのに、わざわざ来てもらってすまなかったな」
「えっ? いや、仕事だから気にしないで。それに筋肉痛はじっとしていればなおるものではないし。今日一日身体強化をしなければ大丈夫よ」
「それでも、俺も売って貰えることが決まって安心もしたし、ありがとう」
ただ商売をしただけでお礼まで言われて、私はそわそわと目をさまよわせた。
大怪我をしたわけではなく、ただの筋肉痛だ。ゆったりした方がいいだろうけれど、心配されるようなものでもないのに心配されてなんだかむずがゆい。
「どういたしまして。えっと。じゃあ、採取に行ってくるから、失礼するね」
「待って。採取?」
落ち着かないので、私はさっさとこの場から退散しようとすれば、その前にセオに手をつかまれた。
「ええ。昨日父に頼まれていた素材の採取がまだ終わってないから」
走るキノコも胞子出す為に潰してしまったのでもう一度採取する必要がある。
父はゆっくりでいいよとは言ってくれているが、やっぱり必要だから採取依頼があるのだ。筋肉痛程度ならば、しっかりと安全に気をつけた上で、採りに行くべきだろう。
「終わらなかったのは俺達を助けた所為だよな?」
「あー。でもそこまで急ぎじゃないから大丈夫って父も言っていたから。大丈夫よ」
違うとは言えないけれど、別に責めたい訳ではないので聞かれると困る。
「急ぎじゃないのに、筋肉痛の体で行くのか?」
「いや、ただの筋肉痛だからね。ちゃんと昨日冷やしておいたし、ストレッチもしたから、そのうち治るだろうし」
だからそんな悲痛な顔で言わないで欲しい。ただの筋肉痛なのでいたたまれない。
「でも入山制限がかかっている禍がある山なんだろ?」
「えっと。私、素材採取には慣れてるし、禍からは遠い手前の方で採取するだけだし、魔術師だから、心配しなくても大丈夫よ? 筋肉痛でも魔力的にはまったく問題がないから」
確かに酷い目に合ったばかりのセオが警戒するのも分かる。
でも奥まで行かなければ大丈夫だし、虫除けや色々道具を持って行けば、後は私の魔法でなんとかなり、そんなに心配する必要はないのだ。
「先生、俺もアメリアの素材採取の手伝いをしに行っては駄目だろうか?」
「いや、駄目でしょ? セオは背中に怪我を負っている上に、魔物化の症状があって、さらにキノコが頭から生えているのよ? 私は大丈夫だから」
最後のキノコは私の所為だけど、必要な処置だった。
どちらにしても、怪我人に手伝いをさせるような鬼畜になったつもりはない。
「いや。怪我は魔物化のおかげで痛みも何もないし、魔物化の症状もキノコのおかげで落ち着いてる。それにキノコは……じっとベッドでしているより、外で何かやることがある方が落ち着くと思うんだ」
チラリとセオが見た先には木に抱きついた状態でしばられ、幸せな顔をしたアルフィーが転がっている。……確かに何もせず、あれを見続けるのは精神的にくるものがあるかもしれない。
それでも素材採取はまったく危険がないものではないので、手伝いたいと言われて、はいどうぞという訳にはいかないのだ。
「……その前に手を離しなさい」
祖父が低い声で命令をしたため、私の手を掴んでいたセオは、はじかれるようにぱっと離した。祖父もセオ達に関わるなとは言ったけれど、患者に対してそんなに不機嫌にならなくてもいいのに。
セオは本当に申し訳なさから申し出ているだけだ。話た感じでは悪意はない。
「じいちゃん、患者がじっとしていないからって怒らないでよ。私が不用意な事を言ったのが悪いのだから」
「セオさんは聖女の護衛ができるほどの騎士なんでしょ? ベッドでじっとしてないといけないほどの状態なのかしら?」
私が祖父に苦情を言えば、食器を片付け終わった女将さんがにっこりと笑って、祖父に話しかけてきた。祖父は思わぬ場所からの言葉に苦虫をかじったような顔をする。
「いや……。農作業もできるぐらい元気だろうな。ただ怪我が塞がるまでは魔物化の治療に入れないから入院させているだけだ。魔物化でなければこの村から追い出してもかまわないぐらいと思っているが……」
「だったら、アメリアちゃんの仕事を手伝わせてあげればいいじゃないの」
「えっ。いや、女将さん?!」
突然何を言い出すのか。
私はギョッとして目をむいた。魔物化で体は丈夫になっているかもしれないけれど、セオは間違いなく怪我人だ。
「その方がセオさんだって気持ちが楽でしょ? アメリアちゃんに助けられたって話だし、彼らを助けたせいでアメリアちゃんの仕事に支障が出ているのだもの」
「いや、支障ってほどでもないですから」
父がゆっくりでいいと言ったくらいの仕事なのだ。
そんなに罪悪感を持つ必要はない。
「そうは言うが、アメリアはああいう性格だが、女だし」
「女性だからこそよ。ハリー。貴方は、ちょっと過保護すぎるわ。孫がかわいいのは分かるけれど、ちゃんと異性と交流させてあげなければ、異性を見る目も育たないのよ?」
……待って。女将さん?!
ようやく、女将さんがなぜセオを後押しし始めたのかの理由に気がついた私は慌てた。あれか。私とセオをカップルにしようとしているのか。
「待ってよ。私はそんなつもりないし。そういうのはセオさんにも悪いし。えっと、とにかく、今は結婚とかも考えてないんだから、そういう気の回し方は止めて」
確かに助けて次の日も会いに来たとか、気でもあるのではないかと勘ぐられてもおかしくない。
でも今のところ恋愛なんてこりごりだし、しばらくは自分の将来を見据える方が大切だ。
「別に、付き合えなんて言ってないわよ。相性がある話だもの。自分を安売りして損なうようなまねはよくないわ。でも出会いも交流も避けていたら、育つものも育たないし、その所為でコロッと駄目男に騙されることにもなりかねないわよ? ハリー? 貴方、自分の孫をそんな可哀想な目に合わせる気? ただでさえ、女親がいないんだから」
極端だ。極端すぎる。
駄目男の部分でちょっと元彼が頭に浮かんだけれど、こういう田舎ではそもそも恋愛よりお見合い結婚の方が多いでしょう?
とんでもない話に私があわあわしていると、女将さんは祖父の説得に入ってしまったのだった。