初めての採取体験
「本当に、ごめんなさい。祖父と定食屋の女将さんの話は気にしなくていいので」
私はいたたまれない気持ちのまま、山の入り口にセオと一緒にやってきた。
結局あの後、祖父が女将さんに押し負けしたのだ。キリキリと歯ぎしりしながら絶対孫娘に手を出すなと言った祖父は、聖女とか云々の話を忘れたただの孫馬鹿での発言だ。
私は人に好かれやすい性格をしていないのは重々承知だし、祖父だって男心が分かっていないと言っていたのにわざわざ言うとかセオに申し訳ない。セオが笑い飛ばさず、神妙に頷いてくれたのが幸いだ。もしも表面上だけでも真面目な対応をしなかったら、きっと祖父が絶対面倒なことになっていた。
祖父の言い分なら相手にされない方がいいのに、いざ対象外だと言われると怒る、孫馬鹿なのだ。
「いや。その。俺は気にしないが……。逆に無理に手伝うことになってしまって迷惑になってしまった方が心苦しいんだが」
「それは大丈夫。騎士のセオさんに手伝って貰えれば助かるのは助かるから。本当に申し訳ないだけで。それにセオさん達の治療はそれほど長くかからないと思うから、立ち去れば私は大丈夫。女将さんが私にああやってせっつくのは、私にこの村に残って欲しいからなんだよね。結婚してこの村で根を張って欲しいの」
「ああ。都会に比べて田舎は若者が少ないからな」
「それもあるけど、祖父の診療所を継ぐ人がいないのが心配なのだと思うの」
はぁとため息をつく。
「継ぐ人?」
「田舎だから、魔術師の学校を出た後にここで医者をやろうという人がいないの。父は祖父と馬が合わないから継ぐ気はないし」
そもそも仲がよければ一緒に暮らしていただろう。それができない時点でお察しだ。
それに父の仕事は王都で大繁盛だから、辞めてしまうとそれはそれで不都合が出るだろう。かといって、どちらも片手間ではできない仕事だ。
「神殿が建たない土地は診療所が命綱だけど、祖父も高齢になってきたから」
私が継ぐと言えば皆安心はするのだと思うけれど、医師の仕事には人の死を看取る覚悟がいる。それができるのかどうか。できないならば、祖父の知り合いの人に後継を任せるべきだ。
「大変なんだな」
「うん。ただ女将さんはそれだけじゃなくて、お見合いをセッティングするのが好きってのもあるんだと思う。女将さん曰く、何もせず恋愛結婚できる人間は三割程度で、放置すれば田舎は滅びるとか言っているタイプだから。とにかく、本当に気にしないで」
私は気を取り直し、採取する予定が書かれた紙を鞄から出した。セオも顔を寄せ一緒にのぞき込む。
「この辺りの葉っぱ系はすべて採ったから、次はこのキノコ系。あと、木の実関係が欲しいの」
「ごめん。名前を読んでもどの植物か分からないようだ」
「いいよ。騎士科で習う内容ではないからね。私が採りたいのは言うから、一緒に収穫して欲しいのと、周りの魔物に注意して欲しいかな。じゃあ、セオさんもゴーグルとマスク、あと手袋をつけて」
一緒に採取することになったので、服は自前の騎士のものを使用してもらうが、採取用手袋やゴーグル、マスクは私が用意した。
「倒せばいいのと採取は違うから、きっちり防御をした方がいいの。えっと、見た目は微妙だけど」
「わざわざ用意してくれてありがとう」
セオは嫌がることなく、ゴーグルやマスクをつけた。こういったものはダサいと言ってつけるのを嫌がる人もいるので、全くごねないのがありがたい。
それにしてもセオは必ずお礼を言ってくれてるなぁ。きっと育ちがいいのだろう。
「どういたしまして。じゃあ、中に入ろうか。キノコの場所は昨日行ったから大丈夫。あっ。マスクをつけると暑くなるから、キツい時は倒れる前に言ってね。休憩するから」
自分用の気温調節のイヤリングはあるけど、他者と一緒に採取をする予定などなかったので、一つしかない。休憩時に体を冷やせる魔道具は鞄に詰めてきたから、体調不良に成る前にそれで対処するしかない。
中に入っていけば、あまり目には優しくなさそうな蛍光色の木々がお出迎えしてくれる。
「この木ってなんでこんな色してるんだろうな」
「確かに、すごく目立つ色よね。前に聖女の浄化に付き合った場所も似たような色味の植物があふれていたからこういうものだとは思っていたけど」
「この色だと虫に食べられにくいとかあるのかな?」
「……その発想はなかったわ」
確かに、木にとっての天敵は虫だ。
花の蜜を吸って受粉してくれるのはありがたい反面、木の幹や葉を食べられすぎると、やがて枯れてしまう。毒を持てば、受粉してくれる虫さえも近寄ってこないし、その虫も全く食べなければ絶滅してしまう。
だから嫌がる色を身にまとい、被害を減らす……。
「すごいよ、セオさん。もしかして天才? わー。そういう着眼点は今までなかったわ。えっ。ちょっと調べてみたい」
「ちょっとした思いつきだから」
「でもその思いつきが、思いつかないのよ。ちょっとだけ葉っぱも採取していい?」
「どれが欲しい?」
私が興奮して欲しいものを指させば、セオはテキパキとちぎって私に差し出してくれた。
「ありがとう! 大切に研究するね」
虫は嫌いだけど何パターンか試してみたい実験が思い浮かんで楽しくなってきた。
「喜んで貰えてよかった」
「じゃあ、今度はお使いの方を急いで終わらせよう。まずは走るシイタケモドキからね。大抵は草の影に隠れているのよ」
「シイタケモドキって……」
「うん。セオさんの頭に生えているので間違いないよ。ただ走るのが必須条件なの。でもさっきのセオさんの話でいくとこの走るのも、敵から身を守ったり、胞子を他のキノコがいない場所にばらまくための進化なのかもしれないね」
ジメジメしたところが植生的に好きだから草の影にいるのかと思っていたけれど、隠れるための可能性もある。
セオさんの頭に生えたシイタケモドキは日光にがっつり当たってもなんのその。枯れる気配がないので、隠れられる用に進化したタイプと思ってもいいかもしれない。
「……このキノコは食べられないよな?」
「毒があるから、走ってなくても食べられないよ。でも父から、人間は食べられない不必要なものに思えても、木々にとっては違う関係を築いているから、必要な分しか採ってはいけないと言われてる」
父は、山の植生は密接に関わり合っているから、勝手に人間が必要ないと判断したら駄目だと言っていた。人間が増やし育てる農作物とは違うのだと。
「この辺りかな……」
がさっと葉をよければ、シイタケモドキが蛍光紫な芋虫の近くにいた。
うううう。またか。
この芋虫は何もしない。色味こそ気持ちが悪い一択だが、毒も何もない。分かっているけれど、見ると身構えてしまう。
そもそも蛍光色をしていなくても、もっとサイズが小さくても、嫌なものは嫌なのだ。
深呼吸をして、できるだけ芋虫には触らないようにしながら、私はシイタケモドキに手を伸ばす。しかしその気配を察知したシイタケモドキがあろうことか芋虫の方へ逃げた。
ひぃぃぃぃぃぃ。
何であえてそっちに行く。
内心半泣きになりながらも、私は必死に捕まえるために手を伸ばす。なんとか捕まえたと思ったとき、芋虫がぬっと私の手に触れた。
「ひっ。ああああっ。しまった」
慌てて手を引っ込めたが、その所為で再びシイタケモドキを逃がしてしまった。
慌ててもう一度つかもうと手を伸ばすと、その前にひょいっとセオが捕まえてくれた。ジタバタと足を動かしていたシイタケモドキは、観念したかのようにだらんと足を投げ出した。
「えっ? 死んだ?」
「大丈夫。キノコは菌だから、この程度では死なないわ」
まだ心臓がバクバクいっている。別に芋虫に触られても粘液がついたわけでもないしそもそも手袋の上からだ。それでもなんとなく気になってローブで手を拭く。
「違ったら申し訳ないけど」
「うん。何?」
「もしかして、アメリアって虫が苦手?」
元彼が一切気がついていなかった弱点を速攻で見抜かれ、私はセオを凝視した。




