利益との衝突
「落ち着け。仮説を立てるのはいいが、一つの症例を見ただけで決めつけるな馬鹿者」
どや顔で勝利宣言のごとく私の考えを話すと、あきれ顔で祖父に諭された。
調子に乗りすぎだと諭すような声音に、私の高揚した気持ちもしゅんとしぼんだ。
「そりゃ一症例だけで決めつけるのはよくないと思うけどさ、仮説を立てて研究するのは大切でしょ?」
「仮説が正しくなるよう研究したら間違えが起こる。この仮説が違うのではないかという視点でちゃんと他の症例も見てきなさい。矛盾点があれば、しっかりとそれは記録に残すように。自分の思い込みだけで走れば、不正解も正解のように見えてしまう」
「はぁい」
正しいかどうかではなく、正しくなるように症例を見ていくと矛盾するところを見落としてしまう。常々言われている言葉に、私は分かったと頷いた。
成果を得たいが為の思い込みほど怖いものはない。ただの勘違い、見間違えだろうと仮説とは違う結果を意図して省けば、間違った正解にたどり着いてしまう。
「とりあえずこっちの金髪兄ちゃんの方の魔力の流れは私が見て記録を残しておくから、今日の所は帰りなさい」
「えっ。私が――」
「孫娘を痴女にする気はないと言ったはずだが?」
脅すようにパシン、パシンと丸めた紙束を鳴らすのは止めて欲しい。
仕方がない、ここは祖父の言うとおりにしよう。
「それから、帰ったらちゃんと息子に今日のことも含め、自分の考えをしっかりと話すんだ。面倒くさがらずに」
「えっ? 別にいいけど?」
何でそんな事をわざわざ言うのだろう。
私の疑問が顔にしっかり出ていたからだろう。祖父はため息をついた。
「玄関まで送ろう」
いつもはここで、はい、さようならなのに、玄関まで送ると言われ、余計に私の頭の中でハテナが飛んだ。とはいえ、断るのも変かと思い、病室を出て外へと向かう。
「帰るのか?」
「はい。お邪魔しました」
「たまには、私たちのお相手をお願いね」
「病気や怪我の時は」
待合室でまだしゃべっている老人達に返事をしながら外へ出ると、祖父は深く、とても深くため息をついた。
「アメリアが善良なのは知っておるが、今日運ばれた二人が善良かどうかは私は知らない。だから発言には注意しなさい」
疲れたように言われて私は肩をすくめた。少し暴走しすぎた自覚はある。
「分かってるよ。今日はごめん。痴女みたいに男の人の体を見ようとして。どうしても気になっちゃって」
「それじゃない」
部屋の中ではずっとパシパシ頭を叩かれ教育的指導を受けたので、その件だと思ったのに、祖父は首を振り否定した。そして父と同じ青い瞳で私を真っ直ぐに見据える。
「彼らは聖女に仕えている騎士と神官だ。そしてアメリアが始めようとしていることは、聖女の力ではない方法で、禍を浄化させる方法だ。つまり利益が対立する」
「えっ? でもまだ全然研究は進んでないというか今日始めたばかりだし、今は聖女も禍の浄化に追いついていない状態でしょ? 聖女も助かるんじゃない?」
成果が出るかどうかも分からないし、実際問題聖女不足は問題になっている。たとえ利益が対立したとしても、聖女の力がなくなる訳ではない。気にしすぎだと思ったが、いつになく祖父は真剣だった。
「確かに聖女にはメリットもあるかもしれない。しかし聖女の恩恵を一番もらっているのは神殿だ。つまり対立するのは聖女ではなく神殿だ。この国ではなく、世界中にあるそれらと対峙するのはかなり危険なことだ」
「でも浄化が追いついてないなら、いずれ王都でも被害が出るんじゃない? それなのに利益に反するからって対策を練らないなんておかしいよ」
私のやろうとしていることの始まりは聖女衰退計画なので、確かに嫌がられるだろう。でも現時点では衰退なんてしないし、むしろ有益ではないかと思う。
「ああ。おかしい。おかしいが、聖女の活動は巨額の金が動き、政治にも密接に関わっている。彼らが望んでいるのは、聖女でなくても浄化できる方法ではなく、聖女がより多くの禍を浄化できる方法だ。そちらの研究をするならば歓迎されるだろうな」
「……嫌よ」
それは聖女衰退計画ではない。
ただ聖女の価値をより高くしていくことだ。でもこれ以上聖女の価値を上げてどうなる? ごくわずかな聖女を神のように崇めて、聖女の気持ちを無視して奪い合う。
手に入れた者が勝者なんてあり得ないし、結局やっぱり手に入れた人の浄化したい場所だけが優遇され、それ以外はずっと聖女の恩恵を貰えず、禍に悩まされ続ける。
「まあ、アメリアならそういうだろうな。とりあえず、田舎だけで研究し、王都で発表しないぶんにはそこまで目くじらは立てられないだろう。だからやれるだけやってみなさい。ただし、王宮や神殿のコネがある息子にはちゃんと相談して行うように」
「やっていいの?」
否定してきたから、どうにかして反対して止めさせようとしているのかと思えば、祖父は許可をだした。驚き祖父の顔をまじまじと見れば、祖父は苦笑を見せた。
「アメリアは駄目と言って聞くような子じゃないだろ。私も魔物化の進行をキノコで止められることを王都の医師会では発表していない。あくまで田舎の民間療法としている。そうすればあちらも何も言ってこないからな」
キノコによって魔物化の進行を止められる話は、本来ならば世紀の大発見だと思う。でもセオが知らないように、祖父はこのことを広めなかった。
魔物化の治療は王都では神殿がすべて請け負っている。つまり先程の話からすると利益がぶつかるからなのだろう。神殿以外でできるのは、彼らにとっては都合が悪い話なのだ。
「そもそも神殿を建てる経費もそこに向かわせる聖女も足りてないんだ。田舎が田舎の中で魔物や禍の対応をするぶんには彼らは何も言わん。むしろ田舎の村が全滅していけば、そこから起こるのは食料難だ。彼らにとってもそれは不都合だ」
時折聞く、村の壊滅。
私にとっては明日の我が身だが、聖女に守られた王都からすれば、食料難の方を恐れるのか……。確かに王都の畑ではそこにいる人たちの必要量はまかなえないだろう。
「だから田舎の中でやるぶんには彼らは目をつぶる。ただしたとえ禍の浄化が聖女でなくてもできると確定したとしても、それをアメリアの名で発表することはできないぞ? 途方もない価値のある研究結果で、世界中が望んだとしても」
「それはいいよ。私は名誉には興味ないから。でも広めてもいいの?」
第二の聖女になりたいわけではない。
だから私が私の研究を発表できなくても気にしない。父か祖父の仕事を継げば、それで生活できる。この田舎暮らしは嫌いではないのだ。
「危険は伴うが、出所が分からず、田舎中で知れ渡るようになれば、神殿のもの達もすべてを黙らせることはできないからな。名誉も功績もないが、その先にアメリアが望むものはあるのか?」
危険が伴うのだから、私に得もないのに、私がやる必要があるのかを祖父は聞いている。つまり覚悟の話だろう。
「私が望むのは聖女の衰退だよ。聖女が特別ではなく、私と同じだけの価値にまで下げていきたい。今すぐでなくてもいいから、禍の浄化の時に便利な特技ねと言われる程度にしたいの」
「なら研究して、結果が出たらそれをこっそり他の村に教えなさい。それを続けていけば、自然と王都の耳にも入り、いずれはアメリアが思い描く状態になるだろう。キノコのことも、私はここで治療したものに口止めはしてないからな」
皆が知ってしまえば、たとえどれだけ大きな権力を持っていたとしてもどうしようもないと思う。もしかしたら偽情報を流そうとするかもしれないけれど、助かった人が増えれば増えるほど、偽情報は笑い話にしかならない。
今のままならいずれ聖女で禍の浄化をしていく方法は無理が出てくるだろう。その時、聖女ではなくても浄化できる方法の噂が入れば、待ち望んでいた人はその噂にとびつくはずだ。死んだり魔物になるぐらいならばと。
「じいちゃんも同じことしてるんだ」
「私は別に聖女の価値を下げようとはしていないぞ?」
ニッと祖父は笑った。
なぜこの村に私が帰ってきたのか祖父は知っているので、多分発端が私怨から始まっていることには気がついているだろう。でも何も言わないから、私も何も言わない。
私怨から始まっても、悪いことをしているわけではないのだ。
「とにかく、あの二人はこの村の者じゃないどころか、神殿のものだ。私は医師として治療はするが、治り次第、さっさと村を出てもらうつもりだ。欲しい情報だけはもらって、あまり近づきすぎないように」
「別に近づいてないでしょ? 赤色のろしが上がったら救護するのは当たり前だし」
助けた相手が神官と聖女の護衛騎士なんて行ってみなければ誰にも分からないことだ。そして誰であっても救護はしなければいけない。
その言葉に祖父は「まあそうだな」と肯定はしたものの、私の言葉を信じていないような口ぶりだ。助けたお礼に裸を見せてもらっただけで、これ以上近づくことはないと思うのに、祖父はそうは思っていない様子である。
納得いかないなと思いつつも、喧嘩を売りに行っても仕方がないので、私は自分の家へと足早に向かった。