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魔物化への仮説

 私も生理学の基礎は学んでいるがそれほど自信はない。人体は人によって多少の差があり、経験豊富な祖父の方が正しい知識を持っているものだ。

「何が気になったんだ?」

 首をかしげる私から祖父は眼鏡を受け取る。


「私も人体の魔力の流れをわざわざ見たりすることがないからあれだけど、なんだか所々に詰まりみたいなものが見えない? 小さいから微妙だけど。肩と腕の関節辺りとか、肋骨の間とか、少し流れがおかしい気がするの」

「どれどれ?」

 祖父が眼鏡をかけて見る横で、私も先程の赤い筋を思い出しながら、じっと胸の辺りを見る。眼鏡をかけていなければ、特にこれといって病状があるようには見えない。腕などは日焼けが見られるが、胸などはしっかり服や防具で隠れているからだろう。あまり焼けていない。

 

「あ、あのっ!!」

「何かありました?」

 セオが声をかけてきたので顔を上げれば、耳の辺りが真っ赤になっていた。

「いや、その。あまり見られると……」

「ああ。すみません。触診してみてもいいです――」

 スパンッ。


 キレのいい、紙束さばきで、祖父は再び私の頭を叩いた。若干様になってきている。

「じいちゃん、私の頭は太鼓じゃない」

「なら、医師でもないのに若い男の体を触診しようとするな。まったく。アメリアが純粋に魔物化について調べようとしているのは分かるが、若くて綺麗な年頃の女性に触られたら、男は動揺する」

「昔は傷の手当てさせてたくせに」

「年頃と言っただろう。それに手伝わせたのは緊急時だ。いつまで経っても男心が分かっておらん」

 ふぅぅぅぅっとため息をつかれて、私はむくれた。

 そうですよ。どうせ私は男心が分からない女だ。


「いや。別に、触ってもらってかまわない」

「いいの?!」

「禍の研究の為なんだろう?」

「もちろん。邪なものは一切ないです」

「なら……その。どうぞ」

 セオは目を閉じると、ばっと手を横に広げた。

 恥ずかしがっているので、本当に申し訳ないが、調べられるチャンスを逃したくない。祖父は隣でため息をついているが無視だ。


 まずは魔力を作る器官の当りを触る。……若干硬いし熱い?

「この辺り痛みはありますか?」

「ないな」

「えっとこの辺りは?」

 指を滑らせ肩の流れがおかしい気がした場所を触る。やはり他の皮膚より若干硬い気がする。温度の差は分からない。

 更に肋骨の方へ指を滑らせると、ピクリとセオが震えた。

「痛いですか?」

「い、いや……痛くはないが……ちょっとくすぐったくて」

「そうです――」

 スパンッ!!


 何度目かの教育的指導だ。

 今度は何が悪かった?

 ちゃんとセオの同意ももらったのに。

 見上げれば、じいちゃんが疲れた顔をしていた。

「とりあえず、後は私が見るから、アメリアは一度外に出なさい」

「えー」

「えーじゃない。アメリアが言っていた、魔力の流れがおかしいという状態は分かったから、下半身を見る」

 ……それならば仕方がない。

 セオの照れを見る限り、流石に下半身は見てはいけないと言うことぐらいは分かる。

 私はしぶしぶ診察室を出てたのだった。



◆◇◆◇◆◇



 診察が終わったと祖父に伝えられ、私は再び部屋の中に戻った。

 再び服を着たセオは平常心を取り戻したようで、先程のように照れてはいない。

「ご協力、ありがとうございました」

「あ、ああ。大丈夫だ。それで、何か分かったのか?」

「じいちゃんはどう思う? とりあえず、魔力製造器官が腫れていると思うのと、上半身は所々に、魔力の詰まりのようなものがあるように見えたわ。それから普通に見る分には変化は見られないけれど、触診すると詰まりがあるように見えた部分が若干硬いの。あと、魔力製造器官の辺りは熱も持っているように感じたわ」

「私も同じだな。下半身も同様に、魔力の詰まりのようなものがある。ただこの詰まりがありそうに見られる場所が、魔道節まどうせつと一部の医師の間で呼んでいる場所のようだ。まだ魔道節の役割は分かっていないが、魔力に関する問題が起こると、大抵はその場所に痛みなどが起こることが多い場所だな」

 魔道節は学校の授業でも出てこない、初めて聞く単語なので、まだ明確に提言されていない仮の名称なのだろう。


「痛みはないようだけど硬くなっていることから、魔道節に何らかの問題が起こっていると考えていいのかしら? 普通は硬くはないよね?」

 自分の首と肩の付け根辺りを触って見るが、セオの時のような感触はない。

「普通ならば硬いということはないな。解剖しても見ることができない器官だから、情報が少ないんだ。ただ東の国の考え方の気脈や経穴ツボと関連しているのではないかと言われているが、まだ全然分かっておらん」

 目には見えないというのは証明が難しい。魔力の流れが見られる眼鏡があればまた変わってくるかもしれないが、実証されるまでにはまだかかりそうだ。

「そういえば、キノコは眼鏡を通して見るとどう見えるのかしら? じいちゃん、眼鏡かして」

 再び眼鏡を受け取り、セオの頭を凝視する。

 キノコは全体的に赤く光り、なおかつ魔力をそこから放射しているようだ。胞子は飛ばしていないので、ただただ魔力を外に排出しているのだろう。


「ありがとう。キノコは全部が赤く見えて、更に魔力を外へ逃がしていくのね」

 この魔力を逃がす作用が、もしかして魔物化の進行を止めるヒントなのだろうか?

 元々この民間療法は、毒をもって毒を制すという考えだった。偶然魔物化を止められると知られて、この村では緊急時の対応法としている。だからどういう原理で魔物化を止められるかまでは研究されていないし、セオの様子を見た限り王都でこの方法を知っている人は少なそうだ。

「魔力製造器官の異常が魔物化に関係しそうだけど、どうして魔力製造器官は禍に触れると異常をきたすのかしら?」

「禍はマナが凝っている場所だから、普通より多いマナがあるんだよな? だとしたら、マナが多すぎるから異常が起こるとかじゃないのか?」

「でも一度高濃度に触ったぐらいでずっと異常をきたすものかしら……。あっ、ですかね?」

「敬語はいいよ。俺も使ってないし」

 セオが禍談議に入ってきてとっさに敬語を使い忘れてしまったが、さらっと了承を貰えたので、気にせずそのまま話させて貰う。


「一度触れて腫れたとしても、普通なら元に戻ってもいいと思うのよね。皮膚だって虫刺されして腫れても、いずれ元に戻るでしょう? でも魔物化は、浄化しなければ治らないとされているのよ。そもそも浄化って何なのかしら?」

 光属性による魔術としか魔術科では習わない。

 多分騎士科もそうだろう。浄化について詳しいのは聖女科だが、前に聖女から授業内容を聞いた限りはやり方を学ぶ場であって、浄化について深掘りするような授業内容はなさそうだった。


「凝った状態を正常化させるものではないか?」

「そもそもなぜ凝るのかしら? メカニズムが分からないのよね。……ねえ、魔道節にある詰まりって、魔力がそこに凝っているっていうことなのかしら?」

 どう証明すればいいか分からないが、詰まっているということは魔力が全身に流れにくくなっていることだ。

「あっ、じいちゃん!! もしかしてだけど、この魔力節に詰まりがあるから魔力が全身に流れにくくなって、それを押し流すために大量の魔力が必要となり、魔力製造器官がいつも以上に魔力を作り出そうとして肥大化するというのは、あり得そうじゃない?」

 これならば、いつまで経っても肥大化したままになる。詰まりがなくならない限り、体は必死に全身に魔力を行き渡らせる為に多量に作ろうとするのだ。

「そして魔力を作るには、マナが必要になる。マナというのは、【変化させる力】よね? だから多量のマナを使用することで体が多量の魔力を作りだす体に変化していく。それが魔物化という説はどう?」

 私はストンとうまくはまった説に興奮し、拳を握りしめて伝えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おじいちゃんのハリセンが大活躍! これは、年頃の女の子がしたら健全な男子は頭の中グルグルですね。 リンパ節みたいに詰まっちゃってるのか、人体解剖したいとか言い出さなくてよかったー。 ある意…
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