11.騎士長オスク
楽しんでいただけると嬉しいです。
そうして話が一段落した頃、ノックの音が響いた。
「失礼します。オスク騎士長様がお見えです」
それは執事の声だった。
オスク騎士長――その名前に顔を見合わせる。
「……きっと取り乱したことが報告されたんだろうね」
思わず渋面になってしまう。
叙任式を終えたばかりの騎士初日に取り乱したとなれば、お叱りを受けないはずもない。
レーヴィの上司である護衛部のオスク騎士長はとても厳しい。ルーカス騎士長なら笑って注意するくらいだろうけれども、どうなることやら。
「今行く」
レーヴィはドアの向こうにいる執事にそう応じて立ち上がった。
「ライノはどうする。帰るか?」
「このまま結果を知らずに帰るのは気がひけるよ。オスク騎士長さえよければ同席させてもらうかな」
職務で問題を起こしたわけでないのから大丈夫だとは思うものの、なんとなく帰るのも気が引ける。
僕らは足早にサロンへと向かうのだった。
「――お待たせしました」
「――おつかれさまです」
サロンへ入り、僕らは一瞬言葉に詰まった。
そこにいたのはオスク騎士長だけではなかった。
「よっ、おつかれ」
やってきた僕らに片手を上げたのはルーカス騎士長。
「暴走したんですって、レーヴィ君?」
その隣にはトゥーレ騎士長が優雅に足を組んで座っていた。
二人の様子は普段とはなんら変わりないものだったけれども、注意くらいでは収まらないのだろうかと、背中に冷たいものが流れる。
まさか三人の騎士長が来ているとは予想していなかった。
「申し訳ございません」
すぐに頭を下げるレーヴィに今度はルーカス騎士長が手を振った。
「いいんじゃねえの?初日ってのがアレだけどよ、この二年間見てたらよっぽどのことがあったってこったろ?」
「そうそう。職務に問題をきたしたわけではないのですしね。それほど気にする必要はありませんよ」
そんなルーカス騎士長とトゥーレ騎士長の言葉に疑問と安心がないまぜになる。
では、それならなぜ三人で来たのか。
「勝手に話を進めるな」
と、これまで黙っていたオスク騎士長がややうんざりしたように口を開いた。
赤銅色の髪と同色の瞳はどことなく力がなく、その口調がいつものような鋭いものではないことが少し意外だった。
「一体初日に何をやっている」
オスク騎士長は苦い表情でレーヴィを見た。
「確かに職務に問題があったわけではない。だがそれでも初日に取り乱すとはどういうことだ。気を引き締めろ」
「はい」
「ただでさえお前は今、注目の的だ。そんなお前が騒動を起こすなど騎士団内でも規律が乱れる」
「申し訳ありません」
レーヴィは言われたことにただ頭を下げる。
オスク騎士長の言っていることは正論だった。
「……何があったか説明しろ」
苦々しい表情で、けれどもオスク騎士長はやはり騎士らしい人柄でもってそう問いただした。
オスク・ニュカネン。
騎士団で一番厳しいと目されているオスク騎士長は、けれどもただ厳しいだけではなかった。檄は容赦なく飛ばすけれども、面倒見がよくフォローもしっかりしている。
褒めることはごく稀なのだけれども、それでも認めてくれることは少なくない。
そんなオスク騎士長を慕う騎士はかなりの人数を占めている。
「ぜひ知りたいですね」
「だよなー。あのレーヴィがだぜ?」
オスク騎士長の言葉に二人の騎士長が興味津津に身を乗り出した。二人の目が心なしか輝いて見える。
「邪魔だ。帰れ」
眉間にしわを寄せたオスク騎士長が追い払うように手を振るものの、二人は肩をすくめるだけで黙殺した。
ひょっとしてルーカス騎士長もトゥーレ騎士長も野次馬だったりするのかな。
「お前たちは……」
二人の年下騎士長にオスク騎士長は深々とため息をついた。先からどこか覇気のないオスク騎士長だけれど、どうやら原因はこの二人にあるようだ。
自由奔放なルーカス騎士長はもちろんのこと、いつもは紳士なのにルーカス騎士長といる時だけは悪ノリするらしいトゥーレ騎士長も、厳格なオスク騎士長にとっては悩みの種なのかもしれない。
そんなオスク騎士長を横目にトゥーレ騎士長が座ってと僕らを促した。
それからレーヴィは入団の動機、入団後の経緯、そして先ほどの手紙の内容を全て説明した。
それぞれの騎士長の反応は様々で眉間にしわを寄せたり、驚愕していたり、何かを考えるそぶりを見せたりしいた。
「それは暴走したくもなりますね」
最初に口を開いたのはトゥーレ騎士長だった。その言葉にそれぞれが同意を示す。
「ヒーデンマーか。正直、あいつはただの小悪党だから対して時間を割けなくてな」
頭をかきながらルーカス騎士長が言う。それを受け継ぐのはトゥーレ騎士長。
「ええ。大勢が被害を被ってはいるようですが、煩わしい小細工をしていて簡単に証拠も掴めず、かといって本腰を入れるくらいであれば別の調査に充てると言ったところでしたね」
ですが――とトゥーレ騎士長は目を開いた。
「媚薬は違法薬物ですからね。これはきっちりと締め上げていいかもしれませんね?」
あくまで微笑んでいるのだけれども、その瞳は限りなく冷酷なものが浮かんでいる。
「だよな。流石に違法薬物となると見過ごせねえよなあ」
それに――と今度は腕を組んだルーカス騎士長が獰猛な笑みを浮かべた。
「ああいうヤツを一回血祭りにあげて、周囲を引き締めさせとくのもいいよな」
二人の騎士長は正反対そうな笑みに同じものをのせていた。これは相当怒っている。
ここまで騎士長が怒りを感じるとは思っていなかった。正直な話、この手の話は――残念なことに貴族ではよくあることでもあったから。
「おちつけ、二人とも」
と、それまで黙っていたオスク騎士長が口を開いた。
「被害者が騎士団に縁のある者であることは忘れろ。事を起こすならあくまで一般人が被害者だった場合と同じように対処しろ」
さすがは年配の騎士長なだけはある。私情を挟まず、差をつけず、やるべきことをこなすようにとオスク騎士長は言った。
けれども二人の怒りは収まらなかったらしい。
「わかりませした。とはいえ、彼の領地を担当している駐在は非常に迷惑していますので、多少なりとも私怨が混ざることは仕方がありませんよね?」
「あそこの駐在はかなりストレス溜まってるもんな。うちもたまにとばっちり受けるし、調査の手がキツくなっちまうかもな」
ちなみに広報部と情報部はもちつもたれつ、助け合いの関係にある為に仲がよく、そのあたりの話もよく耳にするのだろう。ルーカス騎士長はトゥーレ騎士長の言葉に頷いた。
つまるところ、徹底的に叩くと言っているのだ。
「お前たちは……」
それらに対してオスク騎士長はさっきも口にしたセリフとともに諦めの表情を浮かべた。
ちなみに護衛部は淡々と陛下の護衛をこなすだけに孤高の部署となっている。
「大丈夫だって。下手なことはしねえよ」
「ええ。誰かに見咎められるような真似はしませんのでご安心を。むしろ賞賛されるように先導してみせますよ」
トゥーレ騎士長が非常に黒い。これが一部の人物に言われる危険人物の顔なのだろう。
「怖えな、おい」
二人の騎士長は見慣れているのだろう。ルーカス騎士長はおどけた様に肩をすくめ、オスク騎士長はもはや何も言わんとでもいうようにかぶりを振っている。
そこでふとある事に気づいた。
ヒーデンマー伯爵に対して激昂している様子はともかくとして、どういうわけか重苦しい雰囲気ではなかったのだ。被害者であるアヤメちゃんは行方知れずだというのに、だ。
胸中で首を捻っていると、やがてオスク騎士長が口を開いた。
「レーヴィ、お前に処分を言い渡す」
レーヴィはそれに姿勢を正した。
処分という言葉に僕も解かれていた緊張が戻る。
「取り乱しただけで職務に問題があったわけではない。だが最初に言ったように騎士団の規律を乱す原因になることも確かだ。よって一年間、職務以外で王都を出ることを禁止する」
それはつまり探すことを許さない、ということだ。
あまりの言葉に僕らは絶句した。たとえ休日であっても許されないと。
「想い人の事は忘れて職務に尽力を注げ。それができないなら今ここで退団させる」
有無を言わせない言葉に奥歯をかみしめる。
レーヴィもぎりぎり耐えているところなのだろう、拳が小刻みに震えているのがわかった。
まさか少し取り乱しただけだというのにそんな処分を下すとは思ってもみなかった。
厳格なオスク騎士長でも流石にそれはないのでは。そう思って口を開きかけたところで、
「――かわりにルーカス。ついでで構わん。お前のところで捜索をしてくれ」
オスク騎士長が淡々と言った。
「おう。言われなくたってやるつもりだぜ?広報の手も借りるわ」
「もちろんです」
どうやら絶句していたのは僕とレーヴィだけのようだった。言われた二人の騎士長は当然の事のように返事をしている。
ルーカス騎士長は頭の後ろで腕を組んでソファにもたれ、トゥーレ騎士長は気にしたふうでもなくお茶に口をつけている。
ぽかんと口を開けた僕の目の前でオスク騎士長はじっとレーヴィを見据えた。
「たとえどんな結果であろうとも、受け入れる覚悟はあるな?」
「――はい」
「ならお前は想い人が見つかるまでは忘れろ。護衛任務にミスは許されない。悩みをかかえられては仕事にならん」
ふん、とオスク騎士長は視線を外した。
あまりの展開に、それでも何とか頭をまわす。
レーヴィが探すかわりに情報部、そして広報部を使って探すと。それはつまりこの国で一番の情報網を使うということであり、レーヴィや孤児院の伝手で探すよりも遥かに力強いものだった。
そのかわり、レーヴィは何も考えずに職務を全うしろと。
「ありがとうございます」
その意味を理解したレーヴィが深々と頭を下げた。
血が滲むのではと思うほどに握りしめていた拳は力を緩め、顔をあげたレーヴィには決意の色が浮かんでいた。
話がいい方向にまとまり、和やかな雰囲気が生まれる。
けれども、
「流石はオスク騎士長。愛し合う婚約者のいる女性を強奪しただけの事はありますね」
「『略奪愛』のオスク。騎士団の影の伝説だよな」
さらりとした二人の騎士長の言葉にレーヴィはオスク騎士長に驚愕の視線を送り、オスク騎士長は咳払いでごまかすのだった。
読んでいただいてありがとうございます。




