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周りの風景は木、木、木、木のみ。右を見ても左を見ても、木のみ。たまに、視界が開けたと思っても、さらに山。やはり、木のみ。
「どっちを見ても一緒よ」
「分かってる」
トーリは助手席の窓に肘を置いて、手のひらに顎を乗せ、溜め息をついた。
「幸せなくなるわよ」
「どうだか」
一瞬で空気が変わった。
「トーリ、暗い!」
少し声を強めに、セキは言った。
「知ってる」
しかし、トーリは先ほどと同じトーンで答えた。
セキは何も言わず、車を端に寄せて、止めた。
「トーリ、出て」
「何?」
「いいから」
そう言われて、セキが車から降りた後に、しぶしぶ降りた。
「ちょっと付き合って」
「ほっとけば?」
「少しはかまってあげましょうよ。鬱陶しいから」
セキが嫌いな事。面倒、鬱陶しい、邪魔の三拍子。
「さっさと出て来たら?相手してあげるから」
誰に言うのではなく、全体に言葉を言う。人数が多いからだ。
トーリはただ景色が木のみだから暗いのではなく、セキが単純に苛立っているのでもなく。
ここにいるのが、二人だけではないのだ。
ずっと森を走っている中で、トーリは見えていた。獲物を見つけ、狩りを始めようとしている者を。ただ、相手するほどこちらも暇ではない。しかし、セキはあの三拍子が目の前をチラつくたびに、嫌気がさしていたのだ。ならば、片付けたほうが早い。
そういう結論が出た。
「えさだぁぁぁぁ」
「女だぁー」
この二言しか聞こえない。しかし、出て来たのは十数人の人間じゃない者。
「理性っていう言葉知らないのかしら?」
セキが蔑んで言った。
「むしろ、言葉通じないでしょ」
トーリも同じ言葉を繰り返す奴等に呆れていた。
「何だと!――――殺せ!!」
言葉は通じるらしい。
「あんたが余計な事言うから!」
「セキも同罪、だろ」
「自分の方はどうにかしてよ」
「もちろん」
トーリはホルダーから銃を取り出す。
まず、前から向かって来るのを左に避けて、次に来た奴を右足に軸を変えて後ろ蹴りで、頭をなぎ払う。そのまましゃがみ込んで、さらに次の奴の足を払いのける。また、始めの奴が後ろから向かって来るのをチラッと確認して、銃を構え、打つ。右足を狙い、歩けなくする。
うっ!!と声をあげて倒れ込む。近付いて銃口を額に当てる。
「動くな!全員だ!」
急に空気が変わった。
トーリが振り替えると、セキの方も決着がついているようだ。
一人の男を剣で威嚇し、木の幹を背にして捕らえていた。
「トーリ、終わった?」
男を見ながら、セキは言った。
「終わったよ」
「なら、よかった。――さあ、少し話を聞かせてもらえるかしら?」
男はセキを睨み付けて、何も言わなかった。
「あなたのボスは誰?」
「……誰が言うか」
吐き捨てるように男は言った。主を売るほど馬鹿ではないようだ。
「じゃあ、死ぬ?他の奴に聞くから」
嘘でこんな事は言わない。本気だ。こちらも命を奪われるわけにはいかない。
「どうする?」
最終忠告だ。
男はしぶしぶ話出した。
「現在のはよく知らない。まだ、会った事がない。最近変わったんだ」
「変わった?」
「あぁ」
「名前は?」
「名前?……確か、カルロ・マーティス、だったか」
「カルロ・マーティス?赤髪、短髪で背の高い?」
「聞いた限りでは、確か、そんな感じだ」
セキは何かを考えているようだった。
そうすると、気配もなく誰かが現れた。
トーリはセキの方を見ていたので、その姿を見ることができた。
そこら中にいた者たちが頭を垂らし始めた。
赤髪、短髪。背の高い男。先ほどセキが言っていた人物その者だった。
「人の領域で騒がしいと思ったら、なんだこりゃあ」
しゃべる早々、面倒くさそうに言った。
「あんた、どういう躾してんの」
「ん?お前、セキか!」
いるはずもない人物に驚き、カルロはセキに近付いた。
「何で、こんな所にいるんだ?」
カルロという男はセキと知り合いらしい。セキも名前を聞いて、特徴を知っていたから確かだろう。
「それはいいから」
「あぁ。ハイ、ハイ」
「ここの領域を貰ったのは最近だ。こいつらに会ったのも今日が初めてだし、躾の事を言うなら前の奴に言ってくれ」
この状況に関しては無関係と言いたいらしい。
「ふーん。本当だったの。今の話」
セキは男を見て言った。
「当たり前だ」
男も命は惜しいらしい。
「だけど、勝手に領域に入られちゃ困るんだけど」
カルロが言った。
「先に領域壊したの、こいつらでしょ?」
「ちょっと待て」
「何?」
「先に契約壊したの、人間側って聞いたぜ。それを防いで何が悪い」
「じゃあ、何?元々この山はあんた達の領域で、人間から入って来たって事?」
「そうらしい」
カルロは呆れたように言った。
「だから、ここに来た者を全員殺した」
「その通り」
「あいつら、とことん性根が悪いわね」
呟くようにセキは言った。
「で?」
「ん?」
「何でここにいるんだ?」
「あぁ。その人間側から、竜の討伐頼まれてね。場所知らない?」
男が話し始めた。
「山の頂上付近の洞くつにいるらしい。よくは知らないが。前に来た奴等も竜がどうとか言ってたな」
男の話を聞いて、何か思い出すようにカルロが言った。
「だが、おかしな話だぜ。確かに竜は村を通った。ただし、一回だけだ。それ以降、竜がまた来るだの、嘘言って人を集めてる。勝 手に人を集めて、侵入してくる。だから、こいつらも迷惑してる」
「ちょっと待って。竜は一回しか通ってない?」
「あぁ」
ということは、別に竜の討伐をしなくてもいいのではないだろうか。被害があったとしても、一回のみ。村の状態で考えると竜にやられたのではないという事だろうか。それを竜の理由として利用しているのかもしれない。竜の討伐というよりこいつらを倒してもらうのが本当の理由だったりして。そうすれば、一石二鳥である。
「ファジーのほうがよく知ってる。放してやってくれないか?」
ファジーというのは男の名前だろう。セキは仕方なく剣を収めた。情報を手にするためだ。
ファジーは張り詰めていた空気から解放されて、一息ついた。
「竜は一回しか姿を現わしていない。その時から見た者も誰もいない。それからだ。急に山に人間どもが入り出した。しかも、竜が通るという口実で観光客も増やしていたのも事実だ。――あ、後、時期的にあいつが追放されてからってのもあったけど。関係ないか……」
「あいつって?」
「理由は言えないが、人間側の侵入の前に追放されたやつがいる。名前は確か……」
ファジーはボソリと名前を洩らした。
「そう。ありがとう。助かった。後はこちらで処理するわ。人間側が入って来なければ、あなた達も危害を加えないでしょう?」
「あぁ」
「人間側は任せなさいな。こちらも騙されっぱなしで黙っちゃいないからね」
ほほ笑む顔なのになぜか、企んでいる顔にしか見えなかった。




