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髑髏塚愛子(1)

是非、縦書きで読んでください。

毎週、水曜日午前0時(火曜深夜)に更新します。

                        1

 

 扉を開ける。

 そこは入り口。

 扉を開ける。

 あるいは出口。

 扉を開ける。

 それは始まり。

 扉を開ける。

 もしくは終わり。

 扉を開ける。

 そこに未知の明日。

 扉を開ける。

 そこに既知の昨日。

 扉を開けた。

 あなたはどこへ?

 扉を開けた。

 僕はどこへ?

 扉を開けた。

 あなたはどうする?

 扉を開けた。

 僕はどうなる?

 

 扉を開ける?

 

 今、僕の目の前には扉があり、そして今まさにそのドアノブに手をかけようとしている。

 世の中には開けてはいけない扉、開けないほうがいい扉、開けることの出来ない扉など様々な扉があるが、今、僕が開けようとしているのは、一体どんな扉なのだろうか?扉の前で躊躇する事三十分、考えを巡らしていても一向に問題は解決しない。

 僕は意を決してその扉のノブを強く握り、

 そして回し、

 ゆっくりと、しかし力強くその扉を開けた。

 

 ――そこには何がある?

 

 さて、どうして僕がこの扉を開けることになったかという事を説明するなら、少し時間を遡らなくてはいけない。

 それは事故と言ってもいいだろう。

 その日、僕は新しく口座を開設するために、とある都市銀行のとある支店に来ていた。訳あって両親から離れて一人暮らしをすることになった僕は、仕送りを受け取る為に、また家賃等の支払いのために、高校一年生にして初めて普通預金口座を作る事にしたのだ。一般的な男子高校生が果たして僕と同じかどうかは分からないけれど、僕にとって銀行と言うのは決して日常的に訪れる場所ではない。何を隠そう、僕にとって自分の意思で銀行にやってくるというのは、実はこの日が始めてだったのだ。

 自動ドアをくぐり、銀行内を見渡す。昼過ぎという時間のせいか結構混んでいる。買い物かごをもった主婦や大学生と思われる女の子、事業主だろう中年の男性、年金を受け取りに来たのかもしれないおばあちゃん、こうやってみると銀行と言うのは色んな人間が来るところなのだな~とのんびり思う。

「ん……?何だ、あれ?」

 薄い水色の待合ソファ、その一番端に、その人はちょこんと座っていた。

 真っ黒いマントを纏ったその人は、長く美しい黒髪を退屈そうに弄んでいる。隣の男にしきりに何かを訴えかけているようで、こちらからは顔がよく見えない。その隣の男はというと、年齢は二十代後半ぐらい、銀縁眼鏡をかけ、真っ黒い衣装で正装した背の高い物腰の柔らかそうな男だった。一言で言うならあれは…そう、執事。

(へぇ~執事ってほんとにいるんだ……)

 まあ、ちゃんと確認はしてないから、ただ執事の格好をしているだけの人という線もないことはないが、かなりの確率であれは本物の執事だろう。何というか雰囲気がものすごく執事しているのだ。 執事してるってのもどうかと思うが……。本物の執事なのだとしたら、きっとあの黒髪の女性はどこかのご令嬢か何かなんだろうな…なんて考えながら彼女の事をぼーっと眺めていると不意に彼女が振り返った。その顔は僕の予想通りというか、期待通り気品に満ち、気高く美しい顔だった。ただ、一点を除いて。

 その一点とは、その美しい顔には決して似つかわしくない左目の――眼帯だった。

 断っておくが、よく眼病に罹ったときに眼科でつけてもらうようなガーゼで出来た眼帯ではない。まるでどこかの海賊船の船長か、歴戦の鬼軍曹がつけていそうな真っ黒い眼帯だ。しかもご丁寧にもドクロマークまでついている。

 ってどんなセンスだよ……。

 あっ、目が合った。

 うわっ、すっごい目つきで睨んでるよ……。

 僕はその眼力に思わず目を逸らしてしまう。いや…決してビビった訳ではないよ。ただ、僕の本能が目を逸らさなくてはいけないと訴えたのだ。誰だ?今、それってビビってるってことじゃないか、なんて言ったのは?……はい、ビビりました。ビビりましたとも。しょうがないだろ?怖かったんだから……。まあ、とにかく係わり合いにならない方がいい人種だろう。関わる事もないだろうけれど。

 

 ――さてと、確か番号の書いてある紙を取って順番を待たなくちゃいけないんだったな……。

 少し緊張しながら僕は機械から紙を取る。混雑しているせいか、結構待つみたいなので、待合のソファに座る事にする。さっきの黒マントの美女と逆の端に座って、何となく銀行の入り口を眺める。すると、ちょうど一人の男が入ってくるところだった。その男は帽子を目深にかぶり、サングラスをかけ、マスクをつけて足早に入ってきた。入ってくるなり周りを伺うようにキョロキョロと見回しながら受付のカウンターに近づいていく。

 怪しいけれど……まさかね……。

 その男は僕の目の前、一番入り口に近い窓口に近づき懐から何かを取り出した。

「騒ぐな!みんな動くなよ!」

 男は右手に取り出した黒い塊を周りに見えるように振り回した。

 って、おい……冗談だろ……。

「おい!これが何か分かるだろ?なら、動くんじゃねーぞ!」

 なーんでこんなことになっちゃうんだろーなぁー……。僕は深く息をつく。

「も、もちろん本物なんだからな!みんな動くなよ!動くとマジで撃つかんな!」

 銀行内は水を打ったように静まり返った。

 こういったとき、人はただ過ぎ去るのを待つ。こういったことは台風とかと一緒でジッと待っていれば頭の上を無事過ぎ去ってくれる。僕は目の前で窓口の行員に拳銃を突きつけて、鞄に金を詰めるように要求している犯人を眺めながら、何となくそんなことを考えていた。きっと、周りの人たちもそう考えていただろう。

 こんな事になって、何て不幸なんだろう。

 何で自分が?何で自分だけが?

 早く過ぎ去ってくれないだろうか?

 自分とは関係ない所でやってくれればいいのに。

 大方、こんな事を考えているのだろう。みんな物音一つ立てずに、お金を詰める行員と、それをせかせる犯人を見守っていた。

 その時――

 

「まったく……騒がしいわね」

 

 静まり返った銀行内に、良く通る声が響いた。

 声のした方をみると、さっきの黒い美女がカツカツと近づいてきていた。

「たまに出てきてみれば……ほんと、この世って退屈しないわ」

 そう言うと彼女は、颯爽と眼帯を外した。

 その下から現れたのは――右目とは違う色の左目だった。

 右目が深い黒色なのに対して、左目はとてもとても綺麗な澄んだ琥珀色をしていた。

 それは思わず見とれてしまうほど……。

「おい!お前!動くなっつってんだろ!これが見えねーのかよ!」

 犯人は拳銃をこれ見よがしに振り回して凄んでみせる。

 そうですよー。動かない方がいいですよー。と、目の前を通り過ぎようとしている彼女にぜひ言ってあげたい。

「そうね。もし本物なのだとしたら、動かない方がいいでしょうね」

 彼女は前を向いたまま誰にともなく呟いた。

 ……呟いた?

 えっ?まさか……答えた……?

 黒い美女はまるで目配せをするように琥珀色の左目で僕を一瞥する。

「ねえ、あなた、ここから一体どうやって逃げるつもりなの?」

 彼女は犯人に話しかけながら、靴音を高く響かせ近づいていく。

「もし、無事に逃げるつもりなら、人質がいるんじゃない?」

 彼女は、犯人の目の前すぐで止まる。

「私ならここにいる全員よりもよっぽどいい人質になると思うんだけど?」

 腰に手をあてて、胸を張って彼女は言った。

「どう?いい提案じゃない?」

 それに対する犯人の反応はというと……。

「……はあ?お前、何言ってんだ?」

 犯人は大げさに首をかしげて言った。

 まあ、そうなりますよね……。この人、変なこと言ってますもんね……。

「訳わかんないこと言ってんなら、その頭、ぶっ飛ばすぞ!」

 犯人は拳銃を彼女に向けて構える。

「ええ、結構よ。ただし……それには、条件があるわ」

 彼女はずいっと前に進み出て、犯人の拳銃に胸を押し付ける。

 犯人の目を力強く見つめて彼女は続ける。

「ここにいる人たちには絶対手を出さない事。全員を無事に解放する事。それが条件よ。この条件さえのんでくれるなら、私をこのまま撃ち抜いてくれてかまわないわ」

 ……かっこいい……。

 めちゃくちゃかっこいい!

 眼帯で黒マントでほんと意味わかんないと思っていたけれど、この人、ほんとはいい人だったんだ!自分を犠牲にしてまでみんなを助けようとするなんて、なかなか出来る事じゃないよな!すごい!かっこ良すぎるよ!

 僕は心の中で賛辞を送りながらも、そんなことは少しも表情には出さない。

 周りの客たちもそうだ。せいぜい面倒をこの人が引き受けてくれると思っているんだろう、静観を決め込んでいる。

 厄介ごとが早く過ぎ去るのを、黙って待っている。

 家から出ずに嵐が過ぎ去るのを、待っている。

 普通の人ならそうするだろう。

 

 ――でも

 気がつくと僕は立ち上がり、犯人のほうへと歩み出ていた。

 ただ待っている――それでいいのだろうか?

 外は嵐でも、あえて扉を開けてその中へ進む事で、誰も見たことがないものが見えるのではないだろうか?

 

 もしかしたら、僕は知っていたのかもしれない。

 嵐の中へ自ら進み出る事を。

 そこに『ナニカ』がある事を。

 

 僕は犯人のそばまで行くと、拳銃を持った手を上から掴んだ。

「えっ?」

「はっ?」

 彼女も犯人も同じように、理解不能なものを見るような目で僕を見た。

「撃つなら……僕を撃て!」

 僕は彼女の前に体を滑り込ませながらそう言った。

「いや……ちょっと…あなた、何してんの?」

 僕の行動に彼女は困惑したように顔を歪める。

「女の人にこんな事させるわけにいかないだろ?僕が代わりになるから、あなたは下がっていて下さい」

「いや…でも……」

「いいから、いいから」

 僕は彼女を手で制しながら、犯人に向き合う。

「さあ!みんなを解放するんだ。そのためには僕が身代わりになってやる!」

 こうやって、ヒーローになるのも悪くない。後のことはあまり考えていないけれど、時間を稼いでいれば、きっと警察も来てくれるだろうし、隙を見て犯人を捕らえる事も出来るかもしれない。今、思うと、この時の僕は少しハイになっていたのだと思う。自分がまるで物語の主人公のように感じ、何でも出来ると勘違いしていたのだろう。そんな、僕を呆れたように苦笑を浮かべて彼女は言った。

「いや……でも……その拳銃…偽物よ」

「……へっ?」

 思わず振り返ると、彼女は本当におかしそうに笑いをこらえている。

「くくく…それね、偽物なの。それなのに…ぷくく…そんなに必死になって」

 こらえきれずに彼女は笑い出してしまった。

「えぇ~……マジで~……」

 僕は脱力してしまう。何ということだろう…せっかくかっこつけたのに…。

「おい!お前ら!何、俺を無視してんだよ!マジでぶっ殺すぞ!」

 僕たちの会話を呆気に取られたように聞いていた犯人が、ハッとして声を上げる。

「やってみなさいよ。その、モデルガンで出来るんならね!」

「ぐっ……」

 彼女に凄まれて犯人は声も出ない。

「ほら!本物なら派手にぶっ放してみなさいよ!さあ!さあ!さあ!」

「ぐぐぐ……くっっそおぉ!」

 彼女の挑発に乗って犯人は殴りかかってきた。僕は彼女を守ろうとしたのだけれど、その必要はまったく無かった。

「今よ!流鏑馬やぶさめ!」

 彼女が名前を呼ぶと、窓口の向こう側からすばやく飛び出した影があった。その影は目にもとまらない速さで犯人を投げ飛ばし、そのまま床に押さえつけてしまった。僕の目の前では、悔しそうにこっちを睨みながら床に押さえつけられている男と、その男を涼しい顔で押さえつけている執事がこちらを微笑みながら見ているという図が繰り広げられている。

 なるほどね。

 最初からこういう作戦だったって訳ね。

 僕は何だか自分が彼女達の邪魔をしたように思い、恥ずかしくなってしまった。

「――恥ずかしがる事はないわ。」

 彼女に声を掛けられて驚いてしまった。どうやら僕は無意識のうちに恥ずかしいと声に出していたようだ。

「それに……あなたが庇ってくれてとても嬉しかった。ありがとう」

 そう言うと彼女はすこしはにかんだ様に笑った。そのさっきまでとうって変わって幼げな笑顔と、美しい琥珀色の左目に僕はドキッとした。

「ふふふ…あなた、なかなか面白いわね。何ていう名前なの?」

「名前……ですか……」

 僕は実は自分の名前があまり好きではない。

「ん?言いたくないの?」

「いえ……そんなことは無いんですが……」

 言いよどむ僕を彼女は伺うように覗き込んでくる。その琥珀色の左目で見られると何だか全てを見透かされているようで、僕は心を決めた。

「…田中……田中太郎です……」

 名前を言いたくなかったのは、このまるで偽名のような本名のせいで大概の人に嘘つき呼ばわりされるせいだからなのだ。

「へえ~偽名みたいな本名ね。」

 あれ?信じてくれた?珍しいな。

 何となく肩透かしを食らったような気持ちでうろたえていると彼女は眼帯を着けなおして、一枚の紙片を手渡してきた。

「あたしはこういうものよ。よろしくね」

 その紙にはこう書いてあった。

「トラブル…シューター……髑髏塚(どくろづか愛子……?」

「その名刺、裏に地図と住所も書いてあるから」

 裏返してみると確かに書いてあった。どうやらこの東雲町の中心地近くに事務所があるみたいだ。

 それにしても――

「あの……素朴な疑問なんですけど、トラブルシューターって何ですか?」

「そのままの意味よ。どんな問題でもあたしが代わりに解決してあげるのよ。大きなものから小さなものまでね」

 何ですか?その天気予報で聞くようなキャッチコピーは……?

「まあ、お友達価格ってことでお安くしとくから、何か困った事があったら来るといいわ」

 そう言うと彼女はくるりと背を向けて執事と一緒に銀行から出て行ってしまった。

 

 何だか嘘みたいな出来事だった。

 この時の僕には、まさか自分がこれからまるで大嵐の中を逆立ちでマラソンをするような日々を送る事になろうとは、まったく全然これっぽっちも想像だにしていなかった。

 

 ――僕は扉を開けてしまった。

 

 


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