髑髏塚愛子(2)
是非、縦書きで読んでください。
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2
銀行強盗という嘘みたいな事件に巻き込まれてしまってから数日後。僕はすっかり日常を取り戻していた。そりゃ事件直後は警察に事情を聞かれたり|(主に消えた黒マントの女性について)マスコミにインタビューされたりしたけれど、そんなものは、たかが一日も持たずに終了してしまった。したがって、数日たった今の僕は、どこからどう見てもただのどこにでもいるような男子高校生になっていた。あの時は結構な決心をもって前に進み出たのに……。結局は、人はそんなにすぐには変わらないのだと痛感しただけだった。
そんな一般的な男子高校生の僕が毎日通っているのは、市立東雲東高等学校という一般的な公立高校だ。学力も真ん中あたり、家の経済力も中流といった生徒たちが集まる、特に特筆すべき点の見当たらないような学校がこの春から僕の通う学校なのだ。ああ、そういえば我が校で一点だけ自慢できる点があるとすれば、それは女子の制服のかわいさかもしれない。その制服目的で入学してくる女子もいるほど人気が高く、噂ではネットなどで高値で取引されているそうだ。そのせいか最近、校内で女子の制服が盗まれる事も多々あり、学校の警備も厳しくなっているようだ。僕は特に制服に対して何らかの性的興奮を覚えるような趣味はさらさらないが、それでも単純にかわいいとは思う。それにしても、制服を着ることによってその子の元々のかわいさが、さらに強く大きくなるような感じがするのは何故だろう?それはまるで、聖闘士が聖衣を着る事によって小宇宙が高まるように!……いや、まあ例えがアレだったけれど、ようするに我が校の女子の制服は黄金聖衣のように魅力的だと言いたいのだ。話が大いにそれてしまったけれど、これは僕の悪い癖のようなものなので、出来ればご容赦願いたい。
さて、そんな僕は今現在、何をしているのかというと――
「田中。後でこのプリントを職員室まで持ってきてくれ」
「……はい」
そう、今、僕は終わりのホームルーム中で担任教師から面倒事を頼まれたところだった。
僕の名前、田中太郎は一般的過ぎて反対に目立つという性質を持っているので、比較的今のような入学直後の時点でも先生に名前を覚えられやすい。そのせいで今回のように何かと頼みごとを任されるのだった。
本当に僕はこの名前が嫌いだ。
「くく、お前って相変わらず貧乏くじをひくな」
後ろから声を掛けられて僕はゆっくりと振り返る。
「そんな言い方はないだろう?椿ちゃん」
「……おい!その名前で呼ぶなっつてんだろ!」
「何言ってんだ。本名なんだからしょうがないだろ?」
まったく、と肩をすくめる僕を彼は軽く小突く。
彼は木春椿。
れっきとした男子生徒だ。
彼は中学の頃からの友人だ。高校でも同じクラスになったので仲良くさせてもらっている。比較的、友人の少ない僕の唯一といってもいい友達だ。そんな彼は、僕と違って誰からも好かれる好青年なので友達も多く、文字通り誰からも好かれている。スポーツ万能で、その長身と運動神経を活かし、中学ではバスケ部のエースとして活躍していた。また、性格もすこぶる良い。温厚で面倒見も良く、リーダーシップも取れることからクラスでも早くも中心人物のような扱いだ。しかし、そんな彼は何故かこんな僕と特別仲良くしてくれているようだった。その証拠に基本的にはいつも一緒に帰っているし、昼休みも一緒に昼ご飯を食べている。ちょっと仲良すぎて気持ち悪いぐらいだ。念のため、断っておくが決して腐った女子のご期待には副えないのであしからず。極めてプラトニック(?)な関係なのだ。
「早く行って来いよ。待っといてやるから」
「悪りぃ。じゃあちょっと行ってくる」
この時も、椿は僕がプリントを持っていく間待ってくれて、一緒に帰ろうというのだ。僕は彼の視線を背中に受けながら、山積みのプリントを抱え教室を出て行った。
「失礼しましたー」
僕は軽く頭を下げ、職員室から出てから思わず一つため息をつく。プリントを先生のところに持っていったら、何だか呼び止められて、何か悩みでもあるのかと真剣に訊かれてしまった。どうやら先生から見て僕はあまり元気が有るようには見えないらしく、一人暮らしという情報もあってか、いらぬ心配をかってしまっているようだ。そんなことは無いですよーと何度言っても、心配事や悩み事があるなら先生に言えよ、の一点張りで、なかなか帰してくれなかった。先生に話して解決するような問題なら、最初から悩まない。と、まあそんなことが言えるわけも無く、はあ、とか、まあ、とかで誤魔化してやっと解放されたのだった。
「はあ……何だかなぁ……」
僕は昔からよく元気がないと人に言われる。それでよく心配されたり激励されたり除け者にされたりするのだった。僕から言わせると、いつもいつも元気が有るほうがどうかしていると思う。しかし、周り、特に大人って奴は僕に元気を求めてくる。それでその要求が破棄されると、心配してきたり激励してきたり何だか分かった風なことを言ってくるのだ。自分でもそんなに他人と上手く付き合える方ではないと分かっているけれど、僕はこれでいいと思っているのに。こんな僕でもそこそこに友達もいるし、新しい出会いだってある。それを取捨選択するのは僕の勝手だと思うのだが……その時、ふと椿の顔が浮かんだ。
あいつは僕の事どう思っているのだろう?
僕はあいつの事、友達だと思っているけれど、あいつは一体どう思っているのだろう?
もしかしたら、かわいそうだから友達になってくれてるのかもしれない。
そんなことを考えていると、何だか悲しくなってしまった。こんな事を考えてしまうのは先生にプリントを持っていかなくてはいけなかったせいだ。しいては自分のこの名前のせいだ。僕はこの名前がやっぱり嫌いだ。
それより、椿といえば――
「結構、待たせちゃったな……あいつ、まだいるかな……?」
そうだ、椿を教室に待たせているのだった。
椿はいい奴だから、きっと待ってくれているだろうし、僕の事を友達だと思ってくれているだろう。でも……もしかしたら、本当はかわいそうだから付き合ってくれているのかもしれない。もしそうだとしても、僕はそれでいいと思う。そんなことよりも今はその大事な友達をあまり待たせないように、早く教室へ帰る事を優先すべきだ。もしも気になるのなら本人に訊いてみてもいいかもしれない。まあ、椿はいい奴だからきっと友達だというだろけれど……。
――もし、心が見えるのだとしたら。
僕はふとそんなことを考えた。もしも、お互いに心が見えるのだとしたら――こんな風に色々と思い悩む事もなかっただろうし、担任教師に絡まれる事もないだろう。こんな僕でも誰にも誤解されずに上手くやっていけるかもしれない。まあ、そんなことはありえないけれど。そんなことよりも結構遅くなってしまったことのほうが重要だ。
僕はすこし早足で歩くことにした。友達を待たせるのは悪いと思ったからだ。しかし車でも何でもそうだが、スピードを出すという事はリスクを伴う。ほとんどの生徒が帰ってしまった校内、言ってみれば深夜の広い国道のようなものだ。まさか出会いがしらの事故なんて起こるはずが無いと、誰もがスピードを出す。この時の僕も同じ。ただ、そういった決め付けや思い込みが、道路においても人生においても事故の元になるのだった。
渡り廊下を渡りきった角で僕は事故を起こしてしまう。
ただ、この時の相手はバイクでもトラックでもなく――女子生徒だった。
「痛てっ!」
「きゃっ!」
激しくぶつかった僕らはお互いに尻餅をついてしまった。
「痛ってぇ……すみません、大丈夫ですか?」
ぶつかった相手を見るとそれは僕の知っている相手だった。僕の目の前で足を投げ出してあたふたとあられもない姿を晒しているのはクラスメイトの南奈美だった。この、上から読んでも下から読んでもな名前の彼女は、実は男子の間ではちょっとした有名人なのだ。それは何故かというと、彼女は成績優秀、性格も抜群、さらに特筆すべきは少し低めの身長に似つかわしくない、その胸のふくらみ。とても制服では隠しきれていない。
しかも眼鏡っ子。
バンザイ!眼鏡っ子!バンザイ!巨乳!
彼女はこの世の男、特に若い男子、さらに言うと男子高校生の欲望と煩悩とをその体で体現したような、そんな神々しささえ感じる存在なのだ。そりゃ、有名にもなるってもんでしょ。したがって今のこの僕の状況というのは、全ての男子東雲東高生の憧れのシチュエーションなのだ。僕自身は眼鏡にも巨乳にも特別な思い入れがあるわけではないけれど、それでも思わず目を奪われてしまうような彼女が事故の相手だった。僕は彼女を引き起こそうと立ち上がり、手を差し伸べる。
「ほんとに大丈夫?ほら掴まって」
そんな僕の手を握り返して、彼女は僕の目を見つめ、こう言った。
「ねえ助けて!」
「は?今、何と?」
僕はそれまでの少し気取ってカッコつけていた態度を一変して、思いっきり怪訝そうに聞き返してしまった。こんな聞き方じゃ彼女の好感度はガタ落ちだろう。しかし、そんな僕の態度なんてお構い無しに彼女はなおも続けた。
「お願い!助けてください!」
彼女の顔は必死そのもので僕は思わず頬を赤らめてしまう。いや~近くで見るとほんと可愛いわ……ってそうじゃなくて
「いや……助けろってんなら助けるのに、やぶさかではないけれど……一体何から助ければいいのか教えてもらえるかな?」
僕は相手を落ち着かせる為に、わざとまわりくどく訊ねる。
「ああ……そうですね。私は南奈美といいます。」
「…ああ、それは知ってる。」
「えっ?そ、そうなの?何で?」
「いや……クラスメイトだし……」
この子、もしかしたら天然?だとしたらマジ最強。
「あっ!そうか!そうだよね!」
「そうだよな!そうなんだよ!クラスメイトなんだよ!……って何を分かり合ってるんだよ!何も分からないよ!ちゃんと分かるように説明してくれ!」
「そう!助けて欲しいの!私、実は……いや……でも……信じてくれないかも……」
彼女はそう言って探るように僕の顔を下から覗き込む。ちくしょー!そんな顔されたらこう言うしかないじゃないか!
「そんな事無いよ。とにかく言ってみ?僕に出来る事なら出来る限りしてあげるから」
「ほんと?じゃあ……」
彼女はモジモジしながらこう続けた。
「お化けが出たの」
「…………………はい?」
「あっ、そうか。お化けじゃなくて幽霊が出たの」
「いや、聞き返したのそこじゃないし!」
この子、頭が少しアレの子かもしれない……。
「ほら!やっぱり信じてくれないじゃない!」
「そんな話、いきなり信じろって方が無理だよ!」
「そんな事言うなら、じゃあ、ちょっとついてきてよ!」
彼女は頬を膨らますという、もう骨董品の域に達しているであろうリアクションを取り、 僕の手を引いて歩き出した。
こっ……これは……幸せかもしれない……。
とにかく、ついていってみようかな……。
彼女の話によると――
数日前から、放課後、気がつくと視線を感じる、でも振り返ると誰もいない。そうこうする内に鏡越しや向かいの校舎から一人の女子生徒がこちらを見ているのに気付いた。追いかけていっても、もちろんそこには誰もいない。そんなことが何回もあって、しかも回数を追うごとに、徐々に女子生徒が近づいてきているのだそうだ。それで――
「それで、今日、トイレで用を足して出てきたところに、その女子生徒が現れたってわけか」
「そうなんだ。手を洗って、顔を上げたら後ろに立ってるのが鏡越しに見えて、私、もう怖くって、走って逃げてきたら角で田中くんにぶつかっちゃったの」
「ふぅ~ん……」
「あっ!その顔はやっぱり信じてないでしょ?」
「そりゃ…ねぇ……?」
「もう!ついてきたら分かるんだから!」
それにしても、さっきから自然に手をつないでいるのだけれど、彼女は気にならないのだろうか?僕は冷静なふりをしているけれど、実は内心ドキドキしっぱなしなのである。こういう少し無防備なところが、男子高校生を狂わせてしまうのだろうな~。気をつけなはれや!なんて考えている間にも現場、つまり女子トイレに着いた。
「で?僕にどうしろと?」
ここでやっと彼女は手を離した。
「……中を見てきて」
「おい!ここは女子トイレだろ!そんなことできるわけ――」
「……お願い」
彼女はそのふくよかな胸のふくらみの前で手を合わし、小首を傾げる。
「…………しょうがない」
「じゃあ――」
「ああ……中を見てきてやるよ……」
そんな顔でお願いされたら断れる男子はいない。それにこの場合は僕が罪に問われる事は無いだろう。だって、その女子にお願いされて中に入るんだから。完璧に合法のはず。
僕はそろそろと、まるで忍び込むような足取りで女子トイレに入っていった。
「ねえ……どう?何かいない?」
後ろから彼女に訊かれて、いいや、と僕は答えた。
「見たところ何もいないみたいだけど?」
「そんなはずは……」
彼女もトイレの中に入ってきた。
「おおかた、誰かに悪戯でもされたんじゃないの?」
僕は踵をかえし出て行こうとする。その僕の制服の袖口を彼女は掴んできた。
「何だよ?まだ、納得してな――」
彼女は僕のほうとはまったく違う方向を見て、わなわなと震えていた。
「あ……あれ……」
「一体、何が――」
僕は彼女が見ている方向を見て言葉を失った。
そこには、壁一面、真っ赤な文字でこう書いてあった。
『ミナミナミオマエヲ呪イ殺ス』
「何だこれ……?」
悪戯にしてはたちが悪すぎる。彼女を見ると今にも倒れそうなほど、顔が真っ青だった。
「と、とにかく出よう。」
僕は彼女を外に連れだして、その場に座らせる。
「大丈夫か?南?」
ガタガタ震えながらも彼女は気丈に微笑んだ。
「だ、大丈夫……ちょっと、驚いただけ……」
「一体、誰がこんな……。南、お前誰かに恨まれたり――」
彼女は首を横にブンブン振った。
「…ってそんなわけ無いよな……じゃあ一体何で……?」
「それより――」
彼女はゆっくりと立ち上がる。
「先生に言わなきゃ……」
僕たちは一通り先生に報告して職員室を出た。例の文字は先生が消してくれるみたいで、僕たちには早く帰るように、との事だった。
「南、ほんとに大丈夫か?」
廊下を並んで歩きながら、僕は彼女に訊いた。
「うん……だいぶ落ち着いた、と思う。……ごめんね、変なことに巻き込んじゃって」
俯きながら彼女は言った。
「まさか、こんなことになるなんて……ほんと、ごめんね」
「構わないよ。巻き込まれるのには慣れてるし……」
ほんとは全然慣れてないけれど……。
構わないのは、本当。
「それにしてもひでえな。それで、お前が見たって言うその女子に見覚えは無いのか?」
彼女はかぶりを振る。
「う~ん……他校の生徒ってのも考えにくいしなぁ……なあ、どんな見た目なのか覚えてるか?」
彼女は思い出すように少し上を向いて顎に人差し指を当てる。いちいちリアクションの古い奴だ。
「う~ん……背がすらっとしてて、髪は真っ黒でそれで顔を隠してる感じ……で、何ていうか、何か気持ち悪いのよ……何かが変って言うか……」
「……いまいち参考にならないな……でも、そんな生徒なら目立ちそうな気がするけどな~」
南によると、うちの学校には今、まことしやかに囁かれる噂があるそうで、それによると、ふと気がつくと柱の影や、鏡越しに真っ黒い髪の女子生徒がこちらを見ていて、それを追いかけると、どこか異世界へ連れて行かれてしまうらしい。なんとも子供だましと言うか、よく聞くような、ありふれた学校の怪談だ。
「そうなのよ!だからきっとアレは、その昔この学校で自殺した女子生徒の霊なのよ!きっと背の高さを馬鹿にされてそれを苦に……かわいそうに……」
彼女は同情するように目を伏せる。
「いや、そんな簡単に決められないだろ?大体、幽霊なんてこの世にいる訳――」
その時、何となく向かいの校舎を見た僕はそれを見てしまった。
「いやいや、田中くん幽霊ってのはもともと、この世にはいないのだよ。だいたい幽霊ってのは初めから死んでるわけで、言ってみればあの世の住人っていうか――」
「おい、南が見たってのは背が高くて、長い黒髪で顔を隠してるって奴だよな」
「なんだい?田中くんは。人がせっかく丁寧に説明してあげてるのに……ってどうしたの?そんな顔して……?」
「もしかして、その女子ってあれじゃねぇ?」
僕の視線の先、ちょうど僕たちのクラスの教室の窓際にその女子は立っていた。ここからは距離があるので正確にはわからないが、女子にしては結構背が高いように思える。そして、決定的なのはその女子は、その長い髪で顔をすっかり隠していたのだった。
「そう!あの子よ!」
僕は南の答えを待たずに、駆け出していた。何よりもこんな事を他人にする人間を僕は許す事ができない。絶対、捕まえてやる。そう思うと一目散に駆け出していたのだった。
階段を二段飛ばしで駆け上り、校則も無視して廊下を全速力で駆け抜けた。教室の前に着いた僕は、一呼吸、気を落ち着かせてからドアを勢いよく開けた。一瞬、頭の中にほんとに幽霊だったら?という事がよぎった。
「……よう、遅かったじゃねぇか。どこで寄り道してきたんだよ?」
教室の中にいたのは――木春椿――だけだった。
「ん?何だ?そんな変な顔して?ははっ、まあ、お前の顔が変なのは今に始まった事じゃないけどな」
茶化す椿を無視して僕は訊いた。
「なあ……ここに背の高い女子がいなかったか?」
「おいおい、待っててやったってのにありがとうもなしかよ?」
「いいから!ここに女子がいなかったかって訊いてんだよ!」
僕の剣幕に押されて椿は少し不機嫌そうに答える。
「んだよ……ここにはずっと俺一人だけだったぜ。みんな帰っちまったからな。それでも待っててやったてのに……」
「それ……ほんとか……?」
「あたりまえじゃねえか!何でこんな事、嘘つかなきゃなんねぇんだよ」
まったく、と椿は大分、気を悪くしたようだった。
「……田中くん」
後ろから声を掛けられて振り返ると、南が肩で息をしながら立っていた。
「……どう?……いた……?」
「いや……いない……最初からいなかったそうだ」
南は目を見開く。
「それって……」
「僕たちは確かに見たんだ……なのに……」
あれは、一体なんだったのだろう?
まさか本当に……幽霊……?




