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ネルとリュシアのとある日(824字+802字)

※二つ、エピソードがあります!








エピソード① 翌朝




隣で眠っていたネルがむくりと起き上がった気配がした。


「……いい朝だな」

ネルが呟く。窓からはカーテン越しに柔らかな朝日が入っている。

私は眠っているふりをしている。

ネルはそっと私を起こさぬように寝台から出て行った。


しばらくして、日課の鍛錬用の服に着替えたネルが忍び足でまた寝室に入ってきた気配がした。

そっと寝台に腰を下ろす。


「リュシア。まだ寝てんのか。お前、以外と朝に弱いんだな」

笑いを含んだ、ささやくような声。


私の頬を指先がそっとなぞる。

「まじで夢みたいだな。お前と一緒に暮らせるなんて――」

呟くように言い、ネルは続ける。「昨日は素っ気なくてごめん。あんまりにもお前が、その……綺麗だったから」


この地味な顔をそう言ってくれる人がいることは、有難いことだ。

シェムリに化粧をならった甲斐があったというものだ。


「でも俺はいつものお前の方が好きだな」

……それなら、化粧の研究に費やす時間を、ラジャトの残した金属の研究にでも使おう。


ネルはうーん、と悩ましげな声をあげた。

「いや、やっぱり――たまには着飾ってほしいかも」


そうか。それならそうするか。着飾る頻度は……賽でも振ってその月ごとにランダムに決めよう。


頬を撫でていた指先が、首筋の方に落ちた。

そこにはネルの紋様の入れ墨が入っている。


「痛くなかったか、昨日の夜」

大丈夫だったよ、と私は心の中で言う。

せっかくだから鎖骨に至る広い範囲にまで入れ墨を入れて、とせがんだのだから、昨日の夜は私もどうにかしていた。


ふいに、優しく首筋を這っていた手が止まった。

ネルが体をかがませた気配がした。


静かな衣擦れの音。

そして、唇に触れる、ネルの唇の感触。


ネルは顔を離すと、言い訳するように言った。

「その……、昨日できなかったから」

そして、熱にうかされたような口調で、「やべぇ」と呟いて部屋を出て行った。


静かになった部屋で、私はそろそろと顔を手で覆い、体を起こした。

柄になく頬が熱い。


――はぁ。

これだから、寝たふりはやめられない。




(おわり)










************


エピソード② 婚礼の日






夜。

私は寝台に仰向けに横たわっている。

ネルの顔が近い。息遣いが首元で聞こえるくらいに。



ちくりと痛みが刺した。

「痛くない?」

ネルが尋ねる。


「大丈夫だよ。続けて」


「分かった」

ネルは頷き、私の首筋に再び入れ墨を入れ込む。


「終わったぞ」

ネルが呟いて、鏡で私の首筋を写して見せてくれた。


「……!」

思わず目を見開く。色は青にしてもらった。愛しい人の紋様が、確かに私の体に入っている。

これは――嬉しい。言いようもなく嬉しい。黒紋民に連綿と続く風習なだけある。


「もう少し広く入れてほしい。人目に触れないところにも」

ほんの少しだけ婚礼の衣装の襟元を下に引っ張ると、ネルは一瞬固まったあと、「あぁ」と頷き、そっと2,3個私の襟元のボタンを外した。


しばらくのち。


「これでどうだ」

ネルが視線を外したまま、鏡をこちらに見せる。


「すごくいい!」

首筋から下におりて、鎖骨のほんの少し下あたりまで入れ墨が入っていた。


「じゃあ俺はこれで」

即座に寝台から降りようとしたネルの服の裾を、すかさず掴む。


ネルが着ているのも婚礼の衣装である。ボタンなどの現代の服で使用するものも使っているが、黒紋民に伝統的に伝わる婚礼の衣装を再現した。

お互いの紋様の刺繍の入った濃紺色の羽織に、夫は妻の、妻は夫の紋様の刺繍の入った帯を締める。

ネルは、同じく私の紋様の刺繍が入った細い布で、前髪をあげていた。


とにかくネルに良く似合う。


「どこで寝るの? 寝台は一つしかないよ」


「いや、その辺」

ネルの耳朶が赤く染まっている。


「なんで?」


「だって……近くにいたら、続きをやりたくてたまらなくなるから」

ネルがかすれた声で呟く。


「続き、しても構わないけど」

小声で言った。


「え?」

ネルがこちらに視線を向ける。


「いいの?」

聞きながら、そっとはだけた襟元に手を伸ばす。


「いいよ」

私は少しだけ笑った。ネルも笑って――そして熱い眼差しで私を見つめたあと、襟元のボタンをもう一つ、外した。




(おわり)







*********


作者つぶやき




エピソード②は、婚礼の日の夜で、エピソード①はその翌朝です。

ちなみに、婚礼の衣装作りは、ノーレスリャーンと若王に手伝ってもらいました。レオラとアリヤとシェムリは、裁縫がからきしダメだった……


 目をキラキラさせるノーレスリャーン。

 素敵だな、と年相応に頬を染める若王。

 無言でただひたすらに手を動かすリュシア。


 3人で一心不乱に刺繍をする時間は、とても楽しいものでした。


 ノーレスリャーンは、リュシアとネルの黒紋民風の結婚式にいたく感動し、「絶対にジグルステン様の結婚もこうあらねば」と静かに心の中で闘志をもやすのだった。


 時系列的には、ノーレスリャーンはこの時期にはもう海の向こうの国に渡っているのではないか?という疑問には目をつむっておきましょう。

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