おまけ ネルとリュシア
※時間軸的には、異国人との戦いが終わり、まだ戦いの傷跡が残っているときのエピソードです。
「お前も懲りずにべったりだねぇ」
様子を見に来たピアスの番人が、にやにやとした笑いを浮かべる。
「……」
その視線を受け流し、リュシアの看病を続ける。
リュシアはまだ目を覚まさない。紫煙花の毒を抜く薬を何度も飲ませ、異国人ノーレスリャーンが手を尽くして治療を施しているが、まだ思ったような効果はない。
腕の傷口の包帯を取り換えていると、ノーレスリャーンがやってきた。
「ネル様。リュシア様の脈を診ても?」
「あぁ」
リュシアの隣をどくと、ノーレスリャーンは太い指をそっとリュシアの白い手首にあて、少し怪訝そうな顔をした。
「!」
ノーレスリャーンが息をのみ、破顔した。
「素晴らしい! もうじき目覚めるでしょう!」
「ほんとか!!」
思わず腰を浮かせた。柄になく弾んだ声が出たことに気づき、気まずくなった。
番人が、くっくっと笑いをこらえている。
「きっとあなたの思いが届いたのでしょう。もっと声をかけてあげてください。……こんなに素晴らしい恋人をお持ちで、リュシア様は幸せ者ですね」
ノーレスリャーンが乙女のような口調で言った。
「……」
押し黙った俺に、ノーレスリャーンは慌てて言った。「し、失礼しました。奥様でいらっしゃいましたか」
「ノーレスリャーン。こいつらまだ恋人でも夫婦でもねぇんだよ」
笑いをこらえきれず、ふき出した番人を俺は静かに睨みつけた。
夜がふけてきた。
リュシアが横たわるこの場所は、森の中の小さな洞窟である。
多くの怪我人が療養する街の診療所からは少し離れている。
リュシアにとっては、静かな場所の方が落ち着くと思ったのだ。
その静謐な横顔を眺め、手を握り、いつものように語りかける。
「……戻ってこいリュシア。お願いだ」
朝。
あたりが明るくなると、まずは焚火の調節をする。
それから、何か栄養になりそうな果物を採ってきて、それを椀の中ですりつぶして液状にする。
リュシアはまだ目を覚まさない。
静かに横たわっているその頬に、そっと手を触れ、いつものように声をかける。
「おはよう、リュシア」
「おはよう」
にこりとリュシアがこちらを向いた。
……えっ。
思考回路が凍り付き、火花が散った。
「おはよう」
リュシアがもう一度言った。
「ええええ!」
唐突にリュシアが戻ってきた!
「……そしたらお前、昨日もおとといも意識あったわけ?」
頬に血がのぼるのを感じながら尋ねると、リュシアは屈託なく「うん」と頷き、いたずらな笑みを浮かべた。
「勘弁してくれよ……」
思わず顔を手で覆う。なんかいろいろと変な言葉を口走ったのを、聞かれていそうで怖い。
「だって目覚めたらネルがどっかに行っちゃいそうだったし」
リュシアは椀に入った、俺がすりつぶした半液体状の桃を、実においしそうに匙ですくって食べる。
その椀が空になったころ、静かに俺は言った。
「じゃあさ。……このまま一緒に暮らさない?」
「え?」
リュシアが目を見開いて、こちらを見た。
「このまま俺と、一緒に暮らさない?」
もう一度、言った。
「この洞窟で?」
リュシアが真顔で首をひねる。
なんで伝わらねぇんだよ、と思いながら、でもどうしようもなくて、俺は言い募る。
「いや。ちゃんとした家で。二人で。ずっと……」
リュシアが大きく目を見開いた。
そして、「いいよ」と小さく頷いた。頬を染めて照れたように続ける。
「ネルの気持ちは、もう十二分に分かってるから」
……もしかして。全部聞かれてたのか?
思わず頬がひきつった。
◇
ふっと意識が戻ってきたとき、ネルの声が耳に入った。
「……リュシア、ごめん。ずっと一人にして」
ネルが私の手を握っている感触がした。剣だこのある、いつの間にか大きくなった手。
うっすらと目を開けると、ネルは私の手を握り、祈るように己の額にあて、懺悔の言葉を言っているようだった。
「ずっとお前の幸せのためには、俺が隣にいてはいけないと思ってた。でも、どんどん想いが強くなって、自分でも訳が分からなくなってこじらせた」
……これは。
私は内心で衝撃を感じていた。ネルが自分の正直な想いを吐露している。かなり珍しい。
全身を耳にしてその独白を聞いた。
「俺、きっと……最初に、シュラクの街の酒場であったときから、もう惹かれてたんだ」
私もだ、と言いたい気持ちをグッとこらえた。
「ラジャトと楽しそうに会話している姿を見て、情けないけどすごく嫉妬した」
あぁ。後で姉弟だということをちゃんと話しておこう。
ネルの指先が、そっと私の首筋をなぞった。「ここに俺の紋様も入れておけばよかった、と何度も思った」
なんともその声が切なそうで、胸が締め付けられた。
目覚めたら早急に入れ墨を入れてもらおう。そうしよう。
ネルは言葉を続ける。
「……でも筋違いな話だよな。俺はさんざん東ノ国の妓楼に通っていたってのに」
そうだそうだ、と内心思ってると、ネルは苦しそうな声色で言った。
「信じてくれ。シェムリとは本当に何もないんだ。ただ軍で……よく眠れなかったら寝台を借りてたんだ」
それはシェムリから聞いた話で知っていた。
実際会って話してみると、シェムリは――変わっているけど、なんというか、割と一途でいい子だった。
「ただ……ごめん。お前を忘れようと思って何度かお前に似ている別の女を抱いた」
……抱いたのか。
「でもダメだった。やっぱりお前じゃなきゃダメなんだよ」
ネルの口調が強くなった。
「……もうお前しか愛さないと誓うから。だから戻ってきてくれ。リュシア」
その熱い言葉と力強く握られた手の感触がたまらなく、もう少しこの時間を享受しようと決意した。
◇
しばらくして、ノーレスリャーンが診察に来た。私の顔を覗き込み、脈を測っている。
私の心臓は、ばくばくと鳴り響いている。
「ん……?」
ノーレスリャーンが怪訝そうな声を出す。
お願い。お願いだから、もう少し――
ネルの視線を一身に受け、愛の言葉を聞く権利を延命させてほしい。
「!」
ノーレスリャーンが何かに気づいたかのように息をのんだ。
そして、それを隠すように大げさに言う。「素晴らしい! もうじき目覚めるでしょう!」
驚くネルにノーレスリャーンは重ねて言った。「きっとあなたの思いが届いたのでしょう。もっと声をかけてあげてください」
この異国人に私は心の中で、深く感謝の言葉を告げた。
「……このまま一緒に暮らさない?」
さすがにネルをあざむくのに限界を感じて、目を覚ました直後。
ネルに真剣な表情でそう言われた。
まだ夢の中にいるかのような気分だった。
何回か聞き返すと、ネルは言った。
「いや。ちゃんとした家で。二人で。ずっと……」
束の間、絶句した。
だが頭の中にその意味が理解できると、即座にネルの手をとって同意した。
「いいよ」
「……え」
私があまりにも簡単に同意をしたからだろうか。ネルが目を見開いた。
「ネルの気持ちは、もう十二分に分かってるから」
そういうとネルの表情がひきつった。
「ねぇ。私の首筋にもネルの紋様、入れてほしいな」
「……お前まさか、そこも聞いてたの?」
ふふふ、と含み笑いをすると、ネルの顔は赤くなったり青くなったりした。
「ノーレスリャーン。番人。ありがとね」
二人が私の様子を見舞いにやってきた時、私はこっそりとお礼を言った。
ネルは今、食べ物をとりに洞窟の外に出ている。
二人の医術師はにっこりと破顔した。
「とんでもないです。私も素敵なものを見せてもらいましたよ」
ほかほかとした幸せそうな表情で言ったのはノーレスリャーンだ。
「いい判断だと思うぜ。あいつは普段はまったく口下手だからな」
ピアスの番人は笑って、にこりと微笑んで聞いた。「で、お前ら結局どうするの?」
笑って答えた。
「ひとまず、一緒に住むことになったよ」
(おわり)




