第102話 父
「ふん、ヘブライが邪魔くさい武器を残しやがったな」
トル―シスがこちらに飛んでくる鋼鉄の玉を両断し、傷とラジャトが全ての黒光りする鋼鉄の武器をうちぬくと、海の向こうから来た者たちは静かになり、一人の男が前に出てきた。
こちらの身長の倍以上はあろうかと思われる巨体に、金糸の入った水色の羽織をまとっている。髪は剃りあげられ、その肉体は一分の隙もなく鍛え上げられている。
「俺の名はヴァーレントゥーガ。スタルトゥス人のお前らを殺し、この大陸を手に入れる」
こちらへと歩いてくると、巨大な剣をドン、と地に突き刺した。
「さぁこい。さもなくば俺から行く」
男の言葉に傷が持つ、鋼鉄の武器が火を噴いた。
瞬き一瞬の間もないはずだった。
だが男は弾丸を全てかわした。
そして――すぐさま、剣をブン、と振るった。
傷がぱっと後ろに飛びずさり、トルーシスとレオラが動いたが、間に合わなかった。
一瞬にして、傷が持っていた鋼鉄の武器が真っ二つになり、トルーシスとレオラが横腹を殴られて蹴りとばされた。
――速い。速すぎる。
あのトルーシスでもかなわないなんて。
地面に転がり、呻くトルーシス。蹴られた衝撃が強すぎたのか、腹を抑え、奥歯を食いしばり、動けないでいる。レオラは気絶している。
どうする。どうすればいい?
そう思った瞬間、風が舞った。
同時に金属音が響き、ヴァーレントゥーガの剣を、何者かがはねあげた。
「ハッ。少しは戦えるやつがいるじゃないか」
ヴァーレントゥーガが残忍に笑った。
「さぁ、弔い合戦をしよう」
そういって、剣を構えた男の姿を見て、俺はしばらく言葉が出なかった。
むき出しにした左腕。
いつものザッカーバーグの腕輪はそこにはなく――茶褐色の砂紋民の紋様と、それに重なるように紋様の入れ墨があった。
「……父上」
いつもと違う父の姿がそこにあった。
◇
「……父上」
視界の端で、デイトンが驚いたように目を見開いたのが分かった。
「デイトン、この帝国を頼むぞ。お前は誇るべき私の――私とトルナの息子だ」
異国人を見据えながら告げると、デイトンはわずかに息をのみ、そして頷いた。トルナと同じ美しい灰色の瞳がひかる。
「はい、父上」
デイトンは素早く片膝をつき、深く頭をさげると、さっと退いた。
異国人は私たちのやりとりにわずかに眉をひそめたあと、口の端をあげた。
挑発するようにこちらに視線を投げてくる。
「どこからでもかかってきな。相手してやるぜ」
隙なく剣を構える。上背のある私でさえ、頭ふたつ分は劣るほどの巨体。さらに鎧のような筋肉をまとっている。
私の死に場所はここだと直感した。
ここで――戦士として最期まで戦い、トルナに、トルタニスにあの世で会おう。
今の自分では、ふたりに顔向けできないと、あの時思ったのだから。
◆
あれは、東ノ国が城壁を破壊し、この帝国に攻めてきて数日たった頃のことだった。
東ノ国との戦闘中にも関わらず、豪華な宴を催している重臣たちに、私は何も言えずただ静かにその場にいた。
出された食事に箸をつけようとして、手を止めた。
そっと匂いをかぐ。
――毒だ。
「おい、この食事には――」
言いかけて、思わず口をつぐんだ。
自分の頭の中にひとつの考えが浮かんだ。それは、この帝国の臣下としては持ってはいけない考えだった。
――この毒入りの食事を食べ、重臣たちが死んだ方が民衆にとっては良いのではないか。
民衆の中に東ノ国と善戦している者たちがいること、そしてその者たちを重臣たちが牢に入れたことは聞いていた。自分の権力の保身のためだ。
いや、とすぐさま己の心の中に浮かんだ邪悪な考えを打ち消す。
仮にもずっと帝国王に仕えてきた者たちだ。ここで見殺しにするわけには――
その時、しずかな気配がした。部屋の外からの気配だった。
扉のほうを伺うと、そっとその扉が開いた。
その隙間から顔をのぞかせた、返り血でまみれた青年の顔を見て、息が止まるかと思った。
父のトルタニスにそっくりな頬の黒い紋様。
母のトルシカのような美しい顔立ち。
――トルーシスだ。あの洞窟の中で泣いていた赤子。
そう確信した。
彼は、手に剣を握り、音もなく動いた。
重臣達が次々に倒れていく。
……この動き。この動作。
荒々しく洗練はされていない。足の運びもめちゃくちゃだ。どこか”乱”にも見えるくらいに。
だが、彼はまごうことなき”刃”だった。
怒り狂う”刃”だった。
トルーシスに命を狙われたとき、俺はトルタニスに――そしてトルナに怒られたのだと思った。
どうして希望を失ってしまったのかと。過去に留まり前を向かないのだと。
トルーシスの手に握る銅剣が喉笛に迫ったとき、思わず左腕を振り上げて庇った。
それは、運命のいたずらだろうか。
その刃はちょうどヴァルゼンベルクの腕輪を叩き割り、俺の左腕の紋様が露わになった。
トルーシスは転がるヴァルゼンベルクの紋章と、左腕の紋様を見て、一瞬動きを止め、それから何も言わず立ち去った。
そのほかの重臣たちはことごとく殺された。
それから自分が生かされた意味を必死で考えることになった――
あの宮殿で私以外の重臣は、みな殺された。
私はずっと、トルタニスの息子に自分が生かされた意味を必死に考えてきた。
異国人が攻めてきた時、思った。
――それは今、この時だと。
トルタニスの息子が蹴りとばされた瞬間、気づけば体が動いていた。
気配を消したまま、高く跳ぶ。
空中で抜刀し、一息に剣をひらめかせる。
懐かしい。
昔、あの森でよくやった動き。
トルタニスから教えてもらった動きだ。
ちらりとむき出しになった左腕に、いつかの昔、トルナが彫り込んでくれた紋様が見えた。
さぁ、最後の仕事をしよう。
そうしたら、あの世でも――きっとトルナに、そしてトルタニスに認めてもらえる。
◆
――組になれそうな者は。
あたりを見渡すと、目を惹かれた女がいた。
さっきからそうじゃないかと思っていた。
トジンのような緑色の瞳。
トジンの想い人、トリヤによく似た白い髪。
銃を失って呆然としているトジンの忘れ形見に声をかけた。
「トジンの娘か」
その女は、ハッとしたようにこちらを見た。
何故父の名前を知っているのか、とでも言いたげに眉をひそめる。男のように短いその髪が揺れる。
「槍で、舞を踊れるか」
トルナが最後まで抱えていた槍を手渡す。ずっと屋敷の倉庫に保管していたのだ。
全てが分かったような顔を女はすると――槍を手に馴染ませて「はい」と頷いた。
……すごい。なんだこれは。
俺は呆然としながら、傷――アリヤと父上が共に異国人と戦う様を見た。
アリヤは見たこともない動きをしていた。
まるで舞を舞うように槍を振るう。
その槍は、縦横無尽に動き、確実に異国人を困惑させている。
そして――
父上は跳ぶ。
気配を一切させずに。
体格の良い父上がこれほど高く跳べるのかと思うほどに跳び、剣を横なぎに振るう。
肉がはじけ飛ぶ音がした。
ヴァーレントゥーガの左腕が一本、父上の剣にかかったのだ。
左腕は剣の勢いのまま、ものすごい速さで遠くへと飛んでいった。
ヴァーレントゥーガが舌打ちをした。
父上は全く顔色を変えずに、さらに次の狙いを定めている。
アリヤの槍の動きも一糸乱れない。
ヴァーレントゥーガは、時折攻撃を繰り出すが、さっきまでの素早い動きが出来ずにいる。
ヴァーレントゥーガの部下たちも同じだ。父上とアリヤに手出しが出来ずに佇んでいる。
なぜだ?
なぜだか分からないが――効果的だ。
その時、人が斬られる音と、ドサッと倒れる音がした。
そちらを見て凍り付いた。
……キリル。
異国人の手にかかり、キリルが血を吐いて倒れていた。




