↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/130

第1話 漆黒の紋様

鋭利(えいり)な刃《やいば》が首に触(ふ)れる感触(かんしょく)。


「さあ、選べ。ここで一息に死ぬか。それとも森で野垂れ死ぬか」

村長は刃(やいば)をわずかに動かした。一筋の血が首をつたう。

「切れ味抜群(ばつぐん)の白銀鉄(はくぎんてつ)の剣だ。楽に死ねるぞ」


……ここで殺してください。

喉(のど)から出かかった言葉を飲み込んだ。


「森で死にます」


「そうかよ。獣《けもの》に食い殺されないよう、気をつけるんだな」

村長は残念そうに剣を鞘《さや》にしまった。


「じゃあな、”呪(のろ)い”。文句はその黒い紋様(もんよう)に言え。掟(おきて)通りお前は10歳(さい)の今日をもって追放だ」

村長は僕(ぼく)の背を蹴(け)り、去っていった。







誰(だれ)もいない森の中を歩く。


森は、静かだった。

村でつきものだった、罵倒(ばとう)や暴力は何もない。


ふと、茂《しげ》みに人の気配があった。

「……レイル爺《じい》」


「バレちまったのう」

頭をかきながら、柔和《にゅうわ》な顔の初老の男が出てきた。


「よかった、死ぬのを選んでいなくて」

ほっとしたように呟(つぶや)き、包みを押(お)し付けてくる。「当分の食料だ。簡単な武器もある。これで生き抜(ぬ)け」

受け取ると、ずっしりと重かった。


「……ありがとうございます」

頭を下げ、歩き出そうとすると、グッと肩(かた)を掴(つか)まれた。


「トルーシス。約束しろ。決して自分で自分を殺さないと」

力強い両の目がこちらを見据(みす)える。


「分かりました」

頷(うなず)き、森の奥(おく)へと歩き出す。


「約束じゃぞ――」

遠くなる言葉を背で受けながら考えた。


これでレイル爺(じい)に義理を果たした。

さて、どこで死のうかと。





    ◇





森の奥(おく)へと進むと、低い唸(うな)り声が聞こえ、見事な体躯(たいく)の獣(けもの)がぬっと姿を現した。


――虎(とら)か。


鋭(するど)く光る牙(きば)が、僕(ぼく)を狙(ねら)っている。


ここで、終わりにしよう。

そう思った。


目を閉じれば、もう怖(こわ)さはなかった。


虎(とら)が大地を蹴(け)る音。

ふりかかる生温かい息。そして牙(きば)が――


突然(とつぜん)、ドサッと音がした。


「なにお前、死にたいの?」

呆(あき)れたような声に、目を開け、驚(おどろ)いた。


地面に倒(たお)れ伏(ふ)す虎(とら)。

その傍《かたわ》らには、日に焼けた長身の青年が剣を手に立っていた。


「あ~ぁ。誰か捨てられたと思ってきてみたら、こんな痩(や)せこけたガキか。娘が良かったなぁ」


「……なら助けなくても」

控え目に言うと、「そうは言ってらんねぇよ」と笑い、ふと真剣な表情になった。

僕(ぼく)の顎(あご)を指先でつかみ、ぐいと持ち上げる。


「ふーん。顔にまで黒い紋様(もんよう)があるのか」


「だから死んだ方がよかった」

黒い紋様(もんよう)を持つ砂紋民(ヌルム)は、世界に災厄(さいやく)を招くと言われている。


青年は鼻で笑った。

「そんなの迷信だ。俺はこの腐(くさ)った世界を変える。見ろ」

めくってみせたその腕(うで)に、息をのんだ。


そこには、黒々(くろぐろ)とした紋様(もんよう)があった。

……僕(ぼく)と同じだ。


「こいよ、ガキ」

青年は手を差し出した。「これからお前は俺を”兄さん”と呼んで敬え。生き方を教えてやる」

得意げに剣を一振(ふ)りしてみせ、はじけるように笑った。

その剣は、今までに見たこともないほどに輝(かがや)く、白銀鉄(はくぎんてつ)でできていた。






    ◇






……兄さん。


彼が残した白銀鉄(はくぎんてつ)の短剣を握(にぎ)りしめ、束の間、思い出に浸(ひた)った。


あの日から1年後、兄さんは『帝都(ていと)で奴隷(どれい)にされている砂紋民(ヌルム)を救う』と言って、森を出た。


それから5年が経ち、僕(ぼく)も兄さんが森を出たのと同じ歳(とし)――16になった。

短剣(たんけん)を腰(こし)に差し、一歩、森の外へと足を踏(ふ)み出す。


兄さんにもう一度会いたい。その思いで。






   ◇◇◇






俺のいる村は敵に攻(せ)められて、酷(ひど)い有様だった。

血と煙(けむり)の匂(にお)い。倒(たお)れた村人たちと、崩(くず)れた家屋。


あんなに村の金をはたいて買った白銀鉄(はくぎんてつ)の剣は、無残な破片となって地面に散らばっている。


生き残った者たちは、奥(おく)にある村長の屋敷(やしき)へと入っていく。が、俺は屋敷の茂(しげ)みの影(かげ)にしゃがみこむ。


「ネル、今日くらいは来い。誰(だれ)がなんと言おうと、お前も村の一員だ」

明朗な声が響(ひび)いた。顔を上げると精悍(せいかん)な黒い瞳(ひとみ)と目があった。


「……構うなよ。エトスさんの格が下がる」

突(つ)き放すように言うと、この村の村長の息子は微苦笑(びくしょう)を浮かべ、屋敷(やしき)へと入っていった。


あとから来た大人たちが忌々(いまいま)しげにこちらに視線を向けたのが分かった。

「しぶといやつめ。生き残ってたのか」

「奴隷(どれい)の血が入ってるだけはあるな」

ひそひそと話している。


……聞こえてますけど。

そう思いつつ、顔には出さなかった。


やがて屋敷(やしき)で話し合いが始まった。

徹底抗戦(てっていこうせん)か、投降か――どちらかが決まるのだ。





しばらくたち、どやどやとみなが屋敷(やしき)から出てきた。


「……どうなった」

エトスさんの姿をみとめ、茂(しげ)みから顔を出し、小声で聞く。


「投降することになった」


息をのんだ。

「……帝都(ていと)から騎士団は?」


「待てない。もう使える剣がない」

エトスさんはため息をつき、続けた。

「反対したが、聞き入れてもらえなかった。みな、奴隷(どれい)になっても生きてさえいられればいいと思ってる」


――奴隷(どれい)がどんな扱(あつか)いを受けるか知らないからだ。


唇(くちびる)を噛(か)むと、エトスさんがふっと笑った。

「お前の言う通りだった。あの東ノ国が、この村を上回る剣を持っていた。……違(ちが)う戦い方をしていれば、道は開けたのかもな」

目を細め、遠くを見る。


思わず、声を強めた。

「エトスさん、逃(に)げろ。南は敵の包囲が緩(ゆる)い。エトスさんならいける」


「……できない。ミトラもいるし」

そう言うと思っていた。


エトスさんはこちらをまっすぐに見据(みす)えた。

「ネル、お前こそ逃(に)げろ。この村と道連れになる必要はない」


しばらく沈黙(ちんもく)してから、言った。

「いい。どうせもう、どこにも行き場はないんだ」


エトスさんが顔を曇(くも)らせ、口を開きかけたとき――


「そんなやつに構うなよ、エトス。穢(けが)れるぞ」

左腕(ひだりうで)の複雑な紋様(もんよう)を見せびらかすようにして現れたのは、大人たちだった。


「うるせぇな。お前らもその奴隷(どれい)に、これからなるんだろ」

かりあげた頭に入れた、朱色(しゅいろ)の入れ墨(ずみ)をわざと見せつけてやりながら、その場を去った。







翌朝。

「これで、全員か」

東ノ国の兵は、低い声でそう言った。みな、黒いマントに身を包み、黒い覆面(ふくめん)で顔を隠(かく)している。

黒づくめで気味が悪い。


「はい。我ら皆(みな)、投降いたします。お願いですから命だけは」

村長が跪《ひざまず》いて頭を下げた。その隣(となり)で、エトスさんも同じように頭を垂れている。


「その予定だったんだけど、残念ながらちょっと事情が変わってねぇ」

東ノ国の兵は、なんてことのないように言った。


「殺《や》れ。全員だ」


……え?

頭が真っ白になった。


「殺す必要はないのでは?」

若い敵兵の声が聞こえた。

先ほど指示を出した兵は、舌打ちをすると声を張り上げた。


「お前ら! 1人殺すごとに金貨1枚だ。10人で昇進(しょうしん)のための推薦文(すいせんぶん)を書いてやる!」

その言葉に雰囲気(ふんいき)がガラッと変わった。





――まずい。

輝(かがや)く敵の刃《やいば》にかかり、どんどん周りの村人たちが斬(き)られていく。


俺の頭上にも、刃《やいば》が閃《ひらめ》いた。


……これで、いいか。

そう思った。奴隷(どれい)として生き地獄(じごく)を味わうよりも、ここで一息に――


目の前で、鮮血(せんけつ)が飛び散った。

崩(くず)れ落ちるように、ドサッと誰(だれ)かが俺にもたれかかる。


「――エトスさん?」

俺を庇《かば》ったからだ。理解が遅(おく)れてやってくる。


「……なぜ」

微笑(びしょう)した顔と、目があった。


「いつも鋭(するど)いお前がどうした。希望がやってきているじゃないか」


……希望?


唐突(とうとつ)に、馬の鳴き声が聞こえた。

風がうなる。次の瞬間(しゅんかん)、グッと力強く襟首(えりくび)を掴(つか)まれた。


「ネル。生き抜(ぬ)くんだ」

柔(やわ)らかく微笑(ほほえ)むエトスさんの顔。


「エトスさん!」


もがいたが、体は動かなかった。

気づけば馬上にいた。誰(だれ)かに、体を抱(かか)えられている。

景色が流れていく。


「離(はな)せ! 俺じゃない!」

吠(ほ)えた。「戻(もど)れ! 俺よりもエトスさんが助かるべきだった!」


そいつは、片手で敵の矢をはじき返しながら、静かに問うた。

「なぜ?」

目深にかぶるフードで、その顔は見えない。


「なぜって……エトスさんの方が強いし賢(かしこ)い!」


「そうか。でも今あの場に戻(もど)れば、僕(ぼく)らは死ぬ」

やけに淡々(たんたん)とした口調。


「止まれよ、クソ野郎(やろう)!」

手を振(ふ)り上げ掴(つか)みにかかったが、あっさりとかわされた。その拍子(ひょうし)に、そいつが深くかぶっていたフードが外れた。



現れたその顔に、息をのんだ。

――黒い紋様(もんよう)。


噂(うわさ)に聞くそれは、俺たちの茶褐色《ちゃかっしょく》の紋様(もんよう)と違(ちが)って、闇(やみ)を切り取ったような漆黒《しっこく》だった。

第一話、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

この物語が、誰かの心に届けば幸いです。

良かったら、トルーシスとネルの行く末をぜひ見届けてください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。