選別の儀
二〇二六年、三月。桜の蕾がようやく膨らみ始めた頃、日本全国の大学キャンパスから二十歳前後の若者たちが忽然と姿を消した。
総勢、二百六十三万人。
まさに「大学生」という括りで、ほぼ全員が一瞬にしてこの世界から消えたのだ。
日本政府は即座に緊急事態宣言を発令した。ニュースは連日「失踪大学生問題」で埋め尽くされ、経済は大打撃を受けた。労働力不足に悩む日本にとって、深刻な痛手だった。外国人労働者への依存がさらに加速していくことは、誰の目にも明らかだった。街は静かになり、キャンパスは空っぽになり、家族や友人が突然失った若者を捜して泣き叫ぶ声が、テレビ画面越しに流れていた。SNSは悲しみと混乱で溢れ、専門家がさまざまな憶測を飛ばしていたが、真相を知る者はまだ一人もいなかった。
——俺、柊壮馬もその一人だった。
気がついた瞬間、そこは完全な暗闇だった。
足元すら見えないのに、体は不思議と安定して立っている。目の前に、VRゲームのロビーのような半透明の青い画面が浮かんでいた。
淡々とした女性の声が、暗闇に響き渡る。
「あなた方は選別の儀の対象者に選ばれました。これから手続きの後、下級世界へ神の子として転移します。最終的な勝者には全能のごとき力と、何でも一つだけ願いを叶える力を与えます。手続き完了後は修正できず、即座に転移が行われます。心身ともに準備ができてから、完了ボタンを押してください」
俺は呆然としながらも、驚きが意外と薄いことに気づいた。
頭の中に、転移先の世界の基礎情報がスルスルと流れ込んでくる。まるで最初から知っていたかのように、下級世界、中級世界、上級世界のルールが自然と理解できた。
最初は一千人の神の子が一つの世界に割り振られ、勝ち残りが十人になるまで繰り返し、最終的に上位世界で一人だけが「神」になる——そんな残酷な選別の儀。
「要は強制参加型のストラテジーバトルロイヤルか……」
俺は小さく息を吐き、画面に表示された選択肢を眺めた。
属性選択、基礎ステータスとアイテムオプションの割り振り、そして権能の核となる言葉。
すべてを冷静に確認しながら、俺は頭の中で計算を始めた。
次へのボタンを押すと画面が切り替わった。
属性を選んでください。
火属性……水属性……土属性……風属性……雷属性。
俺は迷わず「雷」を選んだ。電気を通しやすい構造を作れるし、何より汎用性が高いと思った。
続いて基礎ステータスとアイテムオプションの割り振り画面が表示された。SP残り100。
俺は慎重に計算した。基礎ステータスは後から伸ばせる可能性がある。ならばオプションに全振りする方針にした。
初期眷属生成券、成長の種×2、初期基礎ステータス10固定、Fスキルガチャ券、世界の目、立地先着選択権、1ヶ月の先立ち。
SPは綺麗にゼロになった。
最後に、権能の核となる言葉を選ぶ画面になった。
俺は大学で有機化学、特に炭素化合物ばかりを研究していた。卒論は地獄の二十連泊だった。あの苦しみを乗り越えた自信がある。他の誰よりも深い理解があるはずだ。
だから迷わず「炭素」を選んだ。
炭素は生命の基盤であり、無限の可能性を秘めた元素だ。
理解すればするほど、強くなれる——そう確信していた。
最終確認画面が表示された。
俺は軽く笑った。
「まあ、死ぬよりはマシだろ。行ってみようか」
完了ボタンを押した瞬間、世界が純白の光に包まれた。
体が浮かぶような感覚。
意識が遠のきながら、俺は静かに思った。
これから始まるのは、俺の物語だ。




