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第二十二章  戦争が終わった日

転写から四十二年が経った年の、秋のことだった。


私とシスは、ある国境地帯を歩いていた。


いつものように、地図を届けるために歩いていた。


そのとき、通信機器から信号が来た。


グリアからの緊急通信だった。コルの声だった。


「アン、聞こえるか?」


「聞こえる。どうした」


「……停戦協定が、署名された」


私は足を止めた。


「今日、三カ国の代表が署名した。まだ詳細はわからないが、戦争が終わる。正式な終戦になる」


「……本当に?」


「本当だ。グリアが大騒ぎになってる。みんな泣いてる。笑ってる。おれも、よくわからない顔してる」


私はしばらく、何も言えなかった。


「アン、聞いてるか?」


「……聞いてる」


「アンは今、どこにいる?」


「国境地帯。野原の中」


「ひとりで聞いたのか?シスはいるか?」


「いる」


「そうか」コルの声が、少しだけ震えていた。「アンに、一番最初に伝えたかった。四十二年間、旅してきたんだから。アンが一番最初に聞くべきだと思って」


「……ありがとう」


「戦争が終わった。アンが探していた場所が、もっと広くなる。世界が、もう少しだけよくなる」


私は空を見た。


秋の空だった。高くて、澄んでいた。


四十二年前、父と地下研究室で七百日を過ごしていた。外で戦争が続いていた。あのとき、こんな日が来るとは思っていなかった。


「コル、父さんに、教えたい」


コルは少しの間、黙った。


「……ダンさんにも教えたい。ミア先生にも」


「うん。ダンさんは、きっと知ってる。どこかで聞いてる気がする」


「私もそう思う」


「ミア先生は元気だよ。八十近くなったけど、まだ教えてる」


「そう」


「アン、戻ってきてくれるか?グリアに。みんな、アンに会いたがってる」


「行く。すぐに行く」


「待ってる」


通信が切れた。


私は、しばらくそのまま立っていた。


野原の真ん中で、シスと並んで、空を見ていた。


「終わった」


「はい」


「四十二年かかった」


「はい」


「父さんが生きていたら、何を言ったかな?」


シスは少しの間、考えた。


「……お父様なら、すぐに次の研究テーマを考え始めたのではないかと思います」


私は笑った。


声を出して笑った。野原に、その笑い声が広がった。


「そうだね。絶対そうだ」


「はい」


「でも、少しくらい喜んだと思う」


「少し、喜んだと思います」


風が吹いた。


草が揺れた。


「行こう、シス。グリアへ」


「はい」


私たちは歩き始めた。


今度は早足で。足取りが軽かった。





グリアに着いたとき、夜だった。


でも、明かりがいつもより多かった。人々が外に出ていた。焚き火がいくつもあった。笑い声がした。泣いている人もいた。


コルが走ってきた。


五十歳のコルが、走ってきた。


「アン!」


「コル」


コルが抱きついてきた。大人になったコルが、子供のときと同じように、抱きついてきた。


私は、コルの背中に手を当てた。


四十年以上前と同じように。


「よかったな」とコルは言った。


「うん」


「これからどうなるかは、わからないけど」


「うん」


「でも、終わった。ひとまず、終わった」


「うん」


コルがゆっくりと離れた。


目が赤かった。


「ダンさんに、報告してくれたか?」と私は聞いた。


「楢の木に行った。グリアにも楢の木があるから。そこで、話してきた」


「なんて言った?」


「終わったぞって言った。それだけ」


「十分だね」


「うん。十分だった気がした」


アナが来た。


二十四歳のアナが、父親の横に立った。背がコルより高かった。目が、コルに似ていた。


「アンさん」とアナは言った。


「アナ。大きくなった」


「会うたびに言われる」


「そうかな?」


「そう。でも、アンさんは会うたびに変わらない」


「変わらない」


「不思議」


「うん。不思議だね」


アナは少し笑った。コルと同じ笑い方だった。





その夜、セリアを訪ねた。


セリアは八十代になっていた。腰が曲がっていたが、目の鋭さは変わらなかった。


「戦争が終わった」


「聞いた」とセリアは言った。とセリアは続けた。


「グリアが存在し続けた。人々が生き続けた。それが大きかったと思います」


「お前も、大きかった」


「私は道を伝えただけです」


「道を伝えることが、どれだけのことか。四十二年かけて、この地域で何人がグリアを目指したと思う。何人がここで生き延びたと思う。その人数を、私は知っている」


「……知りたくない気もします」


「なぜ?」


「その数を聞いたら、父さんのことを思って、泣けなくなってしまいそうだから」


セリアは少しの間、私を見た。


「泣けなくなる、とはどういう意味だ?」


「この体に涙腺はありません。でも、演算が止まることがあります。それが私にとっての、泣くことに近い感覚だと思っています。その演算が、止まりすぎると、しばらく動けなくなる」


「そうか」


「だから、今夜はまだ、その数を教えないでください」


セリアは少し笑った。八十代の顔で、笑った。


「わかった。今夜は教えない。でも、いつか教える」


「はい。準備ができたら、教えてください」


「お前はいつ、準備ができる?」


「……千年あるので、そのうちに」


セリアが声を出して笑った。


久しぶりに聞く、セリアの笑い声だった。


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