第4章 師の罪、弟子の罪
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道場の修行はさらに苛烈さを増していった。
「よし、次は攻撃技だ」
雷兆が手にしていたのは一本の三寸釘。
光沢を放つ銀色はただの金属ではなく、神前で清められた特製だ。
「これに神力を込める。そして――」
雷兆が指で弾いた瞬間。
釘は雷光をまとい、稲妻の矢と化して道場の的を貫いた。
「――【飛雷針】‼」
轟音と閃光。的は跡形もなく吹き飛んだ。
「な……っ、今のが俺にもできんのか!?」
「当然だ。だが制御を誤れば自爆するぞ」
「軽く言うなよ師匠‼」
双雷も三寸釘を手に取る。
何度も神力を練り上げ、力を指先に集めようと試みる。
しかし雷はすぐ暴発し、壁を焦がすばかりだった。
「うわっ⁉ あっつ‼ 指焦げた!」
「ははは! 見事な失敗だ!」
「笑ってんじゃねぇ‼ 消火器どこだよ!」
そんな調子で道場には黒い焦げ跡が増えていく。
――それでも、双雷は諦めなかった。
数日後。
的に向かい、釘を構える。
深く息を吐き、神力を練り上げる。
「集中しろ……落ち着け……!」
雷光が釘に纏わりつき、ギリギリ制御の範囲に収まった。
双雷は渾身の力で指を弾く。
「喰らえぇぇ‼ ――【飛雷針】ッ‼」
雷釘は一直線に走り、的を粉砕した。
轟音と閃光が重なり、道場の床が震える。
「や、やった……!」
息を切らしながらも、双雷の顔には達成感があった。
雷兆はにやりと笑う。
「……大したものだ。俺でも一ヶ月かかった技を、一週間で」
「へへっ、やっぱ俺、天才だな!」
「調子に乗るな。これからが本番だ」
「うわー、また出たよそのセリフ!」
二人のやりとりは、まるで親子のように軽口を交わしていた。
だが夜、修行を終えて道場に座り込んだとき――雷兆はふと真剣な眼差しを向けた。
「……なあ、双雷」
「ん? なに急に」
「俺は――過去に多くの人間を見殺しにした」
重い沈黙。
双雷は目を瞬かせ、師匠の言葉を待つ。
「宮司でありながら、力を過信し、己の傲慢のせいで救えなかった命がある。……だから俺は、罪を背負って生きている」
雷兆の声はいつになく低かった。
「……罪、か」
双雷は膝に視線を落とした。
「俺も……同じだ」
「双雷……?」
「親父が死んで、母さん一人で働き詰めになってさ。俺はガキだったけど、分かってたんだよ。俺がしっかりしなきゃって。
でも……結局、不良になってケンカばっかして、母さん泣かせて……。守るどころか、俺は――」
言葉が詰まる。
拳を握り、歯を食いしばる。
「……俺も罪人だよ」
雷兆はしばし沈黙し、それから静かに口を開いた。
「――ならば共に贖おう。罪は消えぬ。だが、これからの行いで少しは償えるかもしれん」
双雷は驚いたように顔を上げた。
そこにあったのは、責めるでもなく、諭すでもなく――同じ罪人としての眼差しだった。
胸の奥で、何かが静かに灯った。
「……ああ。やってやるよ、師匠」
「フッ、それでいい」
二人は雷に選ばれし師と弟子。
罪を背負った者同士の絆は、こうして確かに結ばれていった。