9.プライベートトーク
俺たちはその後、三本のロマンス映画を立て続けに見て、一息ついていた。
どれもこれも、複数の女性が一人の男を取り合うようなものばかりだ。
美雪の奴、意図的に作品を選んでるな?
俺に身体を預けたままの優衣が、俺の耳元で告げる。
「中々に新鮮な体験だったわ。
悠人さんはどうだった? 女子に囲まれながら見る、ロマンス映画の味は。
少しは私たちを意識してくれたかしら」
俺は少し考えてから、素直に告げる。
「確かに新鮮な感覚だったよ。
思わず映画に感情移入してしまいそうだった。
こうして魅力的な女子に寄りかかられて居たら、俺だって血迷ってお前たちに手を出しそうだ。
――だからそろそろ、距離をとってくれないか?」
優衣は俺に身体をくっつけたまま応える。
「私も感情移入して見てたわ。
そして自分の気持ちも、ようやく理解できたところよ。
――瑠那はどうだった? 自分の気持ちを、欲望を理解できたかしら」
欲望って、生々しいな。
瑠那の方を振り返ると、真っ赤な顔でうつむいていた。
「……自分が何を望んでるのかは、理解できたと思う。
私の気持ちの正体も、映画を見てたら理解できた気がする」
おいおい、それは映画に感化されたって言わないか?
大丈夫かな。
優衣が前の二人に告げる。
「由香里と美雪はどうだった?
自分の欲望や願望を、きちんと理解できたかしら」
由香里が俺の手を胸で抱きしめて頷いた。
「自分の気持ちがはっきりわかりました。
私のこの想いは、間違いなく悠人さんを求めてます。
友達を失ってでも、私はこの気持ちを諦めるつもりはありません」
……そんなに本気なのか。
美雪も俺の手を大切そうに胸に抱きしめて告げる。
「もっと悠人さんに近づきたいって、そう思えたよね。
友情と恋なら、やっぱり恋愛の方が大事だよ」
いつの間にか目を覚ましていたティアが告げる。
「悠人の愛は、みんなで分け合える愛だよ!
分け合えば、友情が壊れることだってないよ!
独占なんてしちゃいけない愛なんだから!」
……だいぶアバンギャルドな恋愛観だな。
こいつ一人が中学からの友人だから、温度差があるんだろうか。
優衣が俺の耳元で告げる。
「私たちのこと、魅力的な女子だって言ってくれたわよね?
それじゃあ悠人さんは、私たちの誰かを選ぶことができるのかしら。
ねぇ、本当の心を私たちに教えて?」
俺は悩みながら、自分の心を見つめた。
そうして口を開く。
「全員がそれぞれ魅力的だと感じてるのは事実だ。
こうして身体を預けてくるお前たち、全員が可愛らしく思えて、守りたいと思ってる。
だけど俺のこの感情は、身勝手な男の欲望だと思う。
誠実な心で誰か一人を選ぶなんてことは、今の俺にはできないよ」
優衣の満足そうな声が耳元でささやいてくる。
「そう、やっぱり悠人さんは誠実な人ね。
自分にも他人にも嘘をつかない人。
――それじゃあここからは、約束を果たしてもらいましょう。
一人一時間ずつ話をしてみるの。
それが終わったら、もう一度同じ質問をするわ。どうかしら」
「約束って……ああ、個別に時間をとるって話か。
瑠那とは朝済ませたから、あとは優衣と由香里、美雪の三人だな。
――だけどその前に夕食を済ませよう。デリバリーの弁当で良いか?」
女子たちが頷いたのを見て、俺は携帯端末で注文を打ち込んでいった。
****
デリバリーの弁当を食べ終えると、優衣が俺の手を取った。
「じゃあ、最初は私ね。一時間したら戻ってくるわ。
由香里か美雪は、その間にシャワーを済ませておいて」
俺は優衣に手を引かれながら玄関を出て、このマンションの裏手にある公園にたどり着いた。
優衣がベンチに腰を下ろして手を引っ張るので、俺はその隣に腰を下ろした。
「……手を離しては、くれないんだな」
「あら、いいじゃない。まだ少し肌寒いもの。手を握ってるくらいは構わないでしょう?」
俺は自分の手を握りしめてくる優衣の手を、そっと握ってみた。
「……なんだか、暗くなった公園で二人きり、ベンチで手を握り合うなんて、恋人同士みたいだな」
「ふふ、まるでさっきの映画のワンシーンみたいよね。
どうかしら、私とそういう関係になってみたいと思わない?」
俺は優衣のいたずらっ子の笑みを見つめてから告げる。
「さっきも言ったけど、俺には恋愛とかよくわからないんだよ。
この胸にある想いは多分、映画に感化された感情だ。
だからお前たち全員を俺のものにしたいなんて、身勝手な想いを感じるんだ」
「男性が複数の女性を得たいと思うのは、別に間違った感情でもないわ。
生物学的に、男性というのはそうできてるものだもの。
一人だけを求めるのは、女性の生物的な特性よ」
俺は眉をひそめて応える。
「それじゃあ理性や知性がどっかにいっちまってるだろ。
社会だって、それを許してるわけじゃない」
優衣が満足そうな笑みで俺の肩に頭を乗せた。
「ええ、そうよ。だから悠人さんには、私たちの誰かを選んでほしいの。
私は悠人さんに選ばれたいと思っているし、心も体も深くつながりたいと思った。
フフ、まるで熱に浮かされたみたいな気分ね。ふわふわとしていて、心地が良いわ」
「お前それは……映画に感化されすぎだ。
いつもの優衣はもっと冷静で、心の距離を感じる人間だったはずだ」
「それは私が、自分の気持ちを見極めている最中だったからよ。
冷静に自分を見極めた結果、私の心があなたを求めていると確信しただけ。
――それに、恋なんて熱病のようなものよ。浮かれるくらいで普通なの」
そういうものなのだろうか。
そうだとしたら、今の俺は優衣を含め、全員に恋をしてると言えるのだろうか。
優衣が俺に告げる。
「私のどんなところが魅力的なのか、聞いても良いかしら」
「……お前は誠実で、心から信頼できる女子だよ。
いつも冷静で、大人びていて、女性の魅力にあふれてる。
時々、年下なのを忘れるくらいだ」
「フフ、偽りのない言葉で褒められるのって、こそばゆいわね。
――ねぇ、このまま時間が来るまで、身体を寄せていて良いかしら」
「……それで気が済むなら、そうしたらいいさ」
俺はそのまま手を握って優衣に身体を預けられながら、一時間が過ぎるのを黙って待った。
アラームが鳴り、優衣が手と身体を離して立ち上がる。
「時間ね。名残惜しいけど、次の子と変わってくるわ。
悠人さんはここで待っていて」
そう言った優衣は、俺を公園のベンチに残して俺の部屋に戻っていった。
俺は優衣の体温の名残を感じながら、自分がどうしたいのかを考え続けた。
****
次にベンチにやってきたのは、風呂上がりの由香里だった。
上着は着てるけど、その下は薄着みたいだ。
「風呂上がりでその格好とか、寒くないのか」
関東地方よりは暖かいけど、夜になれば風が冷たい。
湿度がない分、体感温度が低く感じる。
由香里が頬を染めながら俺に告げる。
「少しだけ寒いので、一つお願いをきいてくれますか」
ベンチに座る俺の前に由香里が腰を下ろしていた。
俺はそのまま、由香里のお願い通りに、背中から身体を抱きしめて温めている。
シャンプーの香りが、俺の理性をどこかへ運んでいきそうだった。
「これでいいのか?」
「はい、とっても暖かいです」
「でもこれだと顔が見えないぞ。いいのか?」
「その分、悠人さんの体温を近くで感じられますから」
俺は由香里の顔の横、耳のそばで告げる。
「それで、お前は何を話したいんだ?」
ビクッと身体を震わせた由香里が、ほぅとため息をついた。
「……耳元で悠人さんにささやかれるの、ゾクゾクしますね。いけないことをしてるみたいでドキドキします」
俺は少し脱力して、華奢な由香里の肩に額をのせた。
「まぁ、普通はこういうの、恋人同士でやるものだろうしな」
由香里が、その身体を抱きしめている俺の腕を、大事なもののように抱え込んだ。
「今だけ、恋人同士のように振る舞ってくれてもいいんじゃないですか。優衣さんとは、そういう過ごし方をしたんでしょう?」
「……なんでわかったんだ?」
「女の勘です。あんな映画を見た後にこんな場所にいたら、ロマンティックなことをしたくなるんじゃないかって」
怖いなぁ、女の勘って。
由香里が俺に告げる。
「私はやっぱり、悠人さんがほしいです。心も体も、全てを私で染め上げたいって強く思いました。
そして私の心と体も、悠人さんで染め上げてほしいんです」
「……俺には、まだ誰か一人を選ぶことはできないよ」
「私は魅力的に見えませんか?」
「そんなことないさ。由香里だって、可愛らしい女子だよ。充分魅力的だ」
「……どんなところがですか? 私は優衣さんほど女性らしい身体はしてません。
自分が子供なのも、体つきが幼いのも、充分わかってます」
「子供なのは、時間が経てば大人になるんだから、気にする必要はないだろ?
体つきだって、五年もすれば優衣に負けないくらいになるかもしれない。
――それに由香里は、そういう可憐なところが魅力的だよ。四人の中で、一番守ってやりたくなるタイプだ」
由香里が身体をひねって俺の目を見つめてきた。
潤んだ瞳で見つめられて、俺はどうにかなってしまいそうな気がした。
そっと目を閉じて唇を突き出した由香里を見て、俺は必死に欲望と戦っていた――こういうとき、女に恥をかかせるのは良くないって聞くけどさぁ?!
わずかな時間悩んだ後、俺は由香里の額に唇を落としていた。
「……今はこれで我慢してくれ。
由香里一人を選べない俺には、これが限界だ」
真っ赤な顔で、それでも残念そうに眉をひそめた由香里が告げる。
「それじゃあ、残りの時間はちゃんと私を抱きしめていてください。強く、力一杯にです」
俺は壊れ物を扱うように、なるだけ強く由香里を抱きしめ続けた。
アラームが鳴り、俺は由香里を解放する。
立ち上がった由香里が赤い顔で告げる。
「それじゃあ、美雪さんを呼んできますね」
俺は由香里を見送った後、深いため息をついた。
――自己嫌悪だ。俺は何をしてるんだろう。
自分の気持ちがわからなくなって、俺は頭を抱えた。
****
ベンチで頭を抱えている俺に、優しく明るい声が降ってくる。
「どうしたの? 悠人さん」
俺はゆっくりと顔を上げ、苦笑を浮かべる。
「美雪か。お前はどうしてほしいんだ?
手を握ってほしいのか? それとも、抱きしめてほしいのか?」
きょとんとした美雪が、察したように微笑んだ。
「二人とそんなことをやったんだ?
やっぱり映画の影響かな」
美雪はおとなしく、俺の隣に腰を下ろした。
「それで、どうたったの? 二人は可愛かった?」
俺はため息をついて、ベンチの背もたれに身体を預けた。
「……ああ。魅力的であたまがクラクラした。
自分の欲望を抑えるのに必死で、もうそれ以上覚えてない」
「あはは……悠人さんも映画に影響されちゃったのかな。
だとしたら、私の作戦勝ちかな? 映画を見るまで悠人さん、私たちを女性として意識してなかったでしょ」
「意識してなかったんじゃないよ。しないように努力してただけだ。
お前たちは最初から、魅力的な女子だったんだから」
美雪の手が、俺の手に重ねられた。
「それで、誰を選ぶか決められた?」
俺は首を横に振った。
「誰か一人を選ぶことなんてできない。
でも、全員を拒絶することもできない。
映画の男役みたいに、おれはみんなを捨てきれない、優柔不断な男になっちまった。
自己嫌悪で死にたい気分だよ」
俺の頭を、美雪の手が撫でた。
「答えを急がなくても、いいんじゃないかな。
私たちは出会ったばかりだし。
まだお互い、知らないことが多いでしょ?」
「……お前は『自分を選んでくれ』とは言わないんだな」
美雪が笑みをこぼした。
「フフ、それは言う必要すらないじゃない。
私の気持ち、理解したんでしょ?
そしてきっと答えは同じ――私を選んではくれない」
俺は黙ってその言葉を肯定した。
「大人っぽい優衣さんでも、子供っぽい由香里でもだめだったなら、どっちつかずの私にも目はないよ」
「そんな卑下することはないだろう。
お前だって魅力的な女子なんだから。
そうやっていつも明るく笑ってるお前の笑顔はチャーミングだよ。
優衣ほどじゃなくても、立派に女性らしい魅力もある」
美雪が俺を見て、恥ずかしそうに笑っていた。
「えへへ、悠人さんが嘘を言う人じゃないってわかってるから、なんだか恥ずかしいね。
そんな風に男子から言われたことなんて、なかったし。
……やっぱり女子校って環境が良くないのかな。
そんな環境で生活してる女子にとって、悠人さんは刺激的すぎるんだよ」
「女子校だから、俺程度の男を魅力的だと勘違いしてるだけじゃないのか?
お前たちみたいな女子に好意を持たれるほど、俺は立派な男じゃないぞ」
「あー! それは私たちを馬鹿にしてるよ?!
これでも、男子を見る目ぐらいあるんだから。
四人も居て、全員が悠人さんの魅力を認めても、まだ足りない?
ガラティアも入れたら五人だよ?」
俺は困ってしまって、ただ笑うしかできなかった。
「ははは……励ますつもりが、励まされちまったな。情けない」
美雪がくしゅん、とくしゃみをした。
「……そろそろ冷える。少し早いけど部屋に戻ろう。風呂上がりに外に長居するものじゃない」
「ちぇ、仕方ないか。じゃあ手をつないで戻ろう」
「……エレベーターまでならいいぞ」
俺たちは立ち上がって、手をつないで部屋に戻っていった。