表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸福な蟻地獄  作者: みつまめ つぼみ
第1章:囚われる少女たち
9/67

9.プライベートトーク

 俺たちはその後、三本のロマンス映画を立て続けに見て、一息ついていた。


 どれもこれも、複数の女性が一人の男を取り合うようなものばかりだ。


 美雪みゆきの奴、意図的に作品を選んでるな?


 俺に身体を預けたままの優衣ゆいが、俺の耳元で告げる。


「中々に新鮮な体験だったわ。

 悠人ゆうとさんはどうだった? 女子に囲まれながら見る、ロマンス映画の味は。

 少しは私たちを意識してくれたかしら」


 俺は少し考えてから、素直に告げる。


「確かに新鮮な感覚だったよ。

 思わず映画に感情移入してしまいそうだった。

 こうして魅力的な女子に寄りかかられて居たら、俺だって血迷ってお前たちに手を出しそうだ。

 ――だからそろそろ、距離をとってくれないか?」


 優衣ゆいは俺に身体をくっつけたまま応える。


「私も感情移入して見てたわ。

 そして自分の気持ちも、ようやく理解できたところよ。

 ――瑠那るなはどうだった? 自分の気持ちを、欲望を理解できたかしら」


 欲望って、生々しいな。


 瑠那るなの方を振り返ると、真っ赤な顔でうつむいていた。


「……自分が何を望んでるのかは、理解できたと思う。

 私の気持ちの正体も、映画を見てたら理解できた気がする」


 おいおい、それは映画に感化されたって言わないか?

 大丈夫かな。


 優衣ゆいが前の二人に告げる。


由香里ゆかり美雪みゆきはどうだった?

 自分の欲望や願望を、きちんと理解できたかしら」


 由香里ゆかりが俺の手を胸で抱きしめて頷いた。


「自分の気持ちがはっきりわかりました。

 私のこの想いは、間違いなく悠人ゆうとさんを求めてます。

 友達を失ってでも、私はこの気持ちを諦めるつもりはありません」


 ……そんなに本気なのか。


 美雪みゆきも俺の手を大切そうに胸に抱きしめて告げる。


「もっと悠人ゆうとさんに近づきたいって、そう思えたよね。

 友情と恋なら、やっぱり恋愛の方が大事だよ」


 いつの間にか目を覚ましていたティアが告げる。


悠人ゆうとの愛は、みんなで分け合える愛だよ!

 分け合えば、友情が壊れることだってないよ!

 独占なんてしちゃいけない愛なんだから!」


 ……だいぶアバンギャルドな恋愛観だな。

 こいつ一人が中学からの友人だから、温度差があるんだろうか。


 優衣ゆいが俺の耳元で告げる。


「私たちのこと、魅力的な女子だって言ってくれたわよね?

 それじゃあ悠人ゆうとさんは、私たちの誰かを選ぶことができるのかしら。

 ねぇ、本当の心を私たちに教えて?」


 俺は悩みながら、自分の心を見つめた。


 そうして口を開く。


「全員がそれぞれ魅力的だと感じてるのは事実だ。

 こうして身体を預けてくるお前たち、全員が可愛らしく思えて、守りたいと思ってる。

 だけど俺のこの感情は、身勝手な男の欲望だと思う。

 誠実な心で誰か一人を選ぶなんてことは、今の俺にはできないよ」


 優衣ゆいの満足そうな声が耳元でささやいてくる。


「そう、やっぱり悠人ゆうとさんは誠実な人ね。

 自分にも他人にも嘘をつかない人。

 ――それじゃあここからは、約束を果たしてもらいましょう。

 一人一時間ずつ話をしてみるの。

 それが終わったら、もう一度同じ質問をするわ。どうかしら」


「約束って……ああ、個別に時間をとるって話か。

 瑠那るなとは朝済ませたから、あとは優衣ゆい由香里ゆかり美雪みゆきの三人だな。

 ――だけどその前に夕食を済ませよう。デリバリーの弁当で良いか?」


 女子たちが頷いたのを見て、俺は携帯端末デバイスで注文を打ち込んでいった。





****


 デリバリーの弁当を食べ終えると、優衣ゆいが俺の手を取った。


「じゃあ、最初は私ね。一時間したら戻ってくるわ。

 由香里ゆかり美雪みゆきは、その間にシャワーを済ませておいて」


 俺は優衣ゆいに手を引かれながら玄関を出て、このマンションの裏手にある公園にたどり着いた。


 優衣ゆいがベンチに腰を下ろして手を引っ張るので、俺はその隣に腰を下ろした。


「……手を離しては、くれないんだな」


「あら、いいじゃない。まだ少し肌寒いもの。手を握ってるくらいは構わないでしょう?」


 俺は自分の手を握りしめてくる優衣ゆいの手を、そっと握ってみた。


「……なんだか、暗くなった公園で二人きり、ベンチで手を握り合うなんて、恋人同士みたいだな」


「ふふ、まるでさっきの映画のワンシーンみたいよね。

 どうかしら、私とそういう関係になってみたいと思わない?」


 俺は優衣ゆいのいたずらっ子の笑みを見つめてから告げる。


「さっきも言ったけど、俺には恋愛とかよくわからないんだよ。

 この胸にある想いは多分、映画に感化された感情だ。

 だからお前たち全員を俺のものにしたいなんて、身勝手な想いを感じるんだ」


「男性が複数の女性を得たいと思うのは、別に間違った感情でもないわ。

 生物学的に、男性というのはそうできてるものだもの。

 一人だけを求めるのは、女性の生物的な特性よ」


 俺は眉をひそめて応える。


「それじゃあ理性や知性がどっかにいっちまってるだろ。

 社会だって、それを許してるわけじゃない」


 優衣ゆいが満足そうな笑みで俺の肩に頭を乗せた。


「ええ、そうよ。だから悠人ゆうとさんには、私たちの誰かを選んでほしいの。

 私は悠人ゆうとさんに選ばれたいと思っているし、心も体も深くつながりたいと思った。

 フフ、まるで熱に浮かされたみたいな気分ね。ふわふわとしていて、心地が良いわ」


「お前それは……映画に感化されすぎだ。

 いつもの優衣ゆいはもっと冷静で、心の距離を感じる人間だったはずだ」


「それは私が、自分の気持ちを見極めている最中だったからよ。

 冷静に自分を見極めた結果、私の心があなたを求めていると確信しただけ。

 ――それに、恋なんて熱病のようなものよ。浮かれるくらいで普通なの」


 そういうものなのだろうか。


 そうだとしたら、今の俺は優衣ゆいを含め、全員に恋をしてると言えるのだろうか。


 優衣ゆいが俺に告げる。


「私のどんなところが魅力的なのか、聞いても良いかしら」


「……お前は誠実で、心から信頼できる女子だよ。

 いつも冷静で、大人びていて、女性の魅力にあふれてる。

 時々、年下なのを忘れるくらいだ」


「フフ、偽りのない言葉で褒められるのって、こそばゆいわね。

 ――ねぇ、このまま時間が来るまで、身体を寄せていて良いかしら」


「……それで気が済むなら、そうしたらいいさ」


 俺はそのまま手を握って優衣ゆいに身体を預けられながら、一時間が過ぎるのを黙って待った。



 アラームが鳴り、優衣ゆいが手と身体を離して立ち上がる。


「時間ね。名残惜しいけど、次の子と変わってくるわ。

 悠人ゆうとさんはここで待っていて」


 そう言った優衣ゆいは、俺を公園のベンチに残して俺の部屋に戻っていった。


 俺は優衣ゆいの体温の名残を感じながら、自分がどうしたいのかを考え続けた。





****


 次にベンチにやってきたのは、風呂上がりの由香里ゆかりだった。


 上着は着てるけど、その下は薄着みたいだ。


「風呂上がりでその格好とか、寒くないのか」


 関東地方よりは暖かいけど、夜になれば風が冷たい。

 湿度がない分、体感温度が低く感じる。


 由香里ゆかりが頬を染めながら俺に告げる。


「少しだけ寒いので、一つお願いをきいてくれますか」



 ベンチに座る俺の前に由香里ゆかりが腰を下ろしていた。


 俺はそのまま、由香里ゆかりのお願い通りに、背中から身体を抱きしめて温めている。


 シャンプーの香りが、俺の理性をどこかへ運んでいきそうだった。


「これでいいのか?」


「はい、とっても暖かいです」


「でもこれだと顔が見えないぞ。いいのか?」


「その分、悠人ゆうとさんの体温を近くで感じられますから」


 俺は由香里ゆかりの顔の横、耳のそばで告げる。


「それで、お前は何を話したいんだ?」


 ビクッと身体を震わせた由香里ゆかりが、ほぅとため息をついた。


「……耳元で悠人ゆうとさんにささやかれるの、ゾクゾクしますね。いけないことをしてるみたいでドキドキします」


 俺は少し脱力して、華奢な由香里ゆかりの肩に額をのせた。


「まぁ、普通はこういうの、恋人同士でやるものだろうしな」


 由香里ゆかりが、その身体を抱きしめている俺の腕を、大事なもののように抱え込んだ。


「今だけ、恋人同士のように振る舞ってくれてもいいんじゃないですか。優衣ゆいさんとは、そういう過ごし方をしたんでしょう?」


「……なんでわかったんだ?」


「女の勘です。あんな映画を見た後にこんな場所にいたら、ロマンティックなことをしたくなるんじゃないかって」


 怖いなぁ、女の勘って。


 由香里ゆかりが俺に告げる。


「私はやっぱり、悠人ゆうとさんがほしいです。心も体も、全てを私で染め上げたいって強く思いました。

 そして私の心と体も、悠人ゆうとさんで染め上げてほしいんです」


「……俺には、まだ誰か一人を選ぶことはできないよ」


「私は魅力的に見えませんか?」


「そんなことないさ。由香里ゆかりだって、可愛らしい女子だよ。充分魅力的だ」


「……どんなところがですか? 私は優衣ゆいさんほど女性らしい身体はしてません。

 自分が子供なのも、体つきが幼いのも、充分わかってます」


「子供なのは、時間が経てば大人になるんだから、気にする必要はないだろ?

 体つきだって、五年もすれば優衣ゆいに負けないくらいになるかもしれない。

 ――それに由香里ゆかりは、そういう可憐なところが魅力的だよ。四人の中で、一番守ってやりたくなるタイプだ」


 由香里ゆかりが身体をひねって俺の目を見つめてきた。


 潤んだ瞳で見つめられて、俺はどうにかなってしまいそうな気がした。


 そっと目を閉じて唇を突き出した由香里ゆかりを見て、俺は必死に欲望と戦っていた――こういうとき、女に恥をかかせるのは良くないって聞くけどさぁ?!


 わずかな時間悩んだ後、俺は由香里ゆかりの額に唇を落としていた。


「……今はこれで我慢してくれ。

 由香里ゆかり一人を選べない俺には、これが限界だ」


 真っ赤な顔で、それでも残念そうに眉をひそめた由香里ゆかりが告げる。


「それじゃあ、残りの時間はちゃんと私を抱きしめていてください。強く、力一杯にです」


 俺は壊れ物を扱うように、なるだけ強く由香里ゆかりを抱きしめ続けた。



 アラームが鳴り、俺は由香里ゆかりを解放する。


 立ち上がった由香里ゆかりが赤い顔で告げる。


「それじゃあ、美雪みゆきさんを呼んできますね」


 俺は由香里ゆかりを見送った後、深いため息をついた。


 ――自己嫌悪だ。俺は何をしてるんだろう。


 自分の気持ちがわからなくなって、俺は頭を抱えた。





****


 ベンチで頭を抱えている俺に、優しく明るい声が降ってくる。


「どうしたの? 悠人ゆうとさん」


 俺はゆっくりと顔を上げ、苦笑を浮かべる。


美雪みゆきか。お前はどうしてほしいんだ?

 手を握ってほしいのか? それとも、抱きしめてほしいのか?」


 きょとんとした美雪みゆきが、察したように微笑んだ。


「二人とそんなことをやったんだ?

 やっぱり映画の影響かな」


 美雪みゆきはおとなしく、俺の隣に腰を下ろした。


「それで、どうたったの? 二人は可愛かった?」


 俺はため息をついて、ベンチの背もたれに身体を預けた。


「……ああ。魅力的であたまがクラクラした。

 自分の欲望を抑えるのに必死で、もうそれ以上覚えてない」


「あはは……悠人ゆうとさんも映画に影響されちゃったのかな。

 だとしたら、私の作戦勝ちかな? 映画を見るまで悠人ゆうとさん、私たちを女性として意識してなかったでしょ」


「意識してなかったんじゃないよ。しないように努力してただけだ。

 お前たちは最初から、魅力的な女子だったんだから」


 美雪みゆきの手が、俺の手に重ねられた。


「それで、誰を選ぶか決められた?」


 俺は首を横に振った。


「誰か一人を選ぶことなんてできない。

 でも、全員を拒絶することもできない。

 映画の男役みたいに、おれはみんなを捨てきれない、優柔不断な男になっちまった。

 自己嫌悪で死にたい気分だよ」


 俺の頭を、美雪みゆきの手が撫でた。


「答えを急がなくても、いいんじゃないかな。

 私たちは出会ったばかりだし。

 まだお互い、知らないことが多いでしょ?」


「……お前は『自分を選んでくれ』とは言わないんだな」


 美雪みゆきが笑みをこぼした。


「フフ、それは言う必要すらないじゃない。

 私の気持ち、理解したんでしょ?

 そしてきっと答えは同じ――私を選んではくれない」


 俺は黙ってその言葉を肯定した。


「大人っぽい優衣ゆいさんでも、子供っぽい由香里ゆかりでもだめだったなら、どっちつかずの私にも目はないよ」


「そんな卑下することはないだろう。

 お前だって魅力的な女子なんだから。

 そうやっていつも明るく笑ってるお前の笑顔はチャーミングだよ。

 優衣ゆいほどじゃなくても、立派に女性らしい魅力もある」


 美雪みゆきが俺を見て、恥ずかしそうに笑っていた。


「えへへ、悠人ゆうとさんが嘘を言う人じゃないってわかってるから、なんだか恥ずかしいね。

 そんな風に男子から言われたことなんて、なかったし。

 ……やっぱり女子校って環境が良くないのかな。

 そんな環境で生活してる女子にとって、悠人ゆうとさんは刺激的すぎるんだよ」


「女子校だから、俺程度の男を魅力的だと勘違いしてるだけじゃないのか?

 お前たちみたいな女子に好意を持たれるほど、俺は立派な男じゃないぞ」


「あー! それは私たちを馬鹿にしてるよ?!

 これでも、男子を見る目ぐらいあるんだから。

 四人も居て、全員が悠人ゆうとさんの魅力を認めても、まだ足りない?

 ガラティアも入れたら五人だよ?」


 俺は困ってしまって、ただ笑うしかできなかった。


「ははは……励ますつもりが、励まされちまったな。情けない」


 美雪みゆきがくしゅん、とくしゃみをした。


「……そろそろ冷える。少し早いけど部屋に戻ろう。風呂上がりに外に長居するものじゃない」


「ちぇ、仕方ないか。じゃあ手をつないで戻ろう」


「……エレベーターまでならいいぞ」


 俺たちは立ち上がって、手をつないで部屋に戻っていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ