58.空手大会
八月、新しい治験薬も三週目に入った。
女子たちの様子は相変わらず、というより以前より俺の愛を貪るように感じていた。
でもセレネも同じように貪るような愛の受け取り方をし始めたから、これは治験薬の影響なのかもしれない。
瑠那は女子たちの中で、特にナーバスになってるみたいだった。
夏の空手大会が目前だからなのかな。
毎朝のレクリエーションルームで、俺はデュカリオンに尋ねる。
「そろそろ瑠那の空手大会があるんだけど、それはどうするつもりだよ?」
「もちろん把握してるよ?
職員を一人同行させて、一泊二日で参加してもらうつもりだけど、問題あるかな?」
飛行機で前日入りして、大会が終わったら帰ってくるプランか。
……今の瑠那を、一日放置するのはなんだか不安だな。
俺は女子たちに向かって告げる。
「俺が瑠那に同行して、一日居なくなっても耐えられるか?」
優衣、美雪、由香里が不安気に眉をひそめたけど、静かに頷いた。
この研究所っていう守られた環境から外に出て、大会が開かれる本州に渡る瑠那が、やっぱり心配なのだろう。
俺はデュカリオンに向き直って告げる。
「そう言う訳だから、俺も付いて行っちゃダメか?」
デュカリオンはにこやかに告げる。
「いや、構わないよ。君のデータは戻ってきてから採取できれば充分だ。
君が居ないことで女子たちに起こる変化も、サンプルを取っておきたいしね」
俺は瑠那に振り向いた。
「そういう訳だから、俺は会場で見てるからな!」
瑠那は頬を染めてうつむいていた。
「……ありがと」
俺は笑顔で瑠那に応えた。
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空手大会の前日、俺たちは朝からマイクロバスで研究所を出発し、飛行場へ向かった。
飛行機で四時間弱――夕方になる頃にホテルのロビーに到着する。
職員は「明日の朝、またロビーで」と言って別れていった。
俺は瑠那を見て告げる。
「じゃあ、部屋に行こうぜ」
「うん」
やっぱりいまいち元気がないな。
職員が取ってくれた部屋は二人部屋だった。
……たぶん、デュカリオンの指示だろうな。
荷物を置いて、俺たちは飯を食いにレストランに向かった。
研究所の食堂メニュー以外を久しぶりに食いながら、俺は瑠那に尋ねる。
「身体の調子はどうだ?」
「悪くないと思う。悠人に鍛えてもらってるし、今回は優勝を狙えるんじゃないかな」
言葉と裏腹に、覇気がないんだよなぁ。
「なぁ、心配事なら相談に乗るぞ? 俺に言えることはあるか?」
瑠那は眉をひそめて悩みんだあと、ゆっくりと首を横に振った。
「大丈夫、なんでもないから」
そうか、まだ言えないか。
「じゃあ、俺にできることはあるか?」
瑠那は頬を染めてうつむきながら、ぼそぼそとつぶやく。
「せっかく二人きりなんだし、今日はいつもより念入りに愛してもらってもいいかな」
こいつ、大会前日にえらい余裕だな。
でもメンタルが不調だと負ける要因になるし、多少の寝不足は早めに会場入りして寝ておけば多少はマシになるか。
「わかった。でも無理はするなよ、大会に響かない程度だぞ」
瑠那は嬉しそうに俺に頷いていた。
夕食後、一緒にシャワーを浴びた俺たちは、そのまま愛を交わし合った。
その日の瑠那は普段よりさらに強く俺の愛を求めてきた。
体力を使い果たすと一寝入りして、目を覚ますと何度でも俺の愛を求めてくる。
夜が白んでだいぶたってから、ようやく満足したのか、瑠那は深い眠りについた。
……こいつ、本当になにがそんなに不安なんだろう。
自分から愛に溺れに行ってるように見える。
依存するのが怖いなら、そんなの逆効果だろうに。
俺はシャワーを浴びたあと、椅子に座って、ベッドで寝入っている瑠那の寝顔を見つめていた。
『俺はブラックホール』か。こいつはもう、俺の重力から逃げられなくなった女子の一人。
そのどこまでも引き寄せられ、逃げられない恐怖は、俺には理解してやることも想像してやる事もできない。
ただそばに居てやることだけが、俺にできることだ。
俺はそのまま、朝食の時間になるまで瑠那の寝顔を見守っていた。
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大会本番、瑠那は自己申告通り、身体の切れも良く、寝不足を感じさせない動きで勝ち進んでいった。
いつも俺と組手をしてるし、俺以上のパワーやスピードを持ってる女子中学生、居ないしな。
気持ちに余裕を持って戦っているのが見て取れた。
瑠那はそのまま、あっさりと優勝をもぎ取っていった。
帰りの飛行機の中で、俺は瑠那に告げる。
「ほんと、良い動きだったよ。
日頃の練習の成果がきちんと出てた。
鍛えた甲斐があるってもんだ」
瑠那は嬉しそうに微笑んでいた。
「悠人のおかげよ。
前回は苦戦した相手が、まるで子供みたいに思えたもん。
毎日、悠人と湖八音先生たちとの試合も見てるし、あれも効果があったと思う。
見取り稽古にも結構意味があるのね」
「お前の助けになってるなら、頑張ってよかったと思えるよ」
今では十分くらいなら、異能を抑えて戦えるようになっていた。
俺と湖八音先生との戦いで目を慣らしてるなら、そこらの中学生の動きなんてスローモーションだろう。
夏の日差しの中、俺たちを乗せた飛行機は、南竜島へと飛んでいった。
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夕食を済ませた瑠那は、部屋でシャワーを浴びるといつもの彼シャツ姿になり、ベッドに横たわっていた。
由香里と優衣の相手が終わるのは九時ごろ。
それまではただ、こうして彼シャツの気配だけで心を慰める。
――避妊薬の効果が切れるまで、あと一週間。
先週投与するはずだった避妊薬は、パラスに渡してしまった。
新しい避妊薬を作っているということで、次回分の避妊薬は受け取っていない。
その新しい避妊薬が渡されるのは、九月に入ってからだと言う。
八月下旬は、避妊薬なしで過ごさなければならない。
でも六月まで誰も避妊せずにいて妊娠してなかったし、二週間ぐらいなら大丈夫な気がした。
あの頃は週に一回で、今は毎日。そんな違いはあるけど、女子全員で考えれば毎日だったのは一緒だ。
だから、きっと大丈夫――
ドアがノックされ、心を躍らせながらドアを開ける。
愛しい悠人の姿を見て、愛を与えてもらえる期待感で、自然と笑みがこぼれていく。
悠人の愛を受け取っている時だけが自分を実感できる時間。
その気持ちは日々強くなっていき、愛で覚える喜びは際限を知らず大きくなっていった。
悠人にのめりこみ、さらに深く依存していく自分に恐怖と不安を覚えながらも、自力でそれを止めることが出来ない。それがさらに不安を煽る。
それでも愛を受け取っている間だけは、全てを忘れて心を満たすことが出来た。
今夜も瑠那は、自己という器を悠人の愛で満たしながら、満足した眠りに入っていった。
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八月下旬、避妊薬の効果が切れてからも、瑠那は不安を忘れるために愛に溺れ続けた。
悠人の話では、優衣や美雪、由香里も同じ感じらしい。
彼女たちも依存が深まる不安と戦っていると知って、わずかな安堵を覚える。
だが瑠那一人は、妊娠の恐怖とも戦っていた。
久しく忘れていたその恐怖は、中学生の瑠那にとって大きく、恐ろしいものだった。
それを忘れるために、さらに深く愛に溺れて行く。
逆効果だとわかっているのに、衝動を止めることが出来なかった。
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八月の最終週に入った月曜日、毎朝のレクリエーションルームでデュカリオンが告げる。
「ようやく寮の手配が終わったよ。
今、君たちの家から荷物を運び出しているところだ。
頼んでおいた人が、ホテルのフロアを改装して、君たちのための寮にしてくれた。
設備が充実してるから、ここと大差ない生活ができると思う。期待してるといいよ」
由香里がおずおずと手を挙げた。
「寮母さんが居たりとか、門限があったりとか、するんですか?」
デュカリオンが笑顔で応える。
「寮母が欲しいなら手配するけど、今は居ないよ。
ホテルのフロントに頼めば、必要なものは部屋に持ってきてくれるからね。
門限も、特に必要ないだろう?
君たちが自己管理すればいいだけの話だ。
――他に質問はあるかい?」
誰も手を挙げないことを確認したデュカリオンが、満足して頷いた。
「ではいつも通り、悠人は別室で投与と異能測定を受けて来て欲しい」
悠人が別室に消えるの見送ってから、デュカリオンが女子に告げる。
「では君たちの避妊薬についても伝えておこう。
新しい避妊薬は土曜日までに渡せると思う。
今回は悠人の媚薬体質を増強する効果は出ない可能性が高い。
けど治験してみないと、実際のところは分からない。
一緒に従来の避妊薬も渡すから、媚薬効果を感じずに我慢できなかったら、素直に従来の避妊薬を投与してしまって構わないよ。
今週はモニタリング用の星因子を投与してもらうけど、何か質問はあるかい?」
デュカリオンが女子の顔を見まわしてから、笑顔で頷いた。
「じゃあいつも通り、治験薬投与と異能測定、そして勉強だ。頑張っておいで」
女子たちは黙ってレクリエーションルームからそれぞれの部屋へと散っていった。




