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幸福な蟻地獄  作者: みつまめ つぼみ
第3章:幸福の象徴

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59.新しい寮

 九月最初の土曜日、俺たちはこの夏最後の朝の集会をしていた。


 白衣を着たデュカリオンが人の良い笑みで告げる。


「この二か月弱、実に有意義なデータが取れた。

 君たちの協力に感謝するよ。

 これからは新しい治験薬を君たちの家で試してもらうことになる。

 また毎週末モニタリングに行くから、都合が悪いときは早めに教えて欲しい。

 ――何か質問があるかな?」


 俺は手を挙げて、デュカリオンに告げる。


「俺のことで、何かわかったことはあるのか?」


 デュカリオンが困ったように微笑んだ。


「いくつか仮説を立てることはできるよ?

 でも口に出せる段階でもないんだ。

 得られたデータをこれから解析して検証していくことになる。

 わかったことがあれば、きちんと教えてあげるよ――伝えられる事ならね。

 企業機密が関わってきた場合は、悪いけど諦めてくれ」


 俺はため息をついて頷いた。


「わかった、それで頼む」


 デュカリオンが両手を打ち鳴らした。


「それじゃあ、帰り支度を始めて欲しい。

 今日までありがとう!」


 俺たちはレクリエーションルームで解散し、それぞれの部屋へと戻っていった。





****


 研究所前に止まってるマイクロバスに乗りこんでいく。


 今日は土曜日なので、隣にはセレネが座っていた。


 セレネは俺に微笑みながら告げる。


「研究所から外に出るの、初めてなんです。

 どんなところか楽しみです」


「そうか、お前は外に出たことがないんだっけ。

 良い所だといいな、新しい寮が」


「少なくとも、みんなと、悠人ゆうとさんと一緒ですから。

 どんなところでも、私は幸せですよ」


「そうか」


 俺はセレネの頭を撫でてやりながら、窓の外の研究所に目をやった。


 デュカリオンが外で見送ってくれている。


 忙しいだろうに、まめな奴だな。



 俺たちを乗せたバスは、二か月弱を過ごした研究所の敷地を出て、街にある新居へと走り出した。





****


 マイクロバスが止まった場所は、やたら立派なホテルだった。


 ……ほんとにここが、新しい寮なのか?


 看板には『アポロンホテル』と書いてあった。


 って、またギリシャ神話かよ?! デイビッドが怒るんじゃねーの?!


 アポロンって確か、太陽神とかじゃなかったか。


 頭痛を覚えながら、俺は荷物を持ってバスを降りて行った。



 女子を引き連れてフロントに行くと、俺たちの顔を見た受付が笑顔で告げる。


竜端たつはし悠人ゆうと様ですね。

 寮のご用意が出来ております。

 ただいまご案内します」


 受付が出てきて、俺たちをエレベーターに案内していった。


 受付は手に持ったごつい鍵で操作盤についてる蓋を開け、中のボタンを押した。


 扉が閉まり、エレベーターはゆっくりと上に登っていく。


「寮は最上階になります。みなさまは操作盤に携帯端末デバイスをかざしていただければ、エレベーターが最上階に移動します」


 ……どういう待遇? 最上階って。一番豪華な部屋があるところじゃねーの?


 エレベーターが最上階に到着すると、受付は俺たちをエレベーターから下ろし、中から告げる。


「何かありましたら、フロントまでご連絡ください」


 エレベーターは受付を飲み込んで、地上まで降りて行った。



 唖然としながら降りて行くエレベーターを見送った後、俺はため息をついた。


「頭がついていかねーが、とにかく自分の部屋を探そうぜ。荷物が届いてるはずだ」


 フロアを歩いて行くと、すぐに個室が並んでいるのがわかった。


 ご丁寧に表札が付いている。探す手間が省けた。


 この手のドアは――案の定、携帯端末デバイスでドアのロックが解除された。いつのまに登録されてたんだ?


 中に入ると、段ボールがいくつか積み上がってる。


 俺の私物なんてろくにないし、これで全部だろう。


 手荷物をそこら辺に放り投げ、俺は廊下に戻っていった。



 みんなは荷物の確認をしてるのか、廊下には俺とセレネだけが立っていた。


「どうしたセレネ、荷物の確認をしなくていいのか?」


「私物はありませんから、確認するまでもありません」


 俺と同じか。


 研究所を出る時に持たされた携帯端末デバイスが、セレネの唯一の私物だろう。


「お前の着替えはどうなるんだ?」


「検査着と今着ている外出着で充分ではないですか?」


 うーん、それはよくない気がするぞ。情操教育的に。


 あとで女子たちと一緒に服を身に行くか。


 女子たちも荷物の確認が終わった順に廊下に出てきて、全員が揃った。


「じゃあ、このフロアを見て回ろうぜ」


 頷く女子を引き連れて、俺はまだ見てない場所へ足を向けた。



 談話室らしき場所、多目的ルーム、トレーニングルームに格技場? ずいぶん色々とあるんだな。


 全自動洗濯機が七台、人数分かよ……。


 ダイニングルームにはメニューと内線電話がついていた。ここで注文しろってことか。


 そろそろ昼が近いな。


「みんな、何を食う?」


 俺はメニューをテーブルに広げ、みんなで頭を突き合わせた。


 やたらリッチなメニューが並んでるんだけど……ホテルのレストランから持ってくるのか? これは。


 ティアが「私、サンドイッチ!」と声を上げた。


「じゃあ俺もそれにするか。ボリュームありそうだし」


 女子たちもサンドイッチで良いと言い出し、俺は内線電話で七人分のサンドイッチを注文した。



 しばらく待っていると部屋の外にワゴンが届き、ボーイらしき人がテーブルに配膳していく。


 ボーイが帰った後、俺たちはサンドイッチを食べながら言葉を交わす。


「この後どうする? フロアは見て回ったし、荷ほどきは後回しでも構わないだろ?

 足りない物があるなら、買い出しに行かないか?」


 優衣ゆいが楽しそうに俺に告げる。


「アメニティもホテルの物が揃ってるみたいだし、フロントに言えば新しいものを用意してもらえると思うの。

 一階の売店も使えるでしょうし、すぐ近くにコンビニもあるわ。

 日用品で足りないものはなさそうよ?」


 いつのまにそこまでチェックしてたんだ……さては、楽しみにしてたのか?


 他の女子も、足りないものはすぐに思いつかなそうだった。


 持ち込んだ私物も合わせれば、当分困ることもないだろう。


「じゃあセレネの服を買いに行こうぜ。

 こいつ、今着ている服しかないらしいし」


 ティアが輝かしい笑顔で声を上げる。


「それなら、セレネの彼シャツも用意しないとね!」


「え?! あれまだ続いてるの?!」


 由香里ゆかりがニコリと微笑んだ。


「もちろんですよ。私たちがあれをまだ愛用しているの、悠人ゆうとさんは毎日見てるじゃないですか。

 セレネが仲間に加わったなら、同じ彼シャツを用意してあげるべきです」


 なんで俺のシャツがユニフォームみたいになってるんだよ……。


 俺は疲労感を覚えながら頷いた。


「わかった、それも含めて買い出しに行こう」



 俺たちはサンドイッチを平らげると、皿をワゴンに戻してからエレベーターに乗りこんだ。





****


 俺たちはホテルを出たあと、街の商店街に繰り出した。


 女子たちははしゃぎながらセレネの服を見繕っていった。


 外見は瑠那るなに似てるけど雰囲気の違うセレネは、少し大人っぽい落ち着いた服を好むようだった。


 早めに帽子を購入してかぶってもらい、セレネの顔を隠しながら、俺たちはセレネの新しい服を買っていった。


 俺はなぜか女性下着売り場にまで連れて行かれ、全員から「どっちがいいですか?」などと聞かれていた。


 ……お前ら、女子中学生の恥じらいを思い出してほしい。


「自分が女子中学生って自覚、あるか?」


 美雪みゆきが意外そうな顔で俺に応える。


「え? だって悠人ゆうとさんに見せるための下着だし」


 そういう問題じゃない……。


 俺はバツが悪い思いをしながら、なるだけそれぞれに似合うと思える大人しい下着を選んでいった。



 セレネ用の彼シャツも買い終わり、俺たちは寮に向かって歩いていた。


 そんな俺たちの前に、白いTシャツに青いジーンズと黒いレザージャケット姿の外国人男性と、ターコイズブルーのクロップドドレスを着た外国人女性が立ち塞がる。


「よぉ! ちょっといいか坊主」


「デイビッドとパラス……今度は何だよ?」


 デイビッドがニカッと笑って応える。


「ちょっとわかったことを報告と、あとはわからんことを確認しにな。

 裏のファミレスでいいか?」


 これは断りたくても断らせてくれない流れだな。


「わかった。付いて行く」


「サンキュー! こっちだ!」


 俺たちはデイビッドの後を追って、裏通りのファミレスに向かった。


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