59.新しい寮
九月最初の土曜日、俺たちはこの夏最後の朝の集会をしていた。
白衣を着たデュカリオンが人の良い笑みで告げる。
「この二か月弱、実に有意義なデータが取れた。
君たちの協力に感謝するよ。
これからは新しい治験薬を君たちの家で試してもらうことになる。
また毎週末モニタリングに行くから、都合が悪いときは早めに教えて欲しい。
――何か質問があるかな?」
俺は手を挙げて、デュカリオンに告げる。
「俺のことで、何かわかったことはあるのか?」
デュカリオンが困ったように微笑んだ。
「いくつか仮説を立てることはできるよ?
でも口に出せる段階でもないんだ。
得られたデータをこれから解析して検証していくことになる。
わかったことがあれば、きちんと教えてあげるよ――伝えられる事ならね。
企業機密が関わってきた場合は、悪いけど諦めてくれ」
俺はため息をついて頷いた。
「わかった、それで頼む」
デュカリオンが両手を打ち鳴らした。
「それじゃあ、帰り支度を始めて欲しい。
今日までありがとう!」
俺たちはレクリエーションルームで解散し、それぞれの部屋へと戻っていった。
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研究所前に止まってるマイクロバスに乗りこんでいく。
今日は土曜日なので、隣にはセレネが座っていた。
セレネは俺に微笑みながら告げる。
「研究所から外に出るの、初めてなんです。
どんなところか楽しみです」
「そうか、お前は外に出たことがないんだっけ。
良い所だといいな、新しい寮が」
「少なくとも、みんなと、悠人さんと一緒ですから。
どんなところでも、私は幸せですよ」
「そうか」
俺はセレネの頭を撫でてやりながら、窓の外の研究所に目をやった。
デュカリオンが外で見送ってくれている。
忙しいだろうに、まめな奴だな。
俺たちを乗せたバスは、二か月弱を過ごした研究所の敷地を出て、街にある新居へと走り出した。
****
マイクロバスが止まった場所は、やたら立派なホテルだった。
……ほんとにここが、新しい寮なのか?
看板には『アポロンホテル』と書いてあった。
って、またギリシャ神話かよ?! デイビッドが怒るんじゃねーの?!
アポロンって確か、太陽神とかじゃなかったか。
頭痛を覚えながら、俺は荷物を持ってバスを降りて行った。
女子を引き連れてフロントに行くと、俺たちの顔を見た受付が笑顔で告げる。
「竜端悠人様ですね。
寮のご用意が出来ております。
ただいまご案内します」
受付が出てきて、俺たちをエレベーターに案内していった。
受付は手に持ったごつい鍵で操作盤についてる蓋を開け、中のボタンを押した。
扉が閉まり、エレベーターはゆっくりと上に登っていく。
「寮は最上階になります。みなさまは操作盤に携帯端末をかざしていただければ、エレベーターが最上階に移動します」
……どういう待遇? 最上階って。一番豪華な部屋があるところじゃねーの?
エレベーターが最上階に到着すると、受付は俺たちをエレベーターから下ろし、中から告げる。
「何かありましたら、フロントまでご連絡ください」
エレベーターは受付を飲み込んで、地上まで降りて行った。
唖然としながら降りて行くエレベーターを見送った後、俺はため息をついた。
「頭がついていかねーが、とにかく自分の部屋を探そうぜ。荷物が届いてるはずだ」
フロアを歩いて行くと、すぐに個室が並んでいるのがわかった。
ご丁寧に表札が付いている。探す手間が省けた。
この手のドアは――案の定、携帯端末でドアのロックが解除された。いつのまに登録されてたんだ?
中に入ると、段ボールがいくつか積み上がってる。
俺の私物なんてろくにないし、これで全部だろう。
手荷物をそこら辺に放り投げ、俺は廊下に戻っていった。
みんなは荷物の確認をしてるのか、廊下には俺とセレネだけが立っていた。
「どうしたセレネ、荷物の確認をしなくていいのか?」
「私物はありませんから、確認するまでもありません」
俺と同じか。
研究所を出る時に持たされた携帯端末が、セレネの唯一の私物だろう。
「お前の着替えはどうなるんだ?」
「検査着と今着ている外出着で充分ではないですか?」
うーん、それはよくない気がするぞ。情操教育的に。
あとで女子たちと一緒に服を身に行くか。
女子たちも荷物の確認が終わった順に廊下に出てきて、全員が揃った。
「じゃあ、このフロアを見て回ろうぜ」
頷く女子を引き連れて、俺はまだ見てない場所へ足を向けた。
談話室らしき場所、多目的ルーム、トレーニングルームに格技場? ずいぶん色々とあるんだな。
全自動洗濯機が七台、人数分かよ……。
ダイニングルームにはメニューと内線電話がついていた。ここで注文しろってことか。
そろそろ昼が近いな。
「みんな、何を食う?」
俺はメニューをテーブルに広げ、みんなで頭を突き合わせた。
やたらリッチなメニューが並んでるんだけど……ホテルのレストランから持ってくるのか? これは。
ティアが「私、サンドイッチ!」と声を上げた。
「じゃあ俺もそれにするか。ボリュームありそうだし」
女子たちもサンドイッチで良いと言い出し、俺は内線電話で七人分のサンドイッチを注文した。
しばらく待っていると部屋の外にワゴンが届き、ボーイらしき人がテーブルに配膳していく。
ボーイが帰った後、俺たちはサンドイッチを食べながら言葉を交わす。
「この後どうする? フロアは見て回ったし、荷ほどきは後回しでも構わないだろ?
足りない物があるなら、買い出しに行かないか?」
優衣が楽しそうに俺に告げる。
「アメニティもホテルの物が揃ってるみたいだし、フロントに言えば新しいものを用意してもらえると思うの。
一階の売店も使えるでしょうし、すぐ近くにコンビニもあるわ。
日用品で足りないものはなさそうよ?」
いつのまにそこまでチェックしてたんだ……さては、楽しみにしてたのか?
他の女子も、足りないものはすぐに思いつかなそうだった。
持ち込んだ私物も合わせれば、当分困ることもないだろう。
「じゃあセレネの服を買いに行こうぜ。
こいつ、今着ている服しかないらしいし」
ティアが輝かしい笑顔で声を上げる。
「それなら、セレネの彼シャツも用意しないとね!」
「え?! あれまだ続いてるの?!」
由香里がニコリと微笑んだ。
「もちろんですよ。私たちがあれをまだ愛用しているの、悠人さんは毎日見てるじゃないですか。
セレネが仲間に加わったなら、同じ彼シャツを用意してあげるべきです」
なんで俺のシャツがユニフォームみたいになってるんだよ……。
俺は疲労感を覚えながら頷いた。
「わかった、それも含めて買い出しに行こう」
俺たちはサンドイッチを平らげると、皿をワゴンに戻してからエレベーターに乗りこんだ。
****
俺たちはホテルを出たあと、街の商店街に繰り出した。
女子たちははしゃぎながらセレネの服を見繕っていった。
外見は瑠那に似てるけど雰囲気の違うセレネは、少し大人っぽい落ち着いた服を好むようだった。
早めに帽子を購入してかぶってもらい、セレネの顔を隠しながら、俺たちはセレネの新しい服を買っていった。
俺はなぜか女性下着売り場にまで連れて行かれ、全員から「どっちがいいですか?」などと聞かれていた。
……お前ら、女子中学生の恥じらいを思い出してほしい。
「自分が女子中学生って自覚、あるか?」
美雪が意外そうな顔で俺に応える。
「え? だって悠人さんに見せるための下着だし」
そういう問題じゃない……。
俺はバツが悪い思いをしながら、なるだけそれぞれに似合うと思える大人しい下着を選んでいった。
セレネ用の彼シャツも買い終わり、俺たちは寮に向かって歩いていた。
そんな俺たちの前に、白いTシャツに青いジーンズと黒いレザージャケット姿の外国人男性と、ターコイズブルーのクロップドドレスを着た外国人女性が立ち塞がる。
「よぉ! ちょっといいか坊主」
「デイビッドとパラス……今度は何だよ?」
デイビッドがニカッと笑って応える。
「ちょっとわかったことを報告と、あとはわからんことを確認しにな。
裏のファミレスでいいか?」
これは断りたくても断らせてくれない流れだな。
「わかった。付いて行く」
「サンキュー! こっちだ!」
俺たちはデイビッドの後を追って、裏通りのファミレスに向かった。




