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幸福な蟻地獄  作者: みつまめ つぼみ
第1章:囚われる少女たち

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23/67

23.連休前

 季節は五月、ゴールデンウィーク目前の月曜日だ。


 俺は毎朝のように、女子寮の前で待つ瑠那るなと合流する。


「おっす」


 瑠那るなは頬を紅潮させて俺に挨拶を返してくる。


「おはよう!」


 最近のこいつ、ほんと犬みたいなあからさまな喜び方をするな。


「じゃあ早速行くぞ! 今日もきっちりついて来いよ!」


「うん! 任せて!」


 俺が普段のペースで走り出すと、瑠那るなも遅れずに後ろに付いてきた。


 四月の後半から、瑠那るなは半分くらいまでなら、俺のペースに付いてこれるようになっていた。


 一か月前と比べれば、かなり持久力が付いてきたように思う。



 今日も半分走ったところで足を止め、お互いに持ち込んだスポーツドリンクを喉に流し込んだ。


「ほんと、ずいぶんタイムが伸びたよな、お前」


「でも、途中で、ばてちゃう、けどね」


「最初みたいに、倒れてないだけ立派だよ。努力の成果だ」


 俺が頭を撫でてやると、瑠那るなはくすぐったそうに目を細めていた。


 いつものようにペアでストレッチをしてから、流して走って戻っていく。


 途中で瑠那るなはコンビニに立ち寄り、食事を買っていく。


 俺は呆れながら告げる。


「今日も買い食いか? 朝食前に良く入るな」


 瑠那るなは不本意そうに頬を膨らませた。


「ちゃんと帰ってから食べるってば!」


 女子寮前まで瑠那るなを送り、俺は彼女がエレベーターホールに消えるのを見届けてから、家に向けて走り出した。





****


 朝、女子寮の食堂では四人の女子が食事を取っていた。


 優衣ゆいが微笑みながら告げる。


「最近、瑠那るなを見なくなったわね。

 毎朝の食事はどうしてるのかしら」


 美雪みゆきが明るい笑顔で告げる。


「さー? ロードワークの帰りに適当に買ってるんじゃない?

 よっぽど私たちと顔を合わせたくないんだね」


 由香里ゆかりが大人びた笑顔で告げる。


「しょうがないですよ、瑠那るなさんはまだお子様ですから。

 私たちの会話に、入ってこれませんし」


 ガラティアは無邪気に朝食にかぶりついていた。


 女子三人は今日もマウントを取り合いながら、笑顔で悪意を交換していった。


 ガラティアは彼女たちの会話を聞き流しながら、黙って食事を食べ進めていた。





****


 俺は教室に入って席に座る。


 既に隣に座っていた霧上きりがみが、いつものように挨拶をしてくる。


「おはよう、『花鳥風月殺し』。先週もお盛んだったそうだな」


 俺は顔をしかめて霧上きりがみを見つめた。


「なんだよ、その名前……」


 霧上きりがみは微笑みながら応える。


「前に言っただろう? ガラティア以外の四人は『海燕うみつばめの花鳥風月』と呼ばれる有名人だ。

 彼女たちは異能持ちで美人ぞろいだからな。みんな注目していたんだよ。

 そんな彼女たちを、毎週末連れ回す男……噂にならないわけが無いだろう」


「連れ回すだなんて大袈裟な。

 コンビニで買い出しをして、自宅で一緒に映画を見てるだけだ」


「毎日女子寮に通ってるのは、どう説明を付けるんだ? 五股男」


 俺は痛い所をつかれて黙り込んだ。


 短縮授業が終わってからは、ファミレスで落ち合うこともなくなった。


 代わりに放課後、俺が女子寮に行って、曜日担当の子の部屋を訪ねる毎日だ。


 ……そりゃあまぁ、悪い噂にはなるか。帰りは午後九時を過ぎるしな。


 金曜日は女子たちが外泊届を出して、日曜日まで映画観賞会だ。


 金曜日担当のティアはそれで満足らしく、今のところ不満は出ていない。


 いつかは女子寮の管理人に止められるんじゃないかと思っていたけど、今のところその気配もないみたいだ。


 女子寮の管理、ずさんすぎないか?



 今日の授業も無事終了し、俺はホームルームが終わると共に、鞄を持って教室を飛び出した。





****


 夜になり、瑠那るなは部屋で一人、学校帰りに買ってきたコンビニ弁当を食べていた。


 悠人ゆうとが居ない場で優衣ゆい由香里ゆかり美雪みゆきと顔を合わせたくなくて、ここ二週間はこうして、部屋で食事を取っていた。


 彼女たちのマウント合戦は留まるところを知らない。


 やれ昨日は悠人ゆうとがどうだった、自分の時はどうだったと、赤裸々な話を恥ずかしげもなく披露していく。


 由香里ゆかりの異能、音響調律(サウンド・エンジニア)でテーブルの外に会話が漏れないから良いようなものの、他の女子に知られていたら白い目で見られていただろう。


 そんな悪意の応酬に疲れた瑠那るなは、彼女たちと共に食事を取ることを諦めたのだ。


 ――もう、戻れないのかな。


 何年も一緒に過ごしてきた幼馴染だった。


 楽しい時間も辛い時間も一緒に過ごしてきた、大切な友達だ。


 そんな彼女たちが自分を見失い、悠人ゆうとに溺れていくのは、見るにたえなかった。


 ――私はあんな風になったりするもんか!


 悠人ゆうととは、一緒に自分を高め合い、プラトニックな関係で居続けていた。


 自分は自分――それだけは譲れない一線だ。



 この町の学生には、生活費が自治体から支給されている。


 希少な異能を持った子供たちがバイトで時間を浪費しないよう、配慮されているのだ。


 そんな生活費をやりくりしながら、瑠那るなは食費をねん出していた。


 学費も寮費も全面免除、実に恵まれた環境だ。


 ――そんな環境で友人たちがやっていることが、悠人ゆうととの逢瀬だ。彼女たちの道徳心や向上心はどうなってしまったのだろう。



 一か月前まで、よく知るみんなだった。


 だが、あっという間に瑠那るなたちは、悠人ゆうとを中心とした共有愛という、不思議な恋愛関係を結んでいた。


 今では見事に瑠那るなとガラティア以外の女子が、恋愛依存で自分を見失っていた。


 調べてみたが、子供が治療を手伝えるような生易しいものではないらしい。


 彼女たちは重度の恋愛依存に思えた。もう手遅れなのかもしれない。


 かくいう瑠那るな自身も、恋愛依存の兆候があった――悠人ゆうとが居ないと生きていけないと思ってしまう感覚。それは日々増していく一方だ。


 孤立感が増すほど、悠人ゆうとと過ごす時間を甘美に感じていた。


 悠人ゆうとから離れれば孤立感で苛まれ、苦しさから悠人ゆうとへの渇望が急速に増した――どうあがいても、逃げ道がない気がした。



 それでも瑠那るなは、自分を奮い立たせて毎日を生きていた。


 自分を鍛え、精神を磨けば克服できるはずだった。


 毎週、悠人ゆうとと一緒に組手を繰り返し、今では攻撃をガードさせるのが当たり前になっている。


 そろそろ悠人ゆうとに攻めてもらって、瑠那るなのガード技術を磨く予定だ。


 自分の空手が上達している実感は、心を満たしてくれる。


 そうやって自分を強くしてくれる悠人ゆうとへ、感謝や尊敬の念が増していった。彼が居るから、今の自分があるのだ。


 ――悠人ゆうとがそばに居る限り、私は大丈夫!


 そう固く心に刻み、瑠那るなはシャワーを浴びに浴室へ向かった。





****


 午後九時過ぎ、俺はそっと由香里ゆかりの部屋から出て階段を降りていった。


 なんとか他の寮生に見つからないように女子寮から出て、一息ついた。


 最近はこの時間に帰してもらえるけど、最初は深夜まで帰してもらえなかったっけ。


 夕方からこの時間まで、部屋での夕食を挟んでずっと相手をさせられる。


 由香里ゆかりの小さい身体の、どこにこんな体力があるのか、いつも不思議だった。


 月曜日の由香里ゆかり、火曜日の優衣ゆい、木曜日の美雪みゆき


 三人の愛欲は日を追うごとに増していくように感じていた。


 ゆっくりできるのは水曜日の瑠那るなの日ぐらいだ。


 明日は火曜日で優衣ゆいの相手をして、そうしたら水曜日で瑠那るなの日になる。


 ゴールデンウイーク初日だし、たまには一日中組手に付き合うってのも悪くないか。


 俺は家路を急ぎながら、携帯端末デバイスに個人メッセージを打ちこんで送信した。


 瑠那るなから承諾の返事を受け取り、俺は組手が楽しみでニヤリと笑った。


 最近の瑠那るなは成長が目覚ましい。その伸びを見るのが楽しみだった。


 このあと、夜のロードワークと套路とうろが待っている。


 瑠那るなのために再開した武術だけど、俺はやっぱり武術が好きだと痛感していた。


 この気持ちを思い出させてくれた瑠那るなのためにも、俺自身をしっかり鍛えておかないとな。


 俺は水曜日を心待ちにしながら、夜の町を走っていった。





****


 由香里ゆかりは窓辺で、走り去っていく悠人ゆうとの姿を見送っていた。


 今日もたっぷり四時間を費やし、その体に悠人ゆうとの愛を刻み込んでもらっていた。


 これで通算四度目、だがまだまだ足りなかった。


 悠人ゆうとがもたらす甘美な『本当の愛』は、由香里ゆかりという存在全てを受け入れ、肯定し、慈しんでくれる。


 自分の価値を再認識し、自分が自分だと言う感覚を魂の底から味わえるのがこの瞬間なのだ。


 飽きることなく自己探求を繰り返していると、あっという間に刻限が来てしまうのが不満だった。


 もっと一日中、悠人ゆうとから愛される感覚を味わいたい。そう切望しても、今月の休日は週の後半だ。


 残念に思いながら、由香里ゆかりは切ないため息をついて、シャワーの準備を始めた。


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