第008話「縞馬来訪!肥満?豊満?」
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報告を受け、私と従者たちは領主館の正面玄関でその時を待っていた。
「……お嬢様。
本当に来るのでしょうか?」
サラヤが怪訝そうな顔で街道の先を見つめる。
「来るわよ。
報告じゃ、とんでもなく目立つ馬車だったって言うし」
私が答えた直後だった。
地平線の彼方から、陽炎のように揺らめく影が現れた。
それは、見る者の度肝を抜く色彩だった。
ギラギラと太陽を反射する、悪趣味なほどに黄金色に輝く車輪。
そして、その馬車を引いているのは――。
「……おい、なんか変じゃねぇか? あの馬」
サッカリンが眉をひそめて指差す。
「ん?」
私が目を凝らす。
白い馬体に、黒い縞模様。
「あれ、シマウマじゃない?
サファリパークにいるやつの!」
私は指を差して叫ぼうとした。
「あれはまさか、王都でも有名な……!」
「――なんと、ゼブラー商会の馬車ですな」
私の隣で、ソルビトールが淡々と言い放った。
「…………」
私は口を開けたまま固まった。
そして、ギリリと歯噛みする。
「……私が言おうと思ったのに~!」
「おや、失礼。
職業病でして」
元執事のソルビトールは涼しい顔だ。
だが、その目はどこか遠くを見ている。
まるで、触れたくない過去を思い出したかのように。
「ゼブラー商会?
なんだそりゃ」
サッカリンが首をかしげる。
「王都でも指折りの大手商会よ。
主力商品は『紙』と『羽ペン』。
貴族や学者を相手にするインテリ商会なんだけど……」
私は近づいてくる馬車を見て、眉をひそめた。
「……ねえ。
なんかあの馬車、傾いてない?」
気のせいではない。
馬車の車体が、明らかに片方へ大きく沈み込んでいる。
そして、馬車を引くシマウマたちが、口から白い泡を吹きながら、必死の形相で蹄をかいているのだ。
ヒヒィィン……という悲痛な鳴き声が聞こえる。
「……おいおい、何を積んでるんだ?
金塊でも満載してるのか?」
サッカリンが呆れている間に、馬車は私たちの目の前で停車した。
地面を削りながら…
ギシィッ……バキキッ……。
車軸が悲鳴を上げている。
そして、扉が重々しく開かれた。
「あらぁ~ん♡」
ヌゥッ……と。
扉の向こうから現れたのは、巨大な肉の塊――いや、女性だった。
派手なピンクのドレスに身を包んでいるが、布の限界を超えた豊満すぎる肉体。
推定体重は私の3倍。
たしか、年齢はまだ10代のはずだが、その貫禄は力士クラスだ。
ズゥゥゥン!!
彼女が地面に足を下ろした瞬間、ピメントの大地が揺れた(気がした)。
シマウマたちが「助かった……」と言わんばかりに安堵のため息をつく。
「パルスイートお嬢様ぁ~ん!
お久しぶりねぇ~ん!」
彼女は肉に埋もれた目を細め、厚い唇にルージュを塗りながら投げキッスをしてきた。
「げっ。
スクラロース……」
ゼブラー商会の名物支店長(子爵家次女・19歳・未婚)。
こいつとは実家にいた頃からの腐れ縁だ。
「このスクラロース!
パルスイートお嬢様のあまりのご不幸を耳にし、心配で心配でぇ~ん!
夜も眠れず、おやつも喉を通らず……」
彼女は言いながら、懐から取り出したクッキーをバリボリと齧った。
「思い極まって、こんな地獄の果てまで参上いたしましたのよぉ~ん!」
「あ~、うん。嘘よね?
既におやつ食ってるじゃない」
私は冷めた目で突っ込んだ。
「あらやだ、バレちゃったぁ~ん?」
スクラロースは悪びれもせず、「オホホホ」と無駄なホホ肉を揺らして笑った。
「実はぁ~! あのアセスルファム公爵令嬢エリスリトールお嬢様より!
『死にかけの友人に物資を運べ』と特命を受けテオリマスルゥ~ン!」
「……へぇ」
私はニッコリと笑い、懐から手帳とペンを取り出した。
「それ、原文ママで手紙に書いてエリスに送っとくわね。
『スクラロースが、私のことを死にかけって言ってた』って」
ズザァァァーッ!
スクラロースが、その巨体からは信じられない速度でスライディング土下座を決めた。
ついた手が、重さで地面にめり込んでいく。
「チョットお待ちになってぇぇぇん!! 冗談よぉ~ん!!」
「……なんだあいつ。
怪獣か?」
後ろでサッカリンが引きつっている。
◇
ひとしきり茶番を終えた後、スクラロースは馬車から荷物を降ろさせた。
「で? スクラロース。
エリス様の命令は『物資を届けること』まででしょ?
アンタがわざわざここまで来たってことは……」
私が問うと、スクラロースはポンポンとスカートに乗ったクッキーの粉を払い、ニヤリと笑った。
「ご明察ぅ~ん。
ここから先は……『商売』のお時間よぉ~ん?」
「なら先手は私が貰うわね」
私は合図を送った。
サッカリンと料理番が、ワゴンを運んでくる。
「見て驚きなさい。
我がピメント領の至宝、『黄金のイノシシ生ハム』と『奇跡の白野菜』よ!
しっかり味わいなさい!」
「あらぁ~ん!
これはまたこんな辺境なのにすごいわねぇ~ん。
すぅっごく美味しそう~!」
スクラロースは目を輝かせ、試食用のハムとモヤシを瞬く間に平らげた。
さらに「おかわりぃ~ん」とワゴンに手を伸ばす。
「素晴らしいわぁ~ん!
このハム、脂が甘くて最高よぉ~ん!
野菜もシャキシャキで、いくらでも入っちゃうわぁ~ん!」
「でしょ!?」
私は身を乗り出した。
「どう? スクラロース。
この商品をゼブラー商会で独占販売させてあげる。
その代わり、安く別の野菜を運び込むための流通を整備してほしい。
これならWin-Winの関係でいけると思ってるんだけど?」
完璧な提案だ。
あの大食漢が認めた味なら、間違いなく売れる。
だが。
「はてぇ~?」
スクラロースは首を傾げた。
その愛想の良い笑顔が、ふっと冷ややかな商人の顔に変わる。
「アタシたちはこれを、Lose-Loseと言うのよぉ~ん?」
「……は?」
私は呆気にとられた。
「だってぇ、ここから王都までの道中、だいぶ遠いのよぉ~ん。
移動費だけで赤字になっちゃうものぉ~ん」
彼女はムチムチの指を振った。
「荷馬車のレンタル代、護衛の費用、そして……食費。
コストがかかりすぎて、利益が出ないわぁ~ん」
(ん~?)
「食費……?」
私は彼女の巨体と、沈み込んだ馬車を交互に見た。
そして、理解した。
輸送コストの大半は、こいつ自身だと。
「それって……」
私は叫んだ。
「アンタが痩せれば半分解決する話でしょぉぉおがぁぁあ!!」
「あらぁ~ん、ひどぉ~い♡
これ豊満さ、これがアタシの魅力なのよぉ~ん!」
スクラロースはプルプルと腹の肉を揺らして笑った。
「でもねぇ、お嬢様。
魅力(お肉)を削っても、実際の距離は縮まらないのよぉ~ん。
馬を増やして馬力を上げただけじゃ、実際の移動速度はあがらないのよねぇ~ん。
このままじゃ商売にならないってのは、お嬢様でもわかってるって感じかしらぁ~ん。
……さあ、どうするぅ~ん?」
悔しいが、正論だ。
こいつの脂肪云々は置いておいても、物流コストが高いのは事実。
私は唇を噛んだ。
やっぱり、こいつは天敵だ。
「……じゃあ、どうすればいいのよ」
「あらぁん?
それをアタシに聞くのぉ~ん?
アタシはここに利益を乗せていくの、わかって言ってるのぉ~ん?」
「……腐っても商売のプロなんでしょ」
私が睨みつけると、スクラロースは満足げに頷いた。
「よろしい。
では、改めまして……『交渉』といきましょうかぁ~ん?」
食えない女、スクラロース。
彼女の物理的な重圧と、商売的な重圧が、私にのしかかろうとしていた。
※ナト達いないのに報告してるので修正
一部セリフでサラヤもいることにしました。




