第006話「工事完了!猪脂?地獄?」
ピメントに来てから一ヶ月。
季節は完全に冬になっていたが、領主館の食堂は熱気に包まれていた。
「お嬢様!
本日のメインディッシュは『イノシシの厚切りステーキ・脂身マシマシ』でございます!」
「サイドメニューは『イノシシのモツ煮込み』!」
「スープは『イノシシの骨髄スープ』となっております!」
配膳係に抜擢された村人たちが、満面の笑みで料理を運んでくる。
テーブルの上には、茶色一色の肉料理が山のように積まれている。
あたり一面に漂う、獣肉の濃厚な脂の匂い。
村人たちにとっては、夢のようなご馳走だろう。
一ヶ月前までは雑草を齧っていたのだから、肉が食えるだけで天国だ。
給仕をしている村娘たちも、皿を運びながら生唾を飲み込んでいる。
だが。
上座に座る私は、死んだ魚のような目をしていた。
「……もう、見たくない」
私はフォークを持ったまま震えた。
「朝もイノシシ、昼もイノシシ、夜もイノシシ!
おやつは干し肉!
いい加減にしなさいよ!
私の肌を見てよ、脂でテッカテカじゃない!
このままじゃ私がイノシシになっちゃうわよ!」
「なんと贅沢な悩みを……」
「お嬢様、コラーゲンたっぷりですよ?」
「いらないわよそんなもの!
野菜をよこせと言ってるの!
シャキシャキした、緑色の、食物繊維の塊を!」
私は悲鳴を上げた。
そう、この一ヶ月の突貫工事の末、私たちはついに完成させてしまったのだ。
『全自動イノシシ収穫システム』を。
◇
あれは、地獄のような一ヶ月だった。
まず直面したのは、「硬すぎ問題」だ。
鉄甲イノシシの名の通り、奴らの背中は鉄のように硬い。
実際には鉄じゃなく有機物っぽいのだが、普通のナイフでは刃が欠けるし、解体に時間がかかりすぎて、中の肉が傷んでしまう。
『サッカリン!
アレを持ってきなさい!』
最初に私が導入しようとしたのは、「サッカリン愛用の大剣」だ。
あのサイズで焼きのしっかり入った金属の塊はそうそうない。
しかも持ち手までついているという、なんとも至せり尽くせりな仕様。
え? 剣だし当たり前だって?
わかってるんだけど、代わりが思いつかなかったのよ。
意気揚々と頼んだら、即答で「断る」と却下された。
「あのな。
せめて切る用途ならわかるんだけどよ。
粉砕用途はねぇわ。刃こぼれしたらどうすんだ」
まあ、そうなるよね。
途方に暮れる私に、横から涼しい声が飛んできた。
「お嬢様、なぜ鉄甲イノシシの甲羅に取っ手をつけてハンマーになさらないのですか?」
「……あ?」
「硬いものを割るには、同じ硬度のものをぶつけるのが道理。
相変わらず思慮が足りませんな」
ソルビトールだ。
本当に嫌な奴に正論を指摘されたもんだわ。悔しい。
とはいえ、背に腹は代えられない。
やることは解体というより、もはや「破砕」だ。
甲羅の一部を私が光魔法(熱)で加熱し、熱膨張で脆くなったところを、持ち手をつけた「甲羅ハンマー」でサッカリンが叩きつけて割る。
この「熱処理」×「物理破砕」のコンボにより、ようやくスムーズな解体が可能になった。
次に、「ゴミ問題」だ。
砕き剥がした鉄の甲羅は食えないし、重いし、邪魔で仕方がない。
硬度が高く、削って武具にするのも手間ばかりで、自分達が加工するのには向いていない。
村の空き地にうず高く積まれた鉄甲片の山。
それを見て、私は閃いた。
『これ、砕いたやつは軒並み道路に埋めちゃいましょう』
ピメントの村は道が悪く、雨が降ると泥沼になっていた。
そこで、砕いて部材として使えない甲羅を、瓦のように地面に敷き詰めたのだ。
形を合わせるために、わざわざ砕いたものもある。
結果――。
村のメインストリートは、黒光りする鉄の鱗で舗装された、無駄に重厚で威圧感のある「鉄の道」へと変貌した。
歩くとカツカツと硬質な音が鳴る。
タイヤも沈まない。最強のインフラだ。
見た目が「魔王軍の砦」みたいになったこと以外は完璧である。
そして最大の問題は、「肉の供給過多」だった。
毎日必ず5頭湧く。
重量にして数百キロの肉塊が、深夜0時に降ってくるのだ。
冷蔵庫なんて便利なものはない。
放っておけば腐る。腐れば金貨がゴミになる。
生きてれば5日で消えるのに、なぜかドロップ扱いの死体は消えずに腐る。
ゾンビ鉄甲イノシシのための布石?まさかね。
『ソコ! 寝ないの!
手を動かしなさい!
一秒の遅れが肉の鮮度を落とすのよ!』
私は村に残っていた女性たちを使い、夜間加工ラインを構築した。
深夜0時、落下したイノシシを即座に解体。
良い肉は塩漬けにして保存食へ。
端肉や内臓はソーセージへ。
腸詰め作業が追いつかないと見るや、私は別世界の知識を総動員し、生クリーム用の「絞り袋」の原理を応用した「高速充填機」を投入した。
ただの肉の絞り袋?
まぁいいじゃない。
その結果。
村の倉庫は、天井まで積み上がったハムとソーセージの山でパンク寸前になっていた。
◇
「……というわけで」
私はステーキの脂身を端に寄せながら、現状を整理した。
「生産体制は完璧よ。
素材も無駄なく使ってる。
村のインフラ(道路)も整った。
……でもね」
私は倉庫の方角を指差した。
「在庫が捌けなきゃ、ただのゴミ屋敷よ」
「ですな」
執事のソルビトールが、冷静に頷いた。
「村人の胃袋にも限界があります。
これ以上在庫が増えれば、保管場所がなくなり、腐敗廃棄することになります」
「廃棄……!
私の金塊をドブに捨てるなんて、死んでも嫌よ!」
「であれば、外へ売るしかありませんが……」
ソルビトールは窓の外、どこまでも続く荒野を見た。
「こんな寂れた辺境の町に近づく行商人は、あまり居ないというのが現実ですな」
「うっ」
確かに。
これまで何の産業も特産品も無かったド田舎だものね……。
しかも今は、入り口がいかつい「メタルロード」だ。普通の商人は逃げ出すかもしれない。
「……なら、呼ぶしかないわ」
私は決意した。
待ってて来ないなら、こちらから営業をかける。
あるいは、無理やり連れてくる。
「ナト!
ナトはいる!?」
私が食堂の入り口に向かって叫ぶと、農作業着姿のナトが慌てて入ってきた。
彼は今、加工場の現場監督として働いている。
「へい!
ここに!」
「アンタたち、肉食って元気になったわよね?」
「はい!
毎日フルパワーです!」
「なら、明日から街道まで出て、噂を流してきなさい。
『ピメントに行けば、極上の肉が安く手に入る』ってね。
ついでに、野菜!
野菜買ってきて。
野菜を持ってる商人がいたら、倍額出してでも連れてきなさい!」
「へい!
……ってお嬢様、野菜ならそのへんの草でも……」
「アンタたちの舌はどうなってんのよ!
私が食べたいのは、ちゃんと栽培した野菜なの!
その辺の草が食べたいんじゃないのよ!」
私はテーブルをバンッと叩いた。
もう限界だ。
体がビタミンを、ミネラルを求めて悲鳴を上げている。
「いい?
これは私の美容と健康、そして領地の財政に関わる重大ミッションよ!
肉を金に変え、その金で野菜を買う!
この『わらしべ長者作戦』を成功させるのよ!」
「は、はいぃぃっ!」
ナトが敬礼して飛び出していく。
こうして、私のピメント領地改革は、
「生産」フェーズから、「流通・販売」フェーズへと、なし崩し的に移行することになったのである。
すべては、私の肌のテカリを抑えるために。
私はこっそりと自分の脇腹の肉をつまんだ。
……柔らかい。
脂ばかりの生活で、そろそろ体型も気にしないと本気でヤバい。
私の婚活(玉の輿)市場価値が暴落する前に、なんとかしなければ!




