第013話「野盗回収!夢想?回想?」
無事、スクラロースとの商談を終え、彼が帰路につく馬車を見送った後のこと。
ようやく一息ついたパルスイートの元へ、スクラロースと入れ替わりのようなタイミングで一通の急報が届いた。
どうやら隣領の町にある警備隊からのもののようだ。
渡された封筒の表書きを見て、私の顔が引きつる。
宛名以外にはなにも書かれないはずの場所。
そこに、なんとも不穏な文言が併記されていたからだ。
『件名:貴家家臣を騙る武装強盗団(被疑者)の処遇について』
通常、封筒に書かれるのは宛先と差出人程度というのが世の常識。
余程の緊急事態でなければ、このように内容の概略が件名として記されることはない。
嫌な予感しかしないその文字に、私は震える手で封を切った。
『拝啓
パルスイート・アスパルテーム様
突然の書状にて失礼いたします。
この度、当領の町にて「パプリカ領に来れば珍しい食材がある」と商人を勧誘しておりました不審な集団の身柄を拘束いたしました。
彼らは貴殿の配下であると主張し、討伐の極めて困難な「鉄甲イノシシ」の肉や素材、ならびに「モヤシ」・「カイワレ」なる正体不明の草を喧伝し、行商人の呼び込みを行っておりました。
しかしながら、ピメント周辺は塩害地であり、作物の収穫はおろか、家畜の育成も困難な土地であることは周知の事実と認識しております。
そのような場所へ商人を呼び込む行為につきましては、人気のない荒野へ誘い込んでの襲撃、および買付資金の強奪を目的とした「野盗の罠」であるとの疑念を抱かざるを得ません。
よって、貴家の名を騙り詐欺・強盗を働く悪質な犯罪集団と判断し、捕縛するに至りました。
本来であれば、治安維持への悪影響および貴族家の名を騙る重罪により即刻処断するところですが、彼らの主張が万が一にも真実であった場合を考慮し、念のため確認のご連絡を差し上げた次第です。
明日の正午までに身元引受人が現れない場合、広場にて公開処刑といたします。
本件につきまして、あらかじめご承知おきくださいますようお願い申し上げます。』
…
……
………
「ちょ、ちょっとおおおおおおおっ!!」
私は手紙を握りつぶし叫ぶ。
処刑?
営業に行かせたら?
「野盗の囮」扱いで処刑!?
「サッカリン!
馬車を準備して!
馬は多めに、交代で馬車を引かせるのよ!
あと現金(保釈金)!
ソルビトール!
あるだけ持ってきて!」
「おうさ、お嬢」「畏まりました」
二人が同時に返事を返す。
こういうのは無駄に行動が早いくらいでいい。
「忘れ物ないわよね!
じゃあ全速力で向かうわよ!」
◇
隣町の衛兵詰め所までの道のりは、生きた心地がしなかった。
サッカリンに馬車を限界まで飛ばさせ、到着したのは処刑予定時刻のわずか一時間前。
「ちょぉぉっと待ったぁぁぁぁっ!!
その野盗……じゃなくて、その薄汚い男たちは私の部下よおおおっ!」
詰め所に飛び込むと同時に、ドン!と机に金貨袋を叩きつける。
「私がパルスイート・アスパルテームよ。
はいこれ証明、家紋見て確認してね!
で、こっちが迷惑料、および保釈金。
現金で耳を揃えて払うわ!
さ、うちの貴重な労働力、サクッと釈放して頂戴!」
衛兵たちはポカンとしていたが、本物の雇い主である貴族令嬢が登場し、しかも現金を積んだことでようやく納得してくれた。
「いやぁ、まさか本当にアスパルテーム家の使用人だったとは……。
でもアスパルテーム様、あんな何もない辺境に商人を呼ぼうなんて、無茶ですよ。
あんな『枯れた大地』に買い付け来いなんて言われたら、どんな商人だって『追い剥ぎの罠』だと思いますって」
「……うぐっ」
正論すぎて反論できない。
私は引きつった笑みを浮かべつつ、牢屋から解放されたナト達を回収。
彼らはボロボロの服で、涙と鼻水を流しながら私に縋り付いてきた。
「お嬢様ぁぁぁ……!
信じてもらえなかったんですぅぅ……!
モヤシを見せても『そんな貧相な草を餌に呼び出す気か!』って怒鳴られてぇ……!」
「あ~もうほんと、私が悪かったわ。
帰ったら温かいスープ(モヤシ入り)飲ませてあげるから。
とにかく、道中はゆっくり休んでなさい」
◇
ナト達を馬車に詰め込み、隣領の街から領主館に戻った頃には、すっかり日も落ち深夜を迎えようとしていた。
彼らに風呂と食事を取らせたあと、私は執務室でぐったりと椅子に沈み込んだ。
どっと疲れが出たのだ。
「……まぁ、でも。
常識で考えたらそうなるわよね」
私は天井を見上げた。
世間一般の認識では、パプリカ領ピメントは「塩害に侵された不毛の大地」だ。
そこへ「鉄甲イノシシ」の素材だの「モヤシ」だのを餌に商人を呼び込もうなんて、客観的に見れば「カモを誘き寄せる罠」にしか見えない。
隣町の衛兵の対応は、むしろ防犯意識が高くて優秀とさえ言える。
「そう考えると……よくスクラロースは来てくれたわよね」
普通の商人なら、ナト達への対応と同じように「怪しい」と門前払いしていただろう。
わざわざこんな辺境まで足を運び、商談に応じてくれたのは奇跡に近い。
「やっぱり、あの子の紹介は効くわね~」
そう呟きながら寝転がっていたベッドから体を起こし、机の引き出しから一通の手紙を取り出す。
差出人は
エリスリトール・アセスルファム
アスパルテーム伯爵家の大寄親である、アセスルファム公爵家のご令嬢。
私の数少ない……いや、唯一無二の「親友」。
…
…アレ?
指折り数える。
(あ、チクロ抜けてたわ。
やり直し!
チクロ・ズルチン侯爵令嬢も親友…と。
よし)
私の数少ない……いや、唯二無三の「親友」。
(うん。
全然しっくりこない。
唯一無二って数増やせる表現じゃないから当たり前か~)
とにかく、エリスとチクロは親友ってことでよし。
私が領地追放(謹慎)になった時、彼女だけが即座に手紙をくれた。
封を開けた時、そこには流麗な筆記体で、とんでもなく重い想いが綴られていたのだ。
『拝啓
親愛なるパルスイート様。
この度の追放処分、胸が張り裂ける思いです。
あの日、貴女が私のためにわざと悪役を演じ、泥をかぶってまで第二王子との婚約を白紙にしてくれたあの大恩……。
私は一生かけても返せるとは思っておりません。
貴女が不毛の地へ送られたと聞き、居ても立っても居られず、懇意にしているゼブラー商会に相談いたしました。
どうか、生きて。
いつか必ず、私が貴女の汚名を雪いでみせます。
追伸
チクロもまた、貴女様の身を深く案じ、心を痛めております。
どうか、くれぐれもご自愛くださいませ。』
「……はぁ」
私は手紙を読み返し、深い溜息をついた。
「相変わらず、真面目よね……エリスは」
『チクロも心配してますよ』ってフォロー入ってるけど、アイツは心配だったら勝手に乗り込んで来る戦車タイプだから。
まぁエリスなりに私に気を使ってくれたんだと思う。
そんなことよりも、だ。
兎にも角にも、彼女は盛大に勘違いしている。
私はあの日、自分のロイヤルライフとかロイヤルライフとか…まぁ主に自分の欲望に従って動いただけ。
その過程として彼女の婚約破棄が前提だったというだけであって、決して「彼女のため」でも「自己犠牲」でもない。
だが、根が真面目で高潔な彼女の目には、私が「ダークヒーロー」のように映ってしまったらしい。
「まあ、その勘違いのおかげで、こうして商人が来てくれたんだから
……結果オーライよね」
私は苦笑しながら、新しい羊皮紙を広げた。
この「勘違い感謝状」への返信には気を使うが、何かしらお返事くらいは返さないとね。
ついでに、即席スープの試供品もダースでオマケしておこうかしらね。
さすがにエリスも「貴女が作った魂のスープでも、流石にあまり美味しくありませんわね」とか言うかな?
そう言いながらも、超高級なティーカップで啜ってくれるに違いない。
さて…書くか!
『やっほ~エリス元気~』
…じゃなくて
『謹啓 エリスリトール・アセスルファム公爵令嬢閣下――と』
羽ペンを走らせながら、ふと手が止まる。
エリスへの敬称を書きながら、思考の渦が、口の中に血という鉄分の味を呼び起こす。
危ない…
昔エリスへの呼称を誤ってお父様にぶん殴られたんだったわ…
アレは……最悪な思い出よね。
そうそう、思い出と言えばあの二人との出会いも運命よね~
っていうかゲームの世界じゃストーリー通りってことか。
…
あれは、うちの大寄親であるアセスルファム公爵家で、エリスがデビュタントを迎えた日だったわね。
煌びやかな夜会の中で、私たちは出会ったのだ。
「……ふふっ」
思い出し笑いをしてしまう。
あの頃からエリスは「悪役令嬢」なんて無縁の良い子ちゃんだった。
チクロは…あっちはもっと堅苦しい奴だと思ったんだけどなぁ…
私はペンを置き、椅子の背もたれに体を預ける。
窓の外、まだ大して整備もされていない町の様子を眺めつつ、私は記憶の糸を手繰り寄せた。




