93 龍の覚醒
主人公がいる場面のみ一人称です
クシミールたちが、建物から外に出て周囲を見回せば、子供を抱えた女性らしき者が、必死の形相で村人に助けを求めていた。
女性らしきというのは、以前のモーナ同様に原人のような顔つきであり、服装は皆粗末な貫頭衣のため外見では、クシミールには見分けがつかなかったからだ。
「どうしました、何があったのです」
「娘が、あ、ひっ」
「大丈夫、この人たちは信用して良い」
クシミールを見て短く悲鳴をあげたが、村の者が安心するよう言って落ち着かせようとする。しかし、すがり付かれていた男性の方が、先に声をあげる。
「すまない。残念だがこの傷では、どうしようもない・・・」
男は村の薬師だった。そして男の見立てでは、子供の傷はほぼ致命傷であり、息をひきとるのは時間の問題だった。そして泣き崩れる母親の背にも大きな傷があり、母親もまた助けられないように思えた。
「まだ間に合う、子供を貸せ」
言ってモーブは、手にした小瓶を煽り、母親の腕から子供をもぎ取ると、すぐに子供の口に吸い付いた。
「なにを!?」
驚く母親の口元にモーブから小瓶が突きつけられる。
「子供に薬を飲ませた、お前も飲め」
モーブによって口移しで薬を飲まされた子供は、静かに寝息をたてていた。
「助かっもがっ・・・・・げっほげっほ」
口を開いた母親の口に、小瓶が突っ込まれる。突っ込んでいるのは当然モーブだ。
「モーブ殿・・・なんと言うかもう少し・・・」
母親が、薬を飲まされ盛大に噎せている様子を見て、クシミールがなにか言おうとするが、途中で言葉は途切れた。多分言っても聞かないだろうなあとでも、思ってしまったのだろう。
何はともあれ、母子は無事助かったわけだが、村を取り巻く状況そのものは少しも解決していない。むしろ兵士に見つかったとなれば一刻も早く移住する必要があるだろう。
と、その時。
「む、電話・・・ケントか、兵士の件か。ここは俺と近い種族の村だったんだが、村人が兵士に襲われた。・・・ああ、怪我は薬でどうにか。・・・そうか、難民の元に・・・わかったゲートを開く」
そして、ゲートが開き奈良健人が現れた。
「時間がないから、この村を全て送還する。そしてあの連中には、少し痛い思いをしてもらう」
村を村人ごと送還し、その跡地に家と車両を用いた防衛陣を作り、兵士の軍勢を待ち受ける。例によって俺は覆面をしているが、今回はオークやケンタウロス、アルケニー、コボルトなど一見して異種族とわかる者をあえて並べる。
「今回は謎の勢力じゃなくて良いのか」
「北部の・・・ブルクスだっけか、あの国が森との同盟を宣言してしまったからな。そろそろ、俺たちも表舞台に出ても良い頃だろう。でも、俺は外では姿を隠すけどな」
「まあ、王であるお前の素顔を隠すのに異論は無いが、この場でその覆面はかえって目立つぞ」
「じゃあ、人族とエルフはヘルメットやバイザーを装備すると言うのはどうだ」
「防具になるからそれがいいな」
ヘルメットなどを召喚し、急ぎ装備させる。
やがて、俺が用意した廃村方向から、帝国から来た兵士と難民が村に向かって進んできた。
「なんで、難民まで一緒にいるんだ」
「村の略奪に来たんじゃないか」
流石に難民の女子供はいないようだが、男たちは俺が村に用意してやった農具を手に、剣呑な雰囲気を伴いながら兵士たちの後をついてくる。
「恩を仇で返された気分だな」
「いや、あいつらは恩なんて感じてないぞ」
「いやわかってるさ」
異種族の村を見つけた、という報告を聞いた兵士長はこれを手に入れることを考えた。彼は帝都の治安維持の役目を負った、兵士たちをまとめる元兵士長で、下級貴族の系譜に連なるものであったが、混乱を極める帝国に見切りをつけ、自身の家族と部下にその家族をしたがえて、帝都を出奔したのだ。彼は家にあった地図を頼りに帝都をでて南下したが、行けども行けども町はなく、疲労に加え持ち出した食料がいよいよ無くなろうかという時、まだ廃村になって間もない村を見つけ、どうにか人心地つけることができた。幸い廃村にはそれなりの食料が残っており、数ヵ月は廃村に留まって生活できるし、多少荒れてはいたが村の近くには麦畑や野菜畑があったのだが、問題は帝都暮らしの彼らには農業知識に長けたものがおらず、畑を手に入れたところで、その管理のしかたがわからなかった。
そんな時、周囲の見回りに出ていた部下が、見たこともない異種族が住む村を見つけたという。当初は偵察中に狩ろうとした魔物に逃げられたのだが、逃げ込んだ先に村があったのだという。さらに偵察兵の報告では、村には畑もあったということから、これを手に入れれば農業技術を持った奴隷を手に入れられると考えた・・・のだが。
「おい、何だあの魔物どもは! それに村はどこにある? 報告した偵察兵はなにを見てきたんだ!」
兵市長が怒鳴る。彼が見たものは、オークやケンタウロスといった屈強な魔物や蛮族が、武器を構えて自分達を迎え撃とうとしている姿だった。加えて人の下半身が巨大な蜘蛛になっている魔物や、奇妙な鎧兜を身に付けた人族のような者たちまでいる。兵士とその家族の男衆で、数をもって村に脅しをかけるつもりだったが、目の前の魔物は自分達の倍程はいるだろう。戦いになったなら、自分達の不利は目に見えていた。
“野蛮なる人族よ、これより先は魔の森を統べる王が治める土地だ、直ちに引き返せ”
「な、何だこの声は、頭のなかに直接響いてくるようだぞ」
“これは念話、お前たちの頭に直接語りかけている。お前たちは既に理由もなく我が国の、国民に凶刃を向けている。お前たちを殲滅するに足る理由ではあるが、幸いにも襲われた母子は既に回復している。よって、今すぐ引き返し廃村よりこちらに来ないのであれば、見逃そう。だが、我が国を侵略するというのであれば、生きて帰れると思うなよ”
「便利な能力だが、ハンドマイクで良いんじゃないのか」
ジャミング君を再度起動し、モーブに答える。
「ハッタリだよ。大声よりもなんかすごそうだろ」
「まあな」
見れば人族は目に見えて動揺し、今にも逃げ出しそうな者もいる。この様子であれば、民間人もいることだし無理に戦おうとはしないだろう。
奈良健人が“これで戦闘は回避できるかな”などと予想をしていたその時、地の中でも動きがあった。
森の外周付近の地中に留まってしばし、徐々に落ち着きを取り戻した地龍は、改めて自己の状況を考えていた。本来龍種というのは、魔力を糧に永遠とも言える時を生きる存在であり、通常の生物のような生きるために不可欠な欲望どころか、感情すら希薄な存在なのだが、動揺して我を忘れたこの地龍は、あきらかに異質な存在といえる。
いや、そもそも地龍に自我があるのかすら不明なのだが・・・。
俺は火事で死んだはず・・・それにこの体はどう考えても人ではない。
己の現状に悩む地龍、前世の名を│金剛地 龍雄といい、社会人二年目で事故死した日本人の記憶を持つ転生者だった。
金剛地龍雄は、その名前に龍の字があることもあり、幼い頃から恐竜などが大好きな男だったが、就職を期に念願のアルマジロトカゲをペットとして購入した。子供の頃から通っていた爬虫類専門のショップに頼み込んで取り寄せてもらい、正規ルートで30万以上を支払って購入したものだ。
そしてある日、隣家からでた火で龍雄の家が類焼。龍雄はペットのアルマジロトカゲを助けに自室に向かうが、そのままトカゲと共に焼け死んでしまった・・・はずだった。
『これは、あれか? 人外系異世界転生ってやつか? 俺は・・・翼がないから、トカゲかな。そうかアルマジロトカゲと一緒に死んだから俺とアルマジロトカゲが一体化して異世界に転生したんだな。そうなると魔物を倒して進化をすれば、いずれ最強種族たるドラゴンになれるかもしれないな』
先程まで混乱し、オーガの惨殺に自己嫌悪していた彼は、トカゲではなくドラゴンである。そして人としての記憶と自我を得ても、ドラゴンには怒りや喜びといった、単純な感情はまだしも、人間のように倫理観からくる、複雑な感情は長く続かない。
そして、幸か不幸かそんな彼の元にも、奈良健人の広範囲思念波である念話が届いた。
次回11日予定です




