128 ブルクスの男女
「あっつ〜い」
広場に置かれたベンチに座り私は声を漏らす。
周囲には様々な露天が並び、中には馬車のような移動式の店舗もみられ、合間を子供がかけまわり、それを眺める人々は皆笑顔だ。
露天の客引きも、この街の活気を感じさせ、その賑やかさも決して不快ではない。
ただ、この暑さだけは少々つらく感じる。
「そりゃまあ、ドレスアーマーなんて鎧を着ていれば、暑いでしょうよ。でもそんな、お嬢に良い物がありますよ」
私のつぶやきに、軽食を買いに出ていた知り合いが、言葉を返しながら手にした木製の器の片方を、差し出してくる。
茶髪で顔立ちは整っているものの、どこか軽薄な雰囲気をもつ20代後半のこの男は、何か耐えるようにしながらも、口元の笑みを隠しきれないでいた。
「何よ、ニヤニヤして気持ち悪いわね」
差し出された器を受け取りながら、その中身に視線を向ける。
先ず目についたのは青と白。
一体いかなる物か分からないが、木さじの添えられた器に盛られた白き物に、異様な青い何かがかけられている。
「何これ?」
私が知る限り、食べ物で青い色というのは、めったに存在しない。しいて上げればブルーベリーだろうか?でも、色を判別できる生き物は青いものを口にしないというし、私も本当に青々としたものは、見ているだけで食欲が無くなるので、差し出されたそれを食べ物とは思えなかった。
「甘い菓子らしいですよ。珍しい物ですし、市場調査と思って食べてみましょうや」
言いながら彼はその青と白の物体を、匙ですくい食べ始めた。
それを見て、私もその青い物をすくい口へと運ぶ。
冷たい。
最初の感想はそれに尽きた。
そして後から感じる甘みと香り。砂糖と何かの柑橘類のように思えるが、こんな色の柑橘類には思い当たるものがない。この地方限定の産物なのだろうか?
そしてこの白い物の、正体は雪のような何か。
最初は、雪かと思ったけれど、後から違う何かなのだと気がつく。何故なら幼い頃に食べたそれとは、食感が違うように思えたからだ。
「甘くて冷たくて美味しいけど、この暑いのによくこんな、お菓子が作れるものね」
魔法に秀でた者は、氷の雨を降らせることができると言うし、そうした魔法で作られているのだろうかと私は考える。
「お嬢、もっとこうガーッと急いで食べないと、溶けてなくなってしまいますよ」
私が感想を言うと、なにか物足りなそうな、不満そうな表情で彼は言う。
「嫌よ、そんなことしたら頭がキーンてなるじゃない」
「あ、あれ、知ってたんですか?」
なにか当てが外れたように、がっかりとした顔を隠しもせず、そう言った彼に私は告げる。
「元田舎領主の娘を、舐めないでほしいわね。幼い頃に、雪で散々体験済みよ」
「そ、そりゃあ失礼しました。ですが…雪食べてたんですか?」
「我慢比べよ、小さな頃に誰でもやる物でしょ?」
「いや、聞いたことがありませんが」
「うちの村では、流行っていたわ。兄様や弟とも何度も対戦したし」
若干呆れを含んだ口調で言われると、ちょっと自信が無くなるけど、村では普通の冬の遊びだったわ。
「そうですか。あ、ちなみにこの菓子はかき氷と言うもので、氷を削って作るそうです。この青いのがブルーブルクスという名前で、他にはイチゴやオレンジにメロンなどの果物や、ミルクを煮詰めたものや、甘く煮た豆がのった物なんてのもありましたよ」
「そっちの方が美味しそうじゃない。なんで青い謎の物体を買って来るのよ」
「え、街の名前がついてるんですから、そりゃ買うでしょ。一応地元の産物が、使われているそうですし、これも調査の一環なんですし」
「……」
「タイハ、ナイデスヨ」
「なんでそこで片言なのよ」
「それにしても、活気があるわね。それに行き交う人々も身綺麗だし、聞いていた話とずいぶん違うわね」
一部薄汚れた人も居るけど、その人達は旅人のようなので例外として、地元の人達は薄着だけどきちんとした服を着て、ボロを纏った浮浪者や徘徊孤児などは見当たらない。それどころか色街や多少治安の悪そうな飲み屋街はあっても、スラム街と言えるような場所は、この街にはなかった。
「それなんですがね、暫く前に帝国で変事があって、そのドサクサに独立して、帝国と正面切って争う国と同盟を結んでから、こんな風に景気が良くなったそうですよ」
「それは噂の公国かしら?」
「そのようです。その上、帝国でも政変が起きて、今じゃ完全に公国にベッタリとか。一応独立国ですし、臣従しているわけではないようですが、公国から物資や産業技術の支援を受けて、国の立て直しに取り組んでいるとか。あそこは帝国とは違う国になったと、考えていいと思います」
「公国って、そんなにすごい国なの?」
私達は賑やかな広場の片隅で、かき氷を食べながら話を続ける。
「これ、そのかき氷店の隣の露天で買ってきたんですが、どう思います?あ、かき氷も公国発祥らしいですよ」
そう言って金属製の小箱が差し出された。大きさは私の掌より少し大きな感じだけど、意外と軽いように思う。小箱には蓋らしき部分があるけど、手で開けるのは難しそうに思える。
「こいつは、こうやって開けるんだそうです」
私が首を傾げていると、ナイフを取り出した彼が、蓋を軽くこじって開けてみせてくれる。
そしてその中身は……。
「焼き菓子…クッキーかしら?」
箱の中には一口サイズの焼き菓子が、ぎっしりと詰められていて、今もバターと小麦の香りが仄かに漂ってくる。
「こいつは公国が売り出して、この街の商人に卸している、冒険者向けの糧食らしいんですけど、これ一つ箱も含めての価格が驚きの大銀貨三枚(3,000円程)なんですよ。あ、冒険者っていうのはハンターみたいなもんですね」
「え、嘘これ何枚入って…いえ、それにこの箱は金属なのにこんなに薄くて軽い…この箱だけでも小金貨一枚(15,000円程)の価値が…それが冒険者向けの携帯食?」
「俺も食べましたが美味いですよ。まあ菓子としては甘さ控えめですが、そもそも糧食ですからね。でも、中身含めてなら軽く三枚(45,000円程)の価値があるかと…」
「携帯食って普通は堅パンや干し肉じゃないの?」
「それもあるらしいですが、こいつはこの箱に入っているので、水に強く保存が効くんだそうです。それに容器は使い回せるので、中身だけならもっと安く買えるんだとか」
クッキーと言えば、裕福な家庭の婦女子の食べ物で、その値段は一枚でもパンの何倍もする。とても魔物相手に戦うような、屈強な男が食べるものではないし、同じ値段で平民の何日分の食費にできるだろうか…。
「携帯食といっても、これは非常食なのかしら?」
「そうらしいですが、割りと大量に販売されてますよ。それと他にもこんな物が」
そう言って、背負っていたバッグから次々に箱を取り出す。
「え〜と、これはスープを乾燥させた粉末で、湯に溶かすだけで極上の味です。そりゃあもう、どんな高級店にも負けない味でしたよ。それからこっちは飴の入った缶。あ、この箱の事を缶って呼ぶんだそうです。飴は透明な瓶に入った物もありました。それとこれが魚肉の油漬けで、こっちは茶葉の缶で、これが赤子用ミルクの粉末…」
「ちょっと待って、あなた今まで何やってたのよ!」
私は声を抑えながらも、叫ぶようにそう言った。
だが…。
「この大陸の技術と文化水準を調べていましたが?この通りごく普通の平民でも、うちの富裕層の生活水準を軽く超える感じですよ。しかもまだまだ発展しそうな勢いです」
私の記憶が正しければ、彼は半年ほど前にこの街にきて、潜入調査をしていたはずなのに、出てくるのは食べ物の情報ばかり。この半年の間、一体何をしていたのだと思う私は、至極真っ当だと思うのに、この男はしれっと答えて“何かおかしいですか?”と言いたげな顔を向けてくる。
「なら、その財源はどうなってるの?ほんの少し前までは、こんなに発展していなかったはずよね。この国が急成長してるなら、それを支える産業があるはず、勿論それも調べてあるのよね?」
「勿論です。ですが俺が万の言葉で伝えるより、実際に体験していただいた方が、理解しやすいでしょう。ですから一緒に行きましょう……ダンジョンへ。大丈夫、俺が入れたんですから、お嬢なら問題ないですよ。先ずは道具屋に行って、人族向けの標準装備を整えましょう」
枕草子に削り氷と言う物が登場しますので、かき氷は平安時代にはあったようです。
青色着色料の原料は、ブルクス近くの海に生えている海草です。




