「静かな変革」 三吉梵天祭(秋田市)
阿久津傳は秋田で“静かな予感”を得ます。益荒男たちの神事を眺めながら、天啓のような予感を受け取ります。詩織も察しながら、緊張を深めます。
そして、同じ時間帯に日本の中枢部でも、良くない予感が漂い始めます。
某月17日、秋田市大平山三吉神社で梵天奉納が行われている中、阿久津傳と阿久津詩織の姿もあった。
二人は静かに拝礼を行い鳥居をくぐった。
これから、喧嘩梵天の集団が鳥居に殺到するので、少し離れた位置に逃げることにする。
三吉雷神様は、「力の神」である。
その力に肖ろうと安全祈願や子供の健やかな成長を願い、奉納を行うもの…
商売繁盛と日ごろのストレス解消の為に参加するもの…
取材陣のカメラの向けられている鳥居に多くの者が、梵天を掲げ走り込む。
順番争い
喧嘩
飾りをはぎ取ろうとするもの
それを阻止せんと立ちはだかるもの
筋肉と筋肉が、質量同士がぶつかり合い、揉み合い、そしてケガも大してせずに境内を進む。
「僕は、この神社にあまりいい思い出が無いんだけどね」
突然、阿久津は若い頃の思い出語り出した。
「酔っぱらった勢いで友達を守ろうと、数人相手にケンカを仕掛けたら、遠巻きに見ていた数十人も相手の味方で囲まれてボコボコにされたんだ」
「まあ、そんなことが!」
詩織は驚いた振りをするが、いつもは大人しい阿久津が、感情に身を任せた時の狂気を熟知しているので、さもありなんと納得をしていた。
「それでも、今年は大変な一年になりそうだから、三吉さんにも助けてもらわないといけないからね」
「そうですね。神様も昨年は笑い転げていたでしょうから、今年こそ頑張ってくださると思います」
なごやかな会話の中に、不穏さが隠れていた。
☆☆☆東京☆☆☆
丸の内の事務所で当代きっての切れ者たちが、顔を揃えていた。
五菱商事の役員と南部敏行、そして内閣情報調査室、防衛省、財務省、外務省の“影の実務家”が集まっていた。
「今頃、初詣に行っている暇人は、参加しないとしても、その後のかの国はどうなんだ?」
秋田の方に向かって、友人をディスりながら、南部は楽しそうに尋ねた。
「はい。中朝人民共和国ですが、静かに内部データの改ざんが異常値を示してきました」
「改ざんは以前からの常識だが、異常値とはどういう意味なんだ」
五菱商事の役員の一人が、首を傾げた。
「改ざんが間に合っていない。また、改ざんを一般市民に公開している者が居ます」
「それは命しらずにも程が有るな」
「どうも統計局の職員のようなのですが、国外脱出のついでに時刻設定で拡散しているようです」
内調の職員が、報告しながら回す書類には、統計的手法でグラフ化された、かの国の異常が明示されていた。
「北部の軍区が沈黙を続けている」
防衛省の続けて報告を行う。こちらは衛星写真や熱反応の分析、電波傍受の試みが資料として添付されている。
「静かなゆらぎが、どこまで広がるかな?」
南部が集約する。本当は、知恵袋に助言をもらいたいところだが、彼の友人は「神事」のために、しばらく地元を離れないと言っていた。
「総理には、報告済みですが、皆さまはどのような方向性をお望みですか?」
財務大臣の右腕と呼ばれている男が、周囲のビジネスマン達に阿るように尋ねる。
「そりゃ、望ましいのは現状維持だよ」
当然のように五菱商事側から返事が有った。
「泥沼の内戦や冒険的な外征の再挑戦も、無しでお願いしたいものだ」
別の商社マンたちも頷く。
「今は商売の季節。稼げるうちに稼いで、守りを固めなければ…」
財務省の男が言い終える前に、外務省の実務家が静かに資料を置いた。
「……その“季節”が、今年は短いかもしれません」
会議室の空気が、わずかに沈んだ。
誰も声を荒げない。
誰も驚かない。
「もう一度聞くが、北部戦区の沈黙は、まだ続いているのか」
南部が尋ねると、防衛省の男は淡々と頷いた。
「はい。熱反応は低下。補給線の動きも鈍い。電波傍受も、ほぼ無音です」
「無音ねぇ……」
南部は椅子に深く座り直し、天井を見上げた。
「静かすぎるのは、だいたい良くない兆候だ」
五菱商事の役員たちも、互いに目を合わせる。
商売人は、何よりも沈黙を恐れる。
沈黙は、嵐の前触れだからだ。
「総理はどう言っている?」
内調の職員が答える。
「“まだ動くな”と。状況が流動的すぎる、と」
「まあ、そうだろうな。あの人は慎重だ」
南部は笑った。
しかし、その笑いはどこか乾いていた。
「……で、知恵袋は?」
五菱商事の役員が尋ねると、南部は肩をすくめた。
「神事だとよ。秋田で梵天を見てるらしい」
「こんな時に?」
「こんな時だから、だろうな」
南部は、秋田の方向をぼんやりと見た。
その視線の先には、阿久津傳の静かな祈りがある。
そして、誰も知らない“変革の始まり”がある。
会議室の空気が、さらに静かになった。
その静けさは、ただの沈黙ではない。
世界が、音を立てずに変わり始める時の静けさだった。
実務家の軽妙な会話とその裏に潜む不穏
数字で語る国家の揺らぎ
そして、静かに世界が変わる気配
筆者にとって初めて固定読者が付いてくれた小説となりました。
ありがとうございます。




