亡くしたものの対価は
これで中朝国の野望は潰えるのでしょうか?僕はそうは思えませんから、次の一手を考えてみたいと思います、
激動の令和の政変から、ひと月。
日本中が新しい草薙内閣の誕生と、裏社会からクスリの売人や中朝系の影が文字通り「一掃」されていくゴールドラッシュに沸き立つ中、秋田市・川反の片隅にある古い自宅は、いつもと変わらない静けさに包まれていた。
「――博、お代わりいる?」
台所から、いつもの看護師長の顔に戻った阿久津詩織が、優しい出汁の香りが立つ味噌汁の鍋を手に声をかける。
「あ、もらう。やっぱり詩織の出汁が一番落ち着くなぁ」
居間の座卓で、相変わらずのんだくれた顔で缶ビールを片手にテレビの開票速報を眺めていた阿久津博が、嬉しそうに椀を差し出した。
その横では、五菱のタブレットで新生・南部コンツェルンの株価チャートをチェックしている静子、駐屯地の激務からようやく解放されて泥のように眠りこけている恵、そして「世界トレンド1位、完全に固定したよ!」とノートパソコンを叩いてドヤ顔をしている真実の姿がある。
誰が知るだろうか。
東北の、いや日本の歴史を裏側からすべて引っくり返し、甥の命を奪った薬物ネットワークごと隣国の野望をすり潰した元凶が、このコタツで鼻をすすっている男だとは。
「……ねえ、博」
詩織が博の隣に腰掛け、テレビに映る「失脚した元総理」のブザマな顔を見つめながら、悪戯っぽく微笑んだ。
「南部さんが怯えてたわよ。あなたが『次は国を一つ滅ぼそうか』なんて言うから。お義父様(佐伯翁)たちも、丸の内で戦々恐々としてるんだからね」
博は、詩織から受け取った味噌汁をずずっと啜り、ふっと目を細めた。
「まさか。僕はただ、失われたものの重さと、それを作った奴らの罪の重さが、ちゃんと同じ(、、)になればいいなと思っているだけだよ。……足りないなら、何度でも、どこまででも、お掃除するだけさ」
その瞳の奥に宿る、底知れない、限界を知らない純粋な狂気。
詩織は、そんな夫の壊れた天秤を愛おしそうに見つめ、その大きな手をそっと握りしめた。
令和の防人たちの戦いは、ひとまずの終わりを迎えた。
しかし、川反の鮫と、彼を飼い慣らす女王たちの円卓がある限り、この国を脅かす不浄なもの(ネズミども)は、二度と照らされた道を歩むことはできない。
(第一部・完)
第一部の完結まで息が続きませんでした。これからは定期的に文章を刻む訓練が必要ですね。




