Chap.1 - EP4(end)『霊蝕門 ―暗夜の標―』
マーセラ・スタイン。
かつてジャンヌと共にあらわれた、もう一人の聖女候補。
だが聖女に選ばれたのはジャンヌで、彼女は選ばれなかった。
つまり――なり損ないの聖女。
「どういう事だ……。何故、君が……」
ホランドが驚くのも無理はない。
候補から落ち、偽りだとされたマーセラは、中央教会によって連行されたはず。今はそこで、どうやって聖女に匹敵するような神霊力を得たのか、その方法や理由、詳しい背景などを調べられているはずなのだ。こんな所にいるわけがなかった。
なのに――。
「知っているのか、司祭」
当惑を押し殺して、コーネリアが尋ねた。
その言葉に答えたのは、マーセラ本人だった。
「ええ。よく存じ上げておりますわ、そちらの無能な聖女調査官様と、ニセ聖女様の事なら」
「何だと?」
「勿論、皆さんの事も知っていますわよ。滅びゆく王国の王子様に、ダンメルクの騎士様ですね」
理解が追いつかない二人に向かって、ホランドが告げる。
「彼女は、ジャンヌと同じく聖女候補になったマーセラという女性です。けれど不完全な聖女兵器によって、聖女とは認められませんでした、だから今は中央教会で調べられているはずなんです。なのにそれがどうして」
「認められなかった聖女――じゃああれこそが偽物ではないか。そんな女が何故――」
コーネリアの言葉を耳にし、マーセラがころころと笑い声を発した。教会の荘厳さと、先ほどまでの怪異もあるせいか、この場には相応しくない歪な笑い声に思えた。
「わたくしがニセの聖女? まだそんな事を仰っているのね、本当に見る目のない無能なお方だこと。あの時も言いましたが、わたくしこそが真の聖女。そちらのアバズレさんが、さっきの醜い巨級霊蟲にも手を焼く、出来損ないで使えない偽物さんですわ」
自分の事を虚仮下ろされたのもそうだが、先ほどから聞いていれば、何もかもを侮辱するような発言が止まない。
むしろ彼女の内面――心の奥に凝った醜悪さが鎌首をもたげているようにすら見えた。
そのせいで、彼女への腹立たしさよりも、得体の知れない不気味さの方が勝ってしまう。
「お前の仕業か、霊蝕門を開いたのは」
今度はオヴィリオが問い詰める。声には、明らかに怒りの感情が篭っていた。
「さあ、どうでしょう? まあそんな事は、どうでもいい事ではありませんか」
「何だと?」
「どうせこんな国は滅びるのです。一〇年以上前から聖女を蔑ろにしてきた王の治めるような、こんな国。滅びるのが当然ではなくって? ねえ、王子殿下? 貴方なら分かっておいでですよね」
咄嗟に、言い返せなくなるオヴィリオ。
ジャンヌとホランドも、驚きを隠せない。
まさかマーセラは、パウル王の罪を知っている? だとしたら、全ては繋がっているとでも?
何がどうなっているのか、混乱の上に混乱が重なる。
「何故お前が……一六年前の事を。お前は一体……」
「わたくしが何者かなんて、言ってるじゃないですか。わたくしは聖女。罪に塗れたこの国を清めるための聖女。オヴィリオ殿下やパウル王の罪業を清めるのが、このわたくし。そこの出来損ないの偽聖女などではありませんわ」
「俺の――罪?」
「貴方がたの罪に苦しむ人が、わたくしに協力を申し出てくれたのです。この国を救うため、わたくしに立ち上がって欲しいと。だからわたくしは、再び聖女に成り得た。清らかな心を持ち、この国を心底から憂うあの人のために」
「協力者が……いるのか? ――まさか……王宮に?」
「愚かな殿下には何も分からないでしょうね。すぐ側にいる人の心さえ分からない貴方になど」
「どういう意味だ」
「意味は分からなくて結構。それに、これも全部ただのきっかけなのだから。全てはあのお方の手のひらの上。あのお方の深遠なるお考えなど、貴方がたのような矮小な人間に理解出来るものですか。何も出来ず、遠く離れたこの地で、王国の滅びる様を指を咥えて見ている事ね」
「何の事だ――何をするつもりだ。まさか――」
焦りを帯びたオヴィリオの声を無視して、マーセラは最後に、ジャンヌに向かって言い放つ。
「さっき聖女兵器を出したばかりですから、おそらく一日は出せないでしょう。その一日が、貴女の愚かさの証ですわ」
完全顕現になったとはいえ、確かに連続で聖女兵器を出すのは神霊力の消耗から考えても難しい。おそらく一日は休まねばいけないというのは正しいだろう。
ただ、それが何だと言うのか。
その答えは、直後に判明する。
「それでは皆様、ご機嫌よう」
別れの言葉と同時に、マーセラは片手を上に掲げる。
教会のステンドグラスが逆光になり、おぞましくも厳しい、まるでこの世ならざる絵姿にすら見えた。
「暗夜を導く標となれ! 此処に開花を〝戦〟言する――アザウザ!」
光が放たれる。
それは礼拝堂を一杯に満たし、全員の視界を白く焼いた。
同時に起こる、建物の崩れる音。
咄嗟にオヴィリオとコーネリアが、ジャンヌとホランドを庇い退避する。音からなるべく離れた、巻き込まれない位置に。
やがて音と光が消えて視力が回復したのを確かめると、そこには天高く羽ばたく、白い巨人の姿が空の遠くに見えた。
当然だが、教会の屋根は全て崩れて曇天が露わになっている。
聖女調査で見た、あの不安定だった聖女兵器。
あれは教会の手によって封印されたはず――。
それがどうやって、顕現出来たのか。
そもそもどうして、捕まったはずのマーセラがいるのか。
霊蝕門災害との関係は。
そして――
「すぐ側にいる――だと? まさか……」
脳裏に浮かんだ人物を思い浮かべ、オヴィリオは愕然となる。
それが同じ人間かもしれないと思い、ジャンヌも暗澹たる思いに駆られた。
何もかもが分からない。何もかもが飛び去ってしまった。
突き破られた教会の屋根の向こう。広がる厚い雲から、ぽつりぽつりと落ちてきた冷たい滴が、先の見えぬ未来を暗示しているかのようであった。
〈予告〉
何もかもがわからぬまま、白い聖女兵器は飛び去った。
取り残されたジャンヌ達が焦る中、王都では異変が起きる。
散らしてはならぬ花を前に、ジャンヌとオヴィリオの決断は?
それはやがて最悪の事件のはじまりであり、一つの終わりを告げる狼煙となる。
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