Chap.1 - EP4(13)『霊蝕門 ―怪しい影―』
色々あったにせよ、街は清められ、災害は根絶した。
ジャンヌは具象化していたラグイルを引っ込め、息をつく。
霊蝕門も巨級霊蟲が出現する際、無理矢理門を広げた事により、完全に消滅してしまっている。脅威は完全に去ったと言えるだろう。
とはいえ、倒壊した建物は夥しいし、街も荒れ果てている。死んだ人間の数も相当だろうし、とても元通りからは程遠い。
けれども生き残った人間は、文字通り救われたのだ。
これが新たな聖女ジャンヌ・ジャンセンの最初の偉業になるはず――だった。
――しかし。
全員がひと息ついた、まさにその時。
突如騎馬の鞍に飛び上がり、馬腹を蹴って駆け出したのは――コーネリア。
ギルダは下ろしているので馬に乗るのは彼女一人。
「何?!」
オヴィリオが叫ぶ。みるみる遠ざかっていくコーネリアの馬。
呆然となりかける一同だったがすぐ我に帰り、いきなり何も言わずに駆け出していったコーネリアの後を追う。
ジャンヌ、ホランドをそれぞれの馬の後ろに乗せて。ただしギルダを乗せる馬がないので咄嗟に、
「ギルダはこのまま待っていて!」
と、ジャンヌは叫んだ。
「は、はい!」
そうして追跡をすると、それはほどなく街の教会に辿り着いた。
教会の入り口で馬を降りるコーネリア。その背に問いかける。
「何だ、いきなり?!」
「……女だ」
「は?」
コーネリアはジャンヌらを振り返り、鋭く目配せをした。
「私は北の森にある祠に、楔となった屍喰人を始末に行った。だがその森に入った時から、妙な視線をずっと感じていたんだ。最初は気のせいかとも思ったが、それでも妙な感覚は消えなくて注意は払っていた。が、それでもその視線が何かは分からなかった。そうしたらあの巨級霊蟲と聖女様の聖女兵器の戦いがはじまり、それに気を取られて、ついさっきまで完全にその事を忘れていたんだが……」
「それが?」
「ああ。遠くて分かり辛かったが、明らかに襲われていた街の住人ではない。あれは女性の姿だった。それがこの教会に入っていくのを見たんだ」
ジャンヌとオヴィリオが、顔を見合わせる。
コーネリアの表情は至って真剣そのもの。演技をしているとか罠に嵌めようといった風には見えない。何より、この数日間共に行動をしてきて、油断のならない隙のない人物だとは感じたが、事この一件に関しては、嘘のない行動をしていると感じていたのは事実だ。
先ほどもそうだった。
二度に渡りホランドを助けた事もあり、むしろ今この場に限って言えば、彼女は誰よりも信頼出来る〝味方〟だと思いはじめていたのだ。
だがここにきての不審な動き。
コーネリアは怪しい人影を見たと言うが、誰もそんな者は見ていない。
無論、見ていないからと言って嘘とは言えない。
問題は、この災害がダンメルク王国の工作によるものではないかと、ジャンヌ達が疑っている事であり、もしそうなら、彼女の発言は最も怪しいと言える。
可能性だけで言えば――災害に見立てて聖女であるジャンヌを王都から引き離し、そこで霊蟲をけしかけ、あまつさえ巨級霊蟲で聖女兵器を使わせる。そうしてジャンヌも守護士であるオヴィリオも疲弊しきったところで、コーネリアが二人を殺める――。
そんな筋書きも、ないとは言い切れないのだ。
二人も、そしてホランドや護衛の騎士も全てを分かったといった顔で、互いに頷き交わした。むしろギルダを置いてきた事が幸いだったと言うべきだろう。
最大限に警戒し、いつ何時、何が起こってもジャンヌとオヴィリオは守る――その心づもりで、コーネリアの話に耳を傾けた。
万が一この想像が当たっていても、既にコーネリアの能力は目にしている。何かあっても対応は不可能ではない。そんな風にオヴィリオも思った。
「貴女を見張っていた者が本当にいたとして――それが、どうしてその女だと?」
「身も蓋もなく言えば私の直感だ。だが間違いない。今の女が私を見張っていた――いや、我々を見張っていたのかもしれん。どちらにせよ、さっきまで邪霊の巣窟だったこの街で、助けを求めるのではなく傍観していただけでも充分怪しいだろう」
「……分かった」
怪しいのは、それを告げるコーネリアに対しても変わらない。
ジャンヌやオヴィリオ達からすれば、そう言いたいだろう。
あの怪物らを退治した後だというのに、むしろ今こそが大詰めといった心持ちか。
五人はそれぞれの思いを胸に、教会の中へと足を踏み入れていく。
礼拝の広間の中。
その奥にテルス教のシンボルがあり、並ぶ形で最初の聖女の彫像が飾られていた。
その下で跪いている、人影。
祈りの姿。
人影は祈りを終えたように立ち上がった。
では、コーネリアの言っていた事は真実なのか。いや、まだ分からない。
そう思ったが、女性らしきその後ろ姿を目にした時、ジャンヌとホランドだけが強烈な既視感を覚えた。
その背中、知っている――と。
まだ彼我の距離は離れており、片や礼拝堂の入り口で、片や最奥なのだ。けれどもはっきりと分かった。
女性が振り向く直前。
ジャンヌとホランドが、同時に「まさか」と口にする。
白のドレス。
金の髪。
ほんの僅かな見知り顔だが、それでも忘れられるものではない。
「お久しぶりですわ」
上品な物腰は、むしろジャンヌよりも聖女らしい。
「マーセラ……!」
距離はあっても、彼女が微笑んだのは分かった。




