Chap.2 - EP3(10)『博士と聖女 ―黒幕―』
双子塔の二階と四階には細長い回廊があり、それぞれ隣の塔への行き来が可能になっている。そのため構造上、二階、四階のみ、半分が回廊へ続く入り口と繋がっていて、部屋数も半分の二部屋だけの造りになっていた。
アムロイは気配を殺しながら、注意深く四階に上がったものの、そこには誰もおらず、めぼしいものもなかった。これで残すところは、五階と一、二階のみとなる。
ここで具象化したミニ・ラグイルが、アムロイの耳元で注意を促す。
「いるぜ。てめえの守護士が上に」
目を閉じて、気配を探るアムロイ。
確かに、人のいる感覚があった。それに、アクセルオの神霊力も
「……ちょっと待って。これ、殿下一人だけじゃないよね。しかも殿下もこんなに開けっ広げな状態だなんて……」
「隠す気はないって事だろう。誰かが侵入するなんて考えもしてないんだろうぜ。もしくは――」
「何?」
「見られても別に構わない、とかな」
「どういう意味?」
アムロイが不審も露わに尋ねるも、ラグイルは肩をすくめて惚ける。しかしここで些細な言い争いをしている余裕はない。
小さく溜め息をついた後、アムロイは細心の注意を払って上の階へと進んでいった。
上がってすぐの部屋には、何もない。
しかし揺らめく明かりと話し声で、明確に複数人の存在を覚えた。
そっと身を隠しながら、耳をそばだて、隣の部屋の様子を伺う。
少々聞き取り辛くはあったが、それでもかろうじて男の声が分かった。
妙に張りのあるテノールじみた声は、おそらくモーリス博士のものだろう。
それと、はっきりは見えないが、椅子に座っているような恰好の人物もいた。
どうにか顔を見れないかとアムロイが四苦八苦していると、さっきのモーリスの言葉に反応して、その椅子の人物の声が耳に届く。
――殿下だ。
聞き間違えはしない。アクセルオの声だった。
喜びと共に内心で、アムロイは舌打ちをこぼす。アクセルオ一人だけである事が最も望ましかったのに、博士までもいる。
とはいえ、それはどんな計画でも、思い通りにはなかなか上手くいかないというものだろう。それに、いくらギルダが有能でも、さすがに一、二日でモーリス博士の行動までも把握しきるのは無理な話である。
ここは凝っと身を隠して様子を見計らい、モーリスが出ていくのをひたすら待つしかなかった。
やがてその状態を続けていると、会話の内容もはっきりとしてくる。
「上手くいけばこいつも利用出来ると思ったが、あのジャンヌという聖女の異能――いや、特性なんでしょうネ。異質な神霊力をある程度はねつけるというか、守護士になる事でいわば耐毒に近い能力を得たらしい。いわゆる聖女の異能とは違う、後天的に獲得した資質という事か」
「そいつの力でボクを操ろうとでも言うのか? 無駄だね。ボクにはそんな価値もないし、そこまでの力だってない」
「操る? また下品な発想だネェ。第一、人を操る事に、わざわざワタシの研究や彼女の神霊力を使う必要などない。人一人を思い通りにするなど、言葉と思想だけあれば造作もない事だヨ。――いいかね、人は言語で世界を視て、知識で世界を識る生き物だ。この世で最も浮薄な〝言葉〟などというものでこの世を理解する人間など、認知を歪めれば簡単に行動を意のままに出来るものさね」
会話の意味は分からない。けれど、どうやらモーリス博士が、アクセルオに何かをしようとしているのだけは分かった。つまり、残された時間があまりない事だけは、確かなようである。
「どうした? キミの大事なジェラルドの代わりにでもなってくれると期待していたのか? 健気な事だヨ」
「そんなつもりは……」
「だが残念ながら、キミの願いは叶わない。分かっているだろう? クローディア」
アムロイの息が詰まる。
クローディアが、ここにいる――だがそれよりも、あのクローディアに対し、王国専属とはいえただの研究者が上からものを言っている。
その歪さが示す事実は一つ――。
「まァ、興味があったのは、あのジャンヌとかいう聖女だからネェ。この男を使ってジャンヌに接触出来ないものかと考えたが、さすがあの方でさえ読めなかった聖女だ。こいつ経由でも、調べるのになかなか骨を折るかもしれないネ」
あの方――?
結論を着けかけたアムロイの思考に、モーリスの一言が引っかかる。
それにもう一つ、はっきりした事があった。
このモーリスやクローディアには、アムロイの正体――ジャンヌの正体――がバレていないという事。
だがそれは同時に、バウル王にあてた手紙の主が誰なのか、余計に分からなくなったという事も意味していた。
「しかしだ――キミの力でもってしても倒しきれなかった、あのジャンヌという聖女には興味が尽きないヨ。未だにこちらの思惑を引っ掻き回してくれるだけではなく、予測もまるでつかない。まァ、そうは言っても、それもこれもここまでだろうが」
部屋の中の空気がざわつく。気配が変わったというか。
「まさか……呼んだの……?」
「ジャンヌの名を出せば簡単だったヨ」
「何を考えてるの……!」
クローディアの声が違っている。明らかな動揺。
あの高邁なクローディアのそれではない。
コーネリアが言うところの〝本当の〟クローディアを思わせる声。
「どうもこうもない。この男がいて、あのジャンヌもいる。いくらあの小娘が愚かでも、キミの言っている言葉が虚偽に塗れたものだという事は明らかだ。ならばすっきりさせた方がいいに決まっている。欺瞞は暴かれ、偽証は正される。そうする事で、解明に至るものもあるというものだヨ」
「何が……」
「誰が〝あの方〟の役に立つべきか、だヨ。選ばれるべきは誰か、それは自ずと決まるというものだ」
「おい、何を言ってるんだ。ボクにも分かるように言え」
「被験体は静かにしていたまえ。どいつもこいつもピーピーとよく鳴くものだヨ」
アクセルオも状況の変化に着いていってないのだろう。しかし博士とクローディアの会話に口を挟むも、答えを得られるはずもない。当然だが、アムロイにも分かってはいなかった。
「そういうわけだ。もうそろそろ出てきてもいいんじゃないかネ」
いきなり、声の音量を少し上げるモーリス博士。
アムロイは思わずドキリとする。
――こっちに向けて言った?
まさかと思い、身を固くした。
「いつまでそうやってるつもりだネ。もう充分いいものが見れただろう? ここからは説明の時間といこうじゃないか」
明らかに、声の方向がこちらへ向けられている。
アムロイが隠れているのは隣の部屋。扉の開いた隙間から様子を伺っていたのだが、まかさここに居るのがバレていたというのだろうか。そんな失態を犯したはずはないと思いつつも、心臓の鼓動が抑えきれない。一瞬で全身に冷や汗が噴き出したかのような感覚になる。
コツコツと靴音が近付いた。
それがまるで死刑宣告の秒読みのようで、アムロイは思わず両手で口を塞ぐ。
「出てくるんだ」
最早隠れようがないという事か。だったら逆に、こちらから出ていくべきか。
――どうする?
不意をつくなら今だった。
けれども躊躇いを捨てきれない。迷いが足を竦ませる。
更に近付く足音。
「どうした? 来ているのだろう?」
こうなったら――と覚悟をしかけた。
一度固く目を閉じた後、アムロイは意を決して足を出す――。
その瞬間。
「どうして」
声がした。
アムロイが顔を上げる。まだ――扉に手はかけていない。
部屋は出ていない。
目の前に、モーリスの姿があるわけでもない。
「どうしてここにいるんですか――お兄様」
隙間から見たそこにいたのは――レイア。
アクセルオの前に、レイアが立っていた。
驚愕するアムロイ。言葉を失う。
どうしてなのはむしろ自分だ――と叫びそうになりながら、必死で声を押し殺す。
けれどもその驚きすら、すぐさま掻き消されてしまう。
唐突に慌ただしい足音が響き、咄嗟にアムロイは潜んでいた部屋からもう一つの隣へ身を隠した。
足音は階下から登ってきた人物のもの。
「何だ、騒々しいネ」
「申し訳ございません。その――至急ご連絡がございまして」
その姿に、アムロイは再び驚きを隠せない。
それは、聖堂聖騎士のオズワルドだったからだ。
螺旋階段を急いで駆け上がってきたからだろう。若干、オズワルドの呼吸が乱れている。
「リカードよりご連絡です。ゼーランの司祭殿――ホランド・ジャンセン司祭を、あいつが捕縛したとの事です」
耳にした瞬間、アムロイの思考は混乱のあまり真っ白になっていた。
黒幕が判明したと思ったら、そこにレイアがあらわれ、今度はホランドが捕まったという報せ。
――何が起きているんだ。
身を潜めて凝っとしているはずなのに、グラグラと足元が揺れて今にも落ちてしまいそうな、そんな感覚をアムロイは覚えていた。




