第94話:深淵の清掃屋――星喰大蛇の孤独な胃袋と、煌めく銀河の脱皮
### 第94話:深淵の清掃屋――星喰大蛇の孤独な胃袋と、煌めく銀河の脱皮
特異点の深部、光すらも「影」を落とす漆黒の領域。
『アストラル・クルーザー・マキナ』の目前に、それは横たわっていた。
全長、数万キロメートル。
鱗の一つ一つが極小のブラックホールで構成され、周囲の瘴気を絶え間なく吸い込み続ける巨大な絶望の環――Sランク魔物、**『虚無を泳ぐ星喰大蛇』**である。
「……マスター。前方、空間の質量密度が測定限界を突破。……大蛇が瘴気を吸い込むたび、周囲の『理(物理法則)』が削り取られていきます」
メテオの警告に、カイトが演算鏡を叩きながら戦慄する。
> **【虚無の質量摂動方程式】**
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> ※アインシュタイン方程式の右辺(エネルギー運動量テンソル)が大蛇の「空腹」により無限大へと発散。周囲の空間が物理的に消滅しかけている。
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「お師匠様、あれは……ただの魔物じゃありません。宇宙から出た『ゴミ(バグ)』を一身に引き受け、処理し続けている……この深淵の浄化槽そのものですわ!」
シズルの声が震える。大蛇の体は、限界まで吸い込んだ瘴気によって赤黒い亀裂が走り、今にも自壊しそうなほどに膨れ上がっていた。
#### 1. 抱擁:溜まりに溜まった「毒」の肩代わり
「……苦しいよね。ずっと一人で、みんなが捨てた悪いものを食べてたんだね」
リオンが、艦橋の展望ガラスにそっと手を触れる。
大蛇の赤い瞳は、狂気ではなく、耐え難い「激痛」に濁っていた。宇宙のバグを食らって消去し続けるその使命は、誰に感謝されることもなく、ただ自身の肉体を内側から腐らせていく孤独な作業。
「トキオ、あの子のところまで時間を飛ばして!」
『リョウカイ、マスター。……「衝突」マデノ因果……全テ……カット……イマ、隣デス』
トキオが時間を数秒だけ「省略」した瞬間、マキナは大蛇の巨大な頭部の至近距離へとワープした。
リオンは迷わずハッチを開け、ハクヤに乗って虚無の海へと飛び出した。
「リオン君、無茶だ! 奴の周囲は絶対零度の虚数空間だぞ!」
ジンの叫びが響くが、リオンは止まらない。彼は大蛇の、星のように巨大な鼻先にふわりと着地した。
「もういいんだよ。……君が食べた悪いもの、俺が全部、綺麗なキラキラに変えてあげる」
リオンが大蛇の赤黒い鱗に抱きつく。
その瞬間、大蛇が蓄積していた数千万年分の「宇宙のストレス(瘴気)」が、逆流するようにリオンへと流れ込んだ。
「グルゥゥゥゥゥッ!!」
大蛇が苦悶にのたうち、宇宙を震わせる。だが、リオンの【神羅万象の絆】は、その巨大な負のエネルギーを「リオンへの愛」という名の正のエネルギーへと一瞬で変換してしまった。
#### 2. 進化:SSS級【深淵を浄める銀河大蛇】
「君の鱗、磨いたらとっても綺麗になるよ。……これからは、俺の船のお掃除係になってくれる?」
リオンの慈愛が大蛇の胃袋(虚無)を黄金の光で満たした。
赤黒く腐りかけていた鱗が、一斉にパラパラと剥がれ落ちる――それは「宇宙規模の脱皮」であった。
『ピコンッ!』
『虚無を泳ぐ星喰大蛇(Sランク)の浄化およびテイムに成功しました!』
「君はとっても長くて、夜空を包み込むマフラーみたいだから……名前は、**『ヨルム』**だよ!」
**パァァァァァァァァンッ!!**
脱皮した後のヨルムの体は、漆黒ではなく、透き通るような「星雲」で構成されていた。
『名付けによる超常進化を確認しました。』
『虚無を泳ぐ星喰大蛇は、**【深淵を浄める銀河大蛇】(SSSランク)**へと進化しました!』
#### 3. お掃除のスペシャリスト:究極の外装メンテナンス
「お師匠様……見てください! マキナの汚れが……!」
シズルが驚愕して叫ぶ。
仲間に加わったヨルムは、マキナの船体を愛おしそうに数重にも巻き付いた。
そして、船体の装甲にこびりついていた微細な瘴気の塵や、次元の歪み(バグ)を、ペロリと舌で舐めるように吸い取っていったのだ。
『マスター。……オソウジ……完了。……コノ船、モウ……宇宙デ一番……ピカピカ』
ヨルムが体を震わせると、マキナの銀色の装甲は、鏡のように深淵の景色を美しく反射し始めた。
それだけではない。ヨルムが船体に巻き付いている間、マキナは「宇宙のあらゆる干渉を無効化する」という、無敵のステルス&防御能力を手に入れたのだ。
「……物理的な摩擦抵抗ゼロ。さらに、船体に付着するエントロピーをヨルムが常に食べて消去している。……リオン君、この船は今、**『永遠に新品状態が続く』**という物理的パラドックスを体現したぞ」
カイトが計算機を放り投げて笑う。
#### 4. 次なる標的、そして深淵の「心臓」へ
トキオによる「時間の短縮」と、ヨルムによる「バグの消去」。
最強の二体が加わったことで、深淵の航海はもはや「遠足」のような快適さへと変わった。
「トキオ、おやつ頂戴! ヨルム、あっちの暗い雲も食べてくれる?」
『ハイ、マスター。……0.0001秒デ……焼キ立テタルト、準備完了デス』
『ギュルルゥ……オイシイ……。……次ノ「迷子」……見エタ。……光ノ輪ヲ持ツ……壊レタお人形サン』
ヨルムの視線の先。
そこには、壊れた物理法則の瓦礫の中に座り込み、虚空を指差して宇宙の修正を試み続ける、最後にして最大のターゲット。
SSランク――**『原初の機巧女神』**。
「よし、行こう! あの子の悲しいお仕事、俺たちが代わってあげなきゃ!」
リオンたちは、もはや何者にも邪魔されることなく、深淵の最深部――世界の真理が眠る「特異点の核」へと、最後の突入を開始した。




