第74話:大気圏突破の洗礼――深淵の廃品(ジャンク)と、艦長(テイマー)の決断
### 第74話:大気圏突破の洗礼――深淵の廃品と、艦長の決断
白銀の超弩級魔導戦艦『アストラル・アルカ』が、重力の楔を完全に振り切った。
展望デッキのガラス越しに見えていた「青」が、グラデーションを描くように濃紺へと沈み、やがて完全な「漆黒」へと反転する。
「……抜けたぞ。ここが星の境界線の外側。**外宇宙の深淵**だ」
カイトが息を吐き、コンソールを叩く。
「わぁ……! 星が、宝石みたいに光ってる!」
艦長席に座るリオンが、目を輝かせて宇宙の海を見渡した。隣ではルミナスやサラ、アイリスといった乙女たちも、初めて見る神話的な光景に感嘆の声を漏らしている。
——だが、その「宇宙への感動」は、わずか十秒で凄惨な警報音によってかき消された。
**ビーーッ!! ビーーッ!! ビーーッ!!**
「なんだ!? レーダーに巨大な質量反応! いや、質量じゃない……『異常な概念』が接近してくる!」
ジンが軍師の顔つきに戻り、全艦に第一種戦闘態勢を布告した。
#### 1. 遭遇:星を喰らう狂気の廃品
アストラル・アルカのメインスクリーンに、急速に接近してくる「それ」の姿が映し出された。
「……おいおい、冗談だろ。なんだよあの、悪夢のスクラップは……」
シンが顔面を蒼白にさせる。
星の光すら捻じ曲げる濃密な紫の瘴気。
その中心で蠢いていたのは、折れ曲がった戦艦の装甲、ひび割れた魔導炉、そして無数の「苦痛に歪む人間の顔の肉塊」を、どす黒い糸で無理やり繋ぎ合わせたような、巨大な蜘蛛型の怪物——**『忘却の捕食者』**だった。
『……ギ……ガガ……。……コワレ……タ。……ナオ……セ……。……イタイ……』
通信機を通さず、船内の全員の脳裏に直接、ノイズ混じりの「悲鳴」が響き渡る。
それは魔物ですらない。かつてどこかの世界で使われ、壊れ、瘴気に汚染されて宇宙のゴミ捨て場に投棄された「兵器と命の成れの果て」。
>
> ※カイトの演算鏡が弾き出した脅威度。物理法則に縛られない「廃棄されたバグ」のエネルギーは、計測不能なまでに発散していた。
>
「リオン君、不味い! 奴の装甲はアダマンタイトすら侵食する『概念の錆』だ! 触れられれば、この船のシステムごと同化されて喰われるぞ!」
カイトが冷や汗を流しながら、主砲のチャージを開始する。
#### 2. 神の沈黙:使徒への絶対の信頼
その絶望的な脅威を前に、艦橋に黄金と漆黒の光が降臨した。
過保護神アルトワールと、冥界神アイゼル。
だが、彼らはいつものように「チートバリア」を張ったり、敵を「ギャグ」に変換したりはしなかった。
『……リオン。よく聞きなさい』
アイゼルが、いつになく厳粛な声で告げる。
『あれは、世界のシステムが「不要」と判断して切り捨てたゴミ……純粋なシステム・エラーの塊ですわ。魂はとうの昔に壊れ果て、ただ「自分を直せ」と泣き叫びながら、他者を喰らい続けるだけの悲しき捕食者』
『リオンよ』
アルトワールもまた、ふざけた態度を一切捨て、一柱の「神」として真っ直ぐにリオンを見つめた。
『神である私ならば、あれを瞬時に「無」へ帰すことができる。……だが、お前はこのアストラル・アルカの艦長であり、世界を繋ぐ最強のテイマーだ』
神々は、リオンの両肩にそっと手を置いた。
『救済か、破壊か。……この宇宙の深淵において、お前が何を選択しようとも、我らはお前の意志を尊重しよう』
神々が、初めてリオンに「世界の運命」を完全に委ねた瞬間だった。
#### 3. 艦長の決断:吉か凶か
艦橋が、凍りつくような緊迫感に包まれる。
スクリーンの中では、ジャンク・イーターが巨大な顎(錆びた戦艦の艦首)をガバッと開き、アストラル・アルカを丸呑みにせんと突進してきている。
ジンが剣の柄に手をかけ、カイトが主砲の引き金に指をかける。
ルミナス、シン、アイリス、サラ、そしてハクヤたち魔物も、リオンの「次の一声」に全命運を託し、息を呑んで彼を見つめていた。
「…………」
リオンは艦長席から立ち上がり、スクリーンに映るおぞましい怪物を見据えた。
醜く、恐ろしく、触れれば自分たちまで腐り落ちてしまうかもしれない、絶対的な「拒絶」の象徴。
だが、リオンの【深淵の対話者】のスキルは、その怪物の奥底から響く、小さな、本当に小さな「子供の泣き声」を確かに拾っていた。
リオンの琥珀色の瞳が、燃えるような黄金の輝きを放つ。
「ジンさん、カイトさん」
リオンの声は、震えていなかった。
「あの子は、『直して』って泣いてる。……壊れて痛いから、誰かの部品を奪おうとしてるだけなんだ。だったら……」
リオンが、迷いなく指を突きつけた。
「アストラル・アルカ、全システムを『修復モード』へ移行! カイトさんの『神殺しのワクチン』と、ゲイルの『魔導修復ナノマシン』を全弾装填!!」
「……本気か、リオン君! 相手は正真正銘のバグだぞ! 弾かれたら、逆に俺たちがハッキングされて船ごと宇宙の塵だ!」
カイトが叫ぶ。
「うん! でも、俺は『テイマー』だから! どんなに壊れたガラクタでも、俺の家族になれば、ピカピカの新品にしてあげられる!」
リオンは、破壊ではなく**「救済」**を選択した。
「……ハッ。狂ってる。だが、だからこそお前は俺たちの主だ!」
ジンが不敵な笑みを浮かべ、艦隊の操舵輪を大きく切った。
「総員、衝撃に備えろ! 相手の懐(エラーコードの中心)へ飛び込み、強引に『治療』を叩き込むぞ!!」
#### 4. 激突の瞬間
『ガァァァァァァァッ!!!(喰ウ……ナオセェェェッ!!)』
ジャンク・イーターの放つ無数の錆びた触手が、アストラル・アルカの白銀の装甲へと殺到する。
対する戦艦は、回避行動を一切取らず、ただ一点の「光」を艦首に集中させながら、怪物の巨大な顎の中へと自ら突っ込んでいった。
神の介入はない。
あるのは、物理学の極致と、少年の狂気的なまでの「慈愛」のみ。
この選択が、宇宙の深淵に奇跡を呼ぶ「吉」となるのか。
それとも、船ごと絶望の海に飲み込まれる最悪の「凶」となるのか。
漆黒の宇宙空間で、白銀の光と錆びた暗黒が、ついに真っ向から激突した。




