第59話:狂える神の残滓と、生存者への神恩
第59話:狂える神の残滓と、生存者への神恩
白銀の巨艦『アストラル・アルカ』が、四連装スラスターから清浄な魔力の炎を吹き出し、再び灰色の空へと舞い上がった。
艦内ラウンジでは、清潔な毛布に包まれ、人生で初めて「温かいココア」を口にしたシンが、窓の外でみるみる遠ざかる地獄の景色を呆然と眺めていた。
「……信じられねえ。この高度、この安定感。俺が二十年這いつくばってきたこの大陸を、あんたたちは『観光』みたいに通り過ぎるのか」
「観光じゃないよ、シン君。これは『お掃除』だね」
リオンが笑った、その時。ラウンジの中央に、眩いばかりの黄金の粒子が収束し、我らが過保護神アルトワールが、扇子を振り回しながら派手に顕現した。
1. 神の号泣と、シンへの「報奨金」
『うぉぉぉぉぉん! シンよ! 苦労したな、よくぞ生き残った! 管理外のバグ地獄で、二十年もたった一人で群れを守り抜くとは……! おじさんは感動したぞ!!』
「うわぁっ!? なんだこの光るおっさん!?」
「シン君、落ち着いて。俺の主神のアルトワール様だよ。ちょっと……いや、かなりうるさいけど悪い人じゃないから」
『おっさんとは失礼な! だが許そう! 貴様のその「折れない心」、気に入った! サービスだ、リオンの仲間に加わった記念に、貴様の低スペックな「生存本能」を神級までアップデートしてやろう!』
アルトワールがパチンと指を鳴らすと、黄金の光がシンの脳内に直接流れ込んだ。
【死地を穿つ慧眼】
効果:あらゆる「不具合(瘴気・罠・弱点)」を視覚化し、絶望的な状況から「生き残るための最短ルート」を自動演算する。さらに、ガラクタから伝説級の素材を回収する「解体」能力を付与。
「な……頭の中に、世界の『構造』が流れ込んでくる……。おい、この船の構造まで見えるぞ!? なんだこれ、チートってレベルじゃねえ!!」
「良かったね、シン君! これで君も『攻略組』だ!」
2. 冥界神の告白:狂える管理神の真実
『アルトワール、はしゃぎすぎですわ。……シン、貴様がこれほど苦労したのには、明確な「システムのバグ」が存在するのです』
黄金の光の隣で、影のようにアイゼルが佇んでいた。彼女の表情はいつになく険しい。ジンとカイトも、その言葉を聞き逃すまいと姿勢を正した。
「アイゼル様。この大陸の瘴気が、前の大陸より格段に『毒性』が強い理由……それに関係があるのですか?」
『ええ。本来、この大陸エゼルガルドを管理すべき神——守護神モルグス。……彼は現在、瘴気に汚染され、自我を失っていますわ』
「神様が、瘴気に!?」
リオンが声を上げる。アイゼルは冷たく、悲しげに頷いた。
『神が狂えば、その神が管理する「法則」も狂います。あの大陸で、獣人とエルフが終わりなき戦いを続けているのは、モルグスが流し続ける「憎悪のシステム・エラー」が原因。……今の彼は、救済を垂れ流す神ではなく、絶望を再生産する「瘴気の心臓」と化していますわ』
「なるほどな」
ジンが顎に手を当てる。
「つまり、この大陸の浄化ってのは、単にお掃除をするだけじゃ済まない。狂った神様そのものをテイムするか、再起動しなきゃならないってことか」
「理論上、神の汚染を解除するには、リオン君の『慈愛』に加えて、俺の『論理演算』によるシステム介入が不可欠だ。……やりがいがあるじゃないか」
カイトが不敵に笑い、コンソールを叩いた。
3. 鉄牙城、到着:地獄の最前線
女神アイゼルの重苦しい説明が続く中、アストラル・アルカはついに目的の座標へと到達した。
「……見えたぞ。あれが獣人の牙、**『鉄牙城』**だ」
雲を割り、艦首の展望窓に映し出されたのは、切り立った断崖の上に築かれた無骨な巨城。
だが、その城は今、どす黒い紫色の霧――モルグスの「神の瘴気」によって塗りつぶされていた。
城の周囲では、瞳を赤く光らせ、理性を失ったエルフの軍勢が、自らを焼き尽くさんばかりの狂った魔術を放ち続けている。対する城壁の上では、傷だらけの獣人たちが、咆哮を上げながら死兵となって応戦していた。
「……ひどい。みんな、自分たちが何をしてるかも分かってないんだ」
リオンが立ち上がり、拳を握りしめた。
その背後では、四神たちが主の怒りに呼応するように、静かな、しかし圧倒的なプレッシャーを放ち始める。
「ジンさん、カイトさん。……一番派手なやつ、お願い」
「了解だ。……ルミナス様、辺境伯軍の『聖域障壁』で城を包囲してください。汚染されたエルフたちを傷つけずに無力化します」
「お任せくださいませ。……セバス、サラ。あの方たちに、真の『聖域』というものを見せてあげなさい」
ピィィィィィィィン!!!
アストラル・アルカの船体全体が、黄金と銀の混ざり合った神聖な光に包まれる。
狂った神が支配する戦場に、理外の救世主が、物理法則を蹂躙しながら降り立つ。
「シン君、見てて。……君が守りたかった世界、今から俺が塗り替えてあげる!」
巨艦から放たれた『広域浄化砲』が、戦場を覆う紫の闇を、夜明けの太陽のように切り裂いた。




