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第57話:忘却の霧を越えて――静寂の侵攻と、対照的な日常

第57話:忘却の霧を越えて――静寂の侵攻と、対照的な日常

 大陸間を隔てる絶望の壁――『忘却の霧ミスト・オブ・オブリビオン』。

 そこは、物理的な霧ではなく、精神を摩耗させ、方向感覚を奪い去る特殊な「空間の位相の歪み」であった。

 しかし、超弩級魔導戦艦『アストラル・アルカ』にとって、その障壁はもはや障害にすらならなかった。

1. 静寂の突破:理論と加護の融合

「カイト、位相整合フェーズ・マッチングはどうだ?」

「問題ない。この霧の周波数は \bm{f \approx 440 \, \text{THz}} の魔力共振を起こしているが、神の加護による『絶対乾燥領域』が空間ごと弾き飛ばしている。……計算上、このまま音もなく突破できるぞ」

 カイトの指がコンソールを踊り、船体は物理的な接触を拒絶するように霧の中を滑り出す。

 外の世界では、一寸先も見えない白銀の闇が渦巻いているが、艦橋ブリッジではジンが『天眼』を駆使して霧の向こう側を透視していた。

「……まもなく抜ける。ルミナス様、戦闘準備は?」

「ええ。いつでも辺境伯軍の精鋭を展開できるよう、転送門を待機させておりますわ」

2. 船内のギャップ:作戦室とプレイルーム

 そんな緊迫した空気が漂う艦橋の一方で、艦内の中央ラウンジには、まるで別世界のような光景が広がっていた。

「わーい! クジラさんの背中、ふかふかだねー!」

「ティム、見て! ハクヤちゃんがアイス作ってくれたよ!」

 子供たちは、伝説の神狼ハクヤを巨大なクッション代わりにし、小さなクラーケンのシルビアを頭に乗せてはしゃぎ回っていた。四神たちも、カゲロウ(朱雀)が子供たちのジュースをちょうどいい温度に温め、ライガ(白虎)が尻尾で幼児をあやすなど、完全に「有能な保母さん」と化している。

『おおお……! なんという平和な情景! 見よアイゼル、私のリオンが育てた子供たちのこの薔薇色の頬を! 霧の恐怖など微塵も感じさせぬ、これこそが真の教育よ!』

 黄金の光と共に現れたアルトワール神が、感極まってハンカチで涙を拭っている。しかし、その隣に立つ冥界神アイゼルの冷徹な視線が、彼の後頭部を突き刺した。

「……アルトワール。貴方は少し、自分の立場と『現実』を混同しすぎですわ」

『ぬおっ、アイゼル!? 何故そんなに怖い顔をするのだ』

「外では今、数千年の歴史に封印された怨念の霧が、私たちの魂を喰らおうと必死に船体を叩いているのですよ? それを、子供たちがプリンを食べているから安心だなどと……脳内がハチミツで満たされているのですか?」

『ひ、ひえっ……! 私はただ、リオンの心の平穏が世界を救うと言いたかっただけで……』

 女神の正論という名の鉄拳(言葉)に、過保護神はシュンと小さくなり、子供たちの食べ残したクッキーの欠片を掃除し始めた。

3. 浄化の航跡:黒き大陸への福音

 「――霧が、晴れるぞ」

 リオンの言葉と共に、アストラル・アルカが『忘却の霧』を突き抜けた。

 眼前に現れたのは、かつての青空を失い、どす黒い雲が天を覆い尽くす大陸――エゼルガルド。

 海は灰色に濁り、海岸線には瘴気によって変異した植物が、まるで蠢く触手のようにうごめいている。

「……ひどい。空気が、泣いてるみたいだ」

 リオンが艦首の展望デッキに立ち、両手を広げた。

 彼が意識を集中させると、船体に刻まれた神の印と、彼自身の【神羅万象の絆】が共鳴を開始する。

「みんな、いくよ。……まずは、この子たちの息を楽にしてあげなきゃ」

 カアァァァッ……!!!

 アストラル・アルカの進む航路に沿って、目も眩むような「純白の光の波」が放出された。

 それは、ただの光ではない。リオンの慈愛をエネルギー源とし、カイトの演算によって最適化された、超広域浄化波動だ。

• 海: 船が通った後の灰色に濁った海水が、一瞬にしてクリスタルのような輝きを取り戻し、死んでいた小魚たちが息を吹き返す。

• 空: 天を覆っていた黒い雲が、船の軌跡に沿って円形にくり抜かれ、数百年ぶりに黄金の太陽光が大地へと降り注ぐ。

• 大地: 瘴気に狂っていた海岸の植物たちが、光を浴びて浄化され、本来の緑豊かな姿へと戻っていく。

「……すげぇな。リオン君が通るだけで、死の領域が『神域』に上書きされていくぞ」

 ジンが呆れ混じりの感嘆を漏らす。

 アストラル・アルカは、絶望の大陸に突き立てられた「光の楔」となり、黒い世界を物理的に塗り替えながら、獣人とエルフが争う最前線へと、その威風堂々たる姿を現すのだった。

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