第53話:閑話・星を待つ少女と、天の深淵に響く鯨の唄
第53話:閑話・星を待つ少女と、天の深淵に響く鯨の唄
地上のあらゆる喧騒から切り離された、標高三万メートルの極致。
そこには、純白の雲海に浮かぶ数多の浮遊島と、古代の神殿を思わせる白亜の残骸が点在する『天空の聖域』が広がっていた。
「……あーあ。今日も、雲が美味しいだけの一日だったなぁ」
崩れかけた大理石のベンチに座り、華奢な足をぶらつかせている一人の少女がいた。
薄い桃色の髪を風になびかせ、この世界の住人とは思えないほど整った、しかしどこか退屈に満ちた顔立ち。
彼女の名は、サラ。
この天空の孤島に、何故か一人きりで転生してしまった**「四人目の転生者」**である。
「スマホもない、コンビニもない。あるのは広大なお庭と、巨大なクジラさんだけ。……せめて誰か、話し相手が欲しいよ。前世のオタクトークができるような友達とかさぁ」
彼女が深い溜息をつくと、その背後の空間がぐにゃりと歪んだ。
雲を割って現れたのは、山のように巨大な銀色の巨体。星屑を散りばめたような鱗を持つ、『星を渡る鯨』——ルナ・ノヴァである。
『……サラ。寂しい、のか?』
空気を震わせるクジラの思念波に、サラはふり返って苦笑した。
「寂しいっていうか、暇なの。クジラさんは優しいけど、推し(アイドル)の話とかしても『食べられるのか?』って返されるし。……ねえ、この空の向こうには、本当に誰もいないのかな」
1. 神の発見:システムの「漏れ」
その頃、天界の特等席でリオンの冒険をポップコーン片手に眺めていたアルトワール神は、思わず身を乗り出した。
『……ぬおっ!? なんじゃあの娘は! リオン以外にも、私の管理下から外れた「魂の転生先」があったのか!?』
神の眼がサラのステータスを捉える。
称号:【天空の聖域の管理人】
スキル:【星詠みの歌声】
『なるほど、彼女は「天空の聖域」という特殊フィールドのバランスを保つための「観測者」として、世界のシステムが自動的に召喚した魂か。カッカッカッ! 面白い! リオンとジン、カイトというむさ苦しい「男三人のオタク旅」に、ついに華が加わるというわけか!』
神様は、ニヤニヤしながらリオンの頭上にある『アストラル・アルカ』に意識を向けた。
2. 鯨の相談:近づく「温かい光」
天空の聖域では、クジラのルナ・ノヴァがその巨大な瞳を地上の方向へと向けていた。
『サラ。……今、とても不思議な、そして温かい「声」が聞こえた。海の底から、こちらへ向かってくる「何か」の声だ』
「えっ……? 下から? 誰も来られないはずじゃ……」
『その声は、私にこう問いかけてきた。「君、寂しくないか? 俺と一緒に、もっと広い牧場へ行かないか?」と。……あんなにも眩しい絆の波動、私は数千年の歴史の中で一度も感じたことがない』
それは、リオンが潜水艦の中で得たスキル**【深淵の対話者】**が無意識に放った、全方位型勧誘メッセージであった。
「それ……絶対に、私の同類(転生者)だよ! しかも、魔物をナンパして回ってるようなヤバいタイプ!」
サラの瞳に、絶望ではなく、初めて「期待」の光が宿った。
3. ルミナスの憂鬱と、未来の予兆
一方、猛スピードで上昇を続ける『アストラル・アルカ』の艦内。
ルミナスは、展望ラウンジで「重力子エンジンの出力安定化」について熱弁を振るうリオン、ジン、カイトの三人を眺めながら、密かに溜息をついていた。
(……ああ。リオン様も、ジン様も、カイト様も。皆様お優しくて素敵ですけれど、お話の内容が「素材」か「理論」か「数値」ばかり……。セバス以外に、私と同じ視点でお茶を楽しみ、流行りのドレスや恋バナ(?)を楽しめる相手が、この船には一人もいませんわ)
それは、無敵のパーティーにおける唯一の、そして深刻な**「女子力の欠乏」**であった。
ルミナスは、有能なパトロンであり、完璧な管理職であるがゆえに、常に「男たちのロマン」を支える側で立ち続けてきた孤独感があった。
だが、リオンの図鑑埋めへの情熱は、そんな彼女の密かな願いさえも(無自覚に)解決しようとしていた。
「よし! クジラさんの声が聞こえる! 近くに……誰か『人』の気配もするぞ! ジンさん、カイトさん! 急いでポエム……じゃなくて、テイムの準備だ!」
「わかってるって、リオン君! カイト、捕獲用トラクタービームの準備は!?」
「ああ、数式(物理)で分からせてやるさ!」
相変わらずの男たちのノリに、ルミナスは苦笑する。
しかし、彼女はまだ知らない。
この雲の向こうで、自分と同じように「現代の常識」を持ち、それでいて少しだけ自分を「女の子」に戻してくれる同年代の友人が、クジラの背中で待っているということを。
「……リオン様。貴方が連れてくる『新しい家族』なら、私はどんな方でも歓迎いたしますわ。……たとえそれが、空を泳ぐクジラでも、あるいは——」
白銀の戦艦が、ついに成層圏を突破し、黄金の陽光に照らされた浮遊島へとその機首を向けた。
星を渡る鯨と、孤独な管理人。
四人の転生者が揃い、ルミナスという一輪の花に「友」が加わる瞬間。
天空の聖域は、単なる「図鑑の裏ページ」ではなく、リオンたちのパーティーが真の「家族」へと進化するための、最も重要なステージとなろうとしていた。




