19.希望
「・・・・・・ヴ・・・さん!ア・・・ヴズさん!アイヴズさん!!」
目の前に雷が走り、現実へと引き戻される。横を見るとまたしても心配そうな顔をしたダルセットがこちらへと声をかけてきていた。
「あっ、ああ、大丈夫だ」
「・・・・・・これ良かったら」
それでも心配そうなダルセットが何かを差し出す。ハンカチだ。綺麗に畳まれた皺ひとつないハンカチが差し出されている。俺は有難く受け取り、俺の汗とは思えないほど体温の低い汗を軽く拭いていく。
「献身的ねぇ〜」
微笑ましそうにこちらを見るキュリーがそんなことを言うと、ダルセットは恥ずかしそうに顔を赤く染め、手で顔を隠した。俺はそんなことも露知らずハンカチを両手で軽く握りしめ、一点を見つめる。
・・・・・・ツィリカが勝っていたらここにはツィリカがいたんだな。変えようのない事実に俺はそう小さく呟いた。そして聞こえてしまったのだろう。ダルセットは悲しそうな顔でただ傍に居続ける。近かった距離が少し遠ざかったような気がした。
「そろそろここに誰か来てもいい頃なんじゃねぇか?いくらなんでも遅すぎるぜ!!」
自然と中断してしまった話し合いを復活させようとマーズが大声で俺たちに呼びかける。
「それもそうね〜。このままここで一生という訳にもいかないし〜。何か反応があればいいのだけれど〜?」
「しかし攻撃する手段はあらかたやり終えたのではないか?」
「うーも確かに暇になってきた!!そろそろお外に出てみたい!!レイちゃんもそう思うでしょ?」
「・・・・・・うん」
ガヤガヤと喧騒が戻ってきた。凍っていた温度が次第に溶けていく。俺はその光景を背景に、意を決してダルセットの方を向いた。そして口を開く。
「なぁ・・・・・・」
「はい」
「ダルセットもアグスティア祭の大会で優勝したのか?」
「・・・・・・はい。そして決勝戦で戦った相手を殺しました」
「そう、か」
沈黙が二人の間を走る。お互いが地面を向き、目を合わせない。 周囲は賑やかで俺たち二人だけが隔離されたようなそんな感覚に陥る。なんでこんな質問をしたんだ、と自分が嫌になり謝罪するため口を開こうとした瞬間、先にダルセットが口を開いた。
「確かに首を斬り、その後《神の祝福》は発動しませんでした。決勝戦相手の、あの曇った瞳を私は一生忘れることはないでしょう。混乱のさなか魔物も大量に現れ、負傷した方も亡くなった方も大勢居たはずです。世界が終わると、そう確信するほどには世界は汚く見えました。・・・・・・それでも私はあの汚れてしまった世界が元通りになるのではないかと、そう思うんです」
「えっ?」
どうして急にそんなこと・・・・・・世界が元に戻るなんてそんなのありえるわけがない。認めたくはないがあのクソ神は絶対神と呼ばれる最上位の存在だ。そんな存在が世界の理を大きく壊したんだ。神自身が元に戻すならまだしも、俺たち人間が変えられるなんてそんなはずがない。
しかしダルセットはさらに言葉を紡いだ。
「アグ様が《神の祝福》を打ち切り、天界へと帰られました。私たち生者は天界に行くことは出来ず、行くことができるのは死者の皆様だけです。それも優秀で特別な死者のみ。どのような基準で選ばれているかは分かりませんが、私たち生者に天界に行く手段はありません」
「それはそうだ。だがそんなこと、誰もが知っている事じゃないか」
「えぇ、そうです。神が定めた七理神定。誰もが幼少期の頃から習い知っているものです。しかしそれは真実ですか?」
「真実だろ?・・・・・・・・・・・・いや!?」
俺の中である疑問が生じた。それは前の俺ならば笑って受け流すぐらいのそんな当たり前のこと。しかし今の俺はあの神のことが何もかも信じられない。もしかしたらと、そう思わずにはいられない。
「もう気づかれましたか?七理神定には《神の祝福》に関する記述が記されています。そこには《神の祝福》は神聖かつ絶対なものであると。そして人の子らに平等に与えられるものであると。・・・・・・しかし、今の私たちはなんですか?不具合ですか?異常ですか?それとも《神の祝福》に愛された者ですか?・・・・・・どれをとっても分かるのは私たちは神でさえも予測していなかった異質な存在です。イレギュラーな存在です。
・・・・・・ここで問います。七理神定は、《神の祝福》は本当に絶対的なものですか?私たちという存在がありながら本当に絶対という言葉はありえるのでしょうか」
「ああっ!!ありえないっ!!ありえないんだっ!!」
衝撃の事実を知り俺は興奮のあまり勢いよく立ち上がる。ダルセットはそんな様子にニコリと微笑んだ。
「話を戻します。まず私たち生者は天界へと足を踏み入れることは可能でしょうか?」
「可能性はある!!」
「《神の祝福》を人間に戻すことも?」
「可能性はある!!!」
「死んでいった者たちを生き返らせることも?」
「可能性はある!!!!」
はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!!!
瞳に光が入ったのが分かった。俺はダルセットの両肩を手で掴み、身体を引き寄せ抱きついた。
「ほえっ?えっとっ、あのっ!!」
座ったままの状態でワタワタと身体を動かし混乱するダルセット。俺は無意識に力を強めさらに身体を密着させる。
「ありがとう・・・・・・、ありがとうっ!!」
身体が震えた。自然と涙が出る。くすんだ心に光が差し込んでいくようであった。絶望しかないこの世界が再び輝いて見えるようになった。
本当にっ・・・・・・本当にっ・・・・・・!!
そんな様子を見てダルセットは俺の背中に手を回し、ゆっくりと撫ででいく。
「大丈夫、大丈夫です。私も一緒に手伝います。一緒に神界に行って神を倒しましょう?そして《神の祝福》を元通りにしてツィリカさんを早く生き返らせましょう?皆が幸せになる未来を、夢を、明日を。・・・・・・だからあなたは・・・・・・あなたはっ・・・・・・」
「??」
「・・・・・・いいえ」
そう言って静かに笑みを携えた。その笑みに俺は硬直した。だってあまりにも綺麗で儚く消えてしまいそうだったから。俺は本当の意味でムーン・ダルセットという人物を初めて見た気がした。
ゆっくりと身体を離し、涙を拭く。そして鼻を吸い、決意の眼差しでダルセットを見つめた。
「ムーンと呼んでくれませんか?これから一緒に戦うメンバーですし」
「分かった。じゃあ俺のことはサンと呼んでくれ」
「〜〜〜〜〜〜っはい!!」
満面の笑みで、しかし少し泣き出しそうな表情でこちらへと感情を伝えてくる。目尻に少しばかりか浮かんだ涙が光に反射してそれが本当に美しかった。俺は腕をのばし親指の腹でその涙を軽く拭う。そして曲げていた膝を伸ばして立ち上がり、手をムーンへと差し伸べた。ムーンは少し戸惑ったあとゆっくりと腕を動かし、そっと俺の指先に重ねるように手を置いた。俺はぎゅっとその指先を掴み、思いっきり後ろへと引っ張る。引っ張られた勢いでムーンの顔が胸へとぶつかり、お互いが少しずつ笑い声を上げていく。そして目線を合わしてこう言い放った。
「俺と一緒にクソ神をぶっ潰そうぜ!!」
「はいっ!!」
何処に行くのかも分からない。何をすればいいのかも分からない。しかし俺の心はやる気に満ち溢れている。死ぬ訳にはいかない。やることができた。クソ神をぶっ潰し、《神の祝福》を絶対に元に戻してみせる。もしかしたら不可能なことを今からするのかもしれない。それでも、それでも俺は進み続ける。だからもう少しだけ待っていてくれ。すぐに助けてやるからな、ツィリカ・・・・・・
そしてその数十分後、二人の人間が部屋の中へと入ってきた。




