第148話 再会の喜びは後回しにして念願成就だそうです
最強の存在であるドラゴンが二頭もついている。
変身を解いて本来の姿で歩き回ったとしても、アウレリア公爵の力が及ばない公国であり、さらにはフォンテンの森もそう遠くない距離にあった。
むやみに喧嘩を売ろうものなら、命をつなぐ心配から始めなきゃならないだろうな?
「このまま歩き回っても大丈夫なんですか?」
それでも不安だったのか、ジアはルセテリの裾をそっと引っ張りながら、じっとルセテリの顔色をうかがった。
「当然よ、おチビちゃん(うちの赤ちゃん)。あんな無様な格好で歩き回るなんて、女神デメステル様も絶対にお許しにならないわ。」
いや、なんでそんな些細な問題にまで女神様の名前を持ち出すんだよ?
大げさに両手を高く突き上げて全身を揺らしているソラレティに、ルセテリは呆れ果てた。
「そこに女神様の名前まで出すのは、ちょっと大げさすぎませんか?」
「じゃあ、あんたが食べ物に目がないのはいいわけ?」
「なんでそこでその話が出るんですか?」
「どっちもどっち(同じこと)でしょ。」
「どうしてそういう話になるんですか!」
堪えきれなくなったルセテリがカッとなって声を荒げると、待っていましたとばかりにルセテリの手を握って顔色ばかりうかがっていたジアの手を、サッと横取りした。
「あらやだ、うちの子が驚いちゃうじゃない。あんた、その性格まだ直ってないの? 外に出てからどれくらい経つと思ってるの。」
人の性格をどうこう言う前に、自分のその性格をどうにかするつもりはないのか……。
なんだか、これまで苦労してきただろうジアの心情が分かるような気もするな?
ルセテリは両手で顔をこすり下ろし、指でズキズキ痛むこめかみをギュッと押さえた。
「ところで、後ろのあの角の取れたユニコーンは何なの? ユニコーンでしょ?」
肩越しにトコトコとついてきているベッツィーを、珍しい動物でも見るようにソラレティは好奇心いっぱいに目を輝かせていた。
「普通、角が落ちる場合ってユニコーンが堕落した時だって言うけど、この子はそうも見えないし……本当に何なの?」
あ、そういうことだったのか?
ベッツィーが群れからはぐれてフォンテンの森を出ることになったきっかけが、長に逆らって角が落ちたからだって言ってたのに?
ルセテリは首を向けてベッツィーを横目で睨んだ。
ルセテリの厳しい視線に、ベッツィーはそっと別のことをするふりをして首を逸らしたが、ソラレティには通用しなかった。
「ユニコーンはマナの力がその角から出るから希少なんだけど、たまに角が内在しているマナの力に耐えきれずに落ちることがあるのよ。でも、ふむ……」
説明を続けていたソラレティは手で顎を支え、しばらく沈黙したままベッツィーを隅々まで観察した。
「そうね。角がマナに耐えきれずに折れたので間違いないわ。初めて見たわ、この子。」
ベッツィーの背中をバシバシと叩きながら、ソラレティは口を手で覆ってホホホと笑った。
ドラゴンの『バシバシ』という概念はあくまでドラゴンの基準であって、それをやられているベッツィーの立場からすれば、ソラレティの手が触れるたびに広がる強烈な衝撃に全身がチカチカしていた。
「あの……ソラレティ様?」
「なあに?」
「以前、私が少し力を使って角が早く生えるように手伝ったんですが、それは大丈夫でしょうか?」
ベッツィーと初めて出会った時のことを思い出したルセテリは、もしかして何か失敗したのではないかと焦った。
「完全に生えさせたわけでもないし、あれくらいのマナを吹き込んだ程度なら問題ないんじゃない? まさかあんた、それくらいも考えずに事を起こしたの?」
そんなはずが……。
いくらなんでも、無鉄砲に絶え間なく押し進めるソラレティ様よりはマシだと思いますけど。
「アハハ、まさか。ユニコーンは私も初めて見る種族だったので……」
唇はツンと前に突き出たが、それだけだった。
ここで長く口答えをしたところで、面倒なことになるのはルセテリだった。
「ルッ様、ベッツィー、大変なことになりますか?」
「あらやだ、違うわよ。ただこの子が大きくなるため(成長痛みたいなもの)よ? うちの赤ちゃんが心配することは何一つないのよ」
ルセテリの裾を掴み、一歩後ろからソラレティを見つめているジアに対してだけは、限りなく優しいソラレティだった。
差別じゃないか? 明らかな差別じゃないか。
自分とジアに対する態度の極端な温度差に、ルセテリはなぜか寂しくなった。
いや。むしろだからこそ都合がいいのかもしれない?
「じゃあ、脱角自体は問題ないんですね?」
「そうよ? もしかしたらユニコーンの群れにとっては良い兆候かもしれないわね? 群れにそれだけ強い存在が現れたっていう兆しなんだから。」
指を頬に当てたソラレティは、反対側に首をコテッと傾けた。
「それも知らずに、私に一言の相談もなくこの子を追い出したあの長がバカなのよ。」
画竜点睛とばかりにチッ、と舌まで打つところを見ると、フォンテンの森に戻ったら一波乱(嵐)起きるかもしれない。
[だ、脱角だったんですか……?]
忘れていたが、突然ベッツィーが大きな瞳からボロボロと涙をこぼして泣き始めた。
[わ、私はてっきり、自分がもう純粋ではなく堕落してしまったせいで女神様に嫌われて角が落ちたのだと……ヒック!]
なかなか大粒の涙を止めないベッツィーのために、ジアは近づいてポンポンと撫でてやった。
「大丈夫、大丈夫よ。」
[本当に、これまで何が原因なのか理由も分からずに堕落したのだと……だから角が落ちたのだと、数え切れないほど自分を責めて、また責めたのに……ズズッ。]
涙に続いて鼻水までズルズルと流しているベッツィーから、ジアとは違ってルセテリは一歩遠くへ離れた。
「とにかく、そういう理由で落ちたんじゃないって言うなら、良かったっちゃ良かったな」
[ズズッ。良かったのでしょうか……]
「堂々と戻る名分ができたじゃないか。なんたってソラレティ様が保証してくださるんだから、何の心配があるんだ?」
「え? 私?」
突然の指名が負担だったのか、ソラレティは指で自分を指差し、後ずさりした。
「長たちにきちんと説明しなかったのはソラレティ様じゃないですか。責任取ってくださいよ。」
「いや、それはそうだけど……追い出したのはあいつらなんだから、どうして私が……」
「責任取ってくださいよ。」
「ううっ……!」
徐々にソラレティに近づき圧迫するルセテリの気迫に押されたのか、結局ソラレティは両手を高く上げて降参を叫んだ。
「分かったから、そのツラをちょっとどけてくれない?」
心底嫌そうな顔で、ソラレティはヌッと顔を突き出してきたルセテリをそっと(?)横に押し退けた。
「私の顔がどうかしましたか? こんなイケメンな顔、どこに行ってもそう簡単に見られるものじゃありませんよ?」
正直、ルセテリほどのルックスならどこへ行っても引けを取らない上位0.1%の美青年だ。
滑らかに輝く月光のような銀色の髪、神秘さを湛えた夜空の星明かりのような瞳。
どう考えても満足するならまだしも、心底嫌がって押し退けるほど醜い顔ではないはずだが。
「それ、魔法で作り出した偽物じゃないの? あんたの本来の顔を少しは考えてから突き出してほしいんだけど?」
思いもよらぬソラレティの発言に傷ついたルセテリの唇が、ピクピクと震えた。
いや、本来の姿がなんだって言うんだ。
少しダークで巨大で、可愛いとは程遠いかもしれないが、それでもそれはどうしようもない部分じゃないか。
生まれつきドラゴンとして生まれたんだから。
「それに比べてうちの赤ちゃんはどう? 完璧な可愛さじゃない?」
ルセテリの裾に隠れてチラチラと顔色をうかがっていたジアをガバッと抱きしめながら、ソラレティは無限のハートを生成していた。
ちょっと待て! それより!
「この子が嫌がってるの見えませんか? そのうち窒息しますよ。早く離れてください」
それもそのはず、今ジアはソラレティの激しいハグを受け止めるのに半分魂が家出しているかのように、瞳の焦点を失いかけている最中だった。
無理やりソラレティの首根っこを掴んで引き剥がそうとしたが、簡単に離れるつもりなら最初から抱きしめたりはしなかっただろう。
「嫌よ。私がどれだけこのスベスベのほっぺたを触りたかったか分かる? 会いたくて今すぐにでも飛んで行きたいのを我慢するのに、どれだけ苦労したことか。」
さらには、自分の頬をジアの頬にくっつけて思い切りスリスリとすり寄せさえしていた。
これこそまさに夢は叶うというやつか……。
通信石で連絡するたびにほっぺたの話ばかり延々としていたが、まさに念願成就とばかりに無限ループ中だった。
「擦り減りますよ、ちょっと離れて!」
「このプニプニのお餅をあんた一人で独占してたなんて! 不公平よ!」
「不公平を叫ぶ前に、ソラレティ様が私に命じたことじゃないですか。不公平もクソもありませんよ」
あり得ない強引な言い分に、ルセテリはフンッと鼻で笑った。
初めての遊戯として大陸美食紀行を夢見ていた人間……いやドラゴンに、皇女を誘拐してこいと唆したのは他でもないソラレティではなかったか。
そんなにジアに会いたかったのなら、自分で出向いて連れてくれば済むことを、なぜ自分にやらせたんだという話だ。
とにかく、自分にとっては直属の上司も同然のソラレティに「嫌だ」の一言も言えず、泣く泣く(渋々)行って連れ出してきたというのに、何だって? 不公平?
どこからそんな妄言が……。
「え〜ん……。仕方なかったのよぉ。どうしても抜け出せない用事があったのよぉ。」
握りこぶしを作った両手を両頬に当てて可愛い子ぶりっ子をし、舌をペロッと出すソラレティを見て、ルセテリは激しい殺意を覚えた。
首までコテッと横に傾けてハートを無限生成する様子を見ると、何の用事だったかは知らんが、子守りほど大変なことではなかったに違いない。
なんだかこの間、楽して過ごしていたように肌がパンパンに潤っているソラレティに対し、ルセテリは下腹部からムカムカと怒りがこみ上げてくるのを感じた。
「何を無駄なことに気を使ってるんですか。さっさと出発しましょうよ」
爆発寸前のルセテリの手をジアが引っ張りながら、出発を急かした。
そうだな、ここで怒ってみたところで自分が損するだけだ。
ルセテリは大きく深呼吸をし、一歩大きく前に踏み出した。
「行こう、ウダイプルへ!」




