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【最浅層×料理配信】戦闘F判定を喰らった俺、誰も採らないスライムゼリーで配信はじめたら、気づけば最浅層の億り人になってました  作者: いなばの青兎
第5章 決戦編

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第98話 最浅層の勝利

 東和公式の短文発表から二日後、JAGL晴海支部から通知が来た。


 件名は、B5保全対象に関する暫定保全指定。


 正式登録ではない。


 そこは、最初に太字で書かれていた。


 けれど、内容を読むにつれて、胸の奥がゆっくり熱くなった。


 B5保全対象周辺について、調査完了まで一般立入申請を停止する。


 関連記録を公共研究資産候補として審査に入れる。


 個人または法人による独占利用申請、データ提供契約、流通利用整理は、審査完了まで保留する。


 保全対象の画像、座標、開閉手順、未確認文字、未確認物の詳細は、引き続き非公開。


 俺が公開していいことは、JAGL確認済み編集版を投稿したこと、そして今回の暫定保全指定が出たことだけ。


 それでも、十分だった。


 東和が一方的に進める道の前に、線が引かれた。


 その線は、俺の動画ではない。


 JAGLの通知だった。


 紙の上の文字なのに、B1の水音みたいに静かだった。


* * *


 有希さんから、すぐにメッセージが来た。


「暫定保全指定、確認しました。正式登録ではありませんが、大きいです」


「正式じゃないんですよね」


「はい。だからこそ、今は勝利宣言をしない方がいいです」


「分かりました」


「でも、今日は少しだけ喜んでください」


 その文面で、ようやく息が抜けた。


 少しだけ喜ぶ。


 それくらいなら、許される気がした。


 ゲン爺にも送った。


「JAGL通知、見ました」


 返事は短かった。


「ようやく線が引かれたな。食え」


 相変わらずだった。


 カナメからは、電話が来た。


「見た」


「俺も見た」


「勝ったと思うな」


「思ってない」


「でも、良かったと思え」


「それは思ってる」


 電話の向こうで、カナメが小さく笑った。


「ならいい。食べて寝ろ」


「それ、昨日もコメントしてた」


「同じことを何度でも言う」


 カナメらしかった。


 電話を切ったあと、スマホの画面に、取材依頼が並んでいるのが見えた。


 ニュースサイト。


 業界チャンネル。


 一般メディア。


 全部、すぐには返さない。


 今日は、取材に答える日ではない。


 線が引かれたことを、線からはみ出さずに伝える日だ。


* * *


 台所に立った。


 冷蔵庫には、B1のスライムゼリー。


 野菜室には、B2のグリーンモス。


 米もある。


 今日は、派手な料理にしない。


 グリーンモスの雑炊にする。


 湯を沸かす。


 ことことと小さな音が始まる。


 刻んだグリーンモスを入れると、青い匂いが湯気に混じった。


 米を入れる。


 鍋の中で、白と緑がゆっくり混ざる。


 スライムゼリーは、細かく切って最後に落とす。


 熱で表面だけが少し溶け、透明な角が丸くなる。


 ピコがカウンターに乗ってきた。


「ぴこぴこ」


 二声。


 半音、上がった。


「今日はやわらかいやつ」


「ぴこ」


 一声。


 低くない。


 卵を溶く。


 細く流し入れる。


 黄色が鍋の中でほどけ、グリーンモスの青を少しだけ明るくした。


 塩を入れる。


 湯気が、顔に当たる。


 熱い。


 その熱さで、ここ数日の紙の冷たさが、少しずつほどけた。


 器に盛る。


 スプーンを入れると、米の重さとゼリーの弾力が一緒にすくえた。


 食べる。


 熱い。


 青い。


 甘い。


 ゼリーが遅れて舌に戻ってくる。


「……あ、これ、美味い」


 口から出た声が、思ったより小さかった。


 でも、ちゃんと自分の声だった。


* * *


 録画を始めた。


 カメラには、JAGL通知の画面を映さない。


 文面を読み上げもしない。


 公開可能な要点だけ、メモを見ながら話す。


「B5保全対象について、JAGLから暫定保全指定が出ました」


 そこで一度、息を吸った。


「正式登録ではありません。詳細は確認中です。座標、入口手順、未確認文字、未確認物の詳細は出しません」


 ピコがカウンターの端で羽を震わせた。


 音は入る。


 姿は少しだけ画角の端にいる。


「今日の動画は、B1食用登録済みスライムゼリーと、B2食用登録済みグリーンモスの雑炊です。採取や調理を真似する場合は、JAGL資料、入場区分、食用部位、体調記録、撤退基準を確認してください。B4以深、B5保全対象、未確認物は、動画を見て行く場所ではありません」


 言ってから、鍋にカメラを向けた。


 ことこと。


 小さく沸く音。


 湯気。


 青い匂い。


 卵の黄色。


 ゼリーの透明。


 大きな発表の日に、画面に映るのは、いつもの鍋だった。


 それでいい。


 その方がいい。


* * *


 動画を上げると、コメント欄はすぐに動いた。


「正式登録じゃなくて暫定保全指定、了解」


「勝ったって言わないの、信用できる」


「でも大きいよな。暫定保全指定って」


「B5行くな、また固定コメに書いてある。大事」


「雑炊うまそう。こういう日に胃に優しいやつ出してくるの好き」


「取材受けないの?」


「本人のチャンネルで話してくれるのが一番いい」


「最浅層食材、派手じゃないのにずっと見てる」


 俺は、取材についてのコメントには返さなかった。


 代わりに、固定コメントを少しだけ直した。


 取材対応は確認中です。


 公開できる範囲は、まずこのチャンネルで整理します。


 詳細確認前の憶測や、現地への無理な訪問は控えてください。


 送信する。


 コメント欄の流れが少しだけ落ち着いた。


 全部が落ち着いたわけではない。


 それでいい。


 大きく動いた日のコメント欄が、すぐ静かになるはずがない。


 でも、少なくとも、向かう方向は示せた。


* * *


 母から電話が来たのは、動画を上げて一時間ほど経ってからだった。


「見たよ」


 第一声が、それだった。


「どっちを」


「通知のことも、雑炊のことも」


 母の声は、いつもより少しだけ柔らかかった。


「正式じゃないって、何度も言ってたね」


「先に言っておかないと、変に広がるから」


「うん。それが良かった」


 短い肯定だった。


 けれど、胸の奥が一拍ゆるんだ。


「父さんのこと、まだ詳しくは話せない」


「分かってる」


 母はすぐに言った。


「話せる形になってからでいい。あなたが今、話さないでいることも、ちゃんと見てる」


 喉の奥が、少し細くなった。


 母は、父の四十七分をまだ全部は知らない。


 それでも、俺が話さないことを、隠しているのではなく守っているのだと受け取ってくれた。


「雑炊、美味しそうだった」


「食べる?」


「明日、少し残ってたら」


「残しておく」


「無理に残さなくていいよ。ユウが食べなさい」


 その言い方が、昔から変わらなかった。


 電話を切ると、鍋の底に少しだけ雑炊が残っていた。


 明日の朝、温め直そうと思った。


 母の分も、少しだけ。


* * *


 夜、源田屋に行った。


 ゲン爺は店の奥で、古いファイルを閉じていた。


「来たか」


「来ました」


「食ったか」


「食いました」


「ならいい」


 それだけで終わりそうだった。


 俺は、少し迷ってから言った。


「ありがとうございました」


 ゲン爺は、ファイルの上に手を置いた。


「礼を言うには早い」


「はい」


「でも、健次郎には言っておく」


 胸の奥が、ふっと詰まった。


「何をですか」


「坊主が、線を引いたとな」


 違う、と言いかけた。


 俺だけじゃない。


 ゲン爺がいて、有希さんがいて、カナメがいて、JAGLがいて、研究機関がある。


 でも、ゲン爺はたぶん、それを全部分かった上で言っている。


 だから、俺は何も言わなかった。


 店の外は冷えていた。


 源田屋の奥だけ、湯気の匂いが残っていた。


 勝ったわけではない。


 終わったわけでもない。


 ただ、最浅層を誰か一社の箱に入れないための線が、今日、引かれた。


 それを勝利と呼ぶなら、たぶん、こういう静かなものだ。


 スマホが震えた。


 JAGL晴海支部からの通知だった。


 最浅層食材の初心者向け啓発動画について、協力相談をしたい。


 明日以降、都合のよい時間を教えてほしい。


 俺は画面を見て、少しだけ笑った。


 勝利の次に来たのは、また手順の話だった。


 それでいい。


 登録者:六十四万一千人。

ブクマや評価をいただけると、続きの執筆がすごく捗ります。

楽しんでいただけたら、ぜひ応援してやってください!

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