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プロローグ 

はじめまして! 本作を見つけてくださり、ありがとうございます。

連載開始を記念して、本日は特別に4話投稿いたします!


少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。


オルフェリア・フォン・ヴァレンシュタインが、王太子殿下の婚約者として最後に出席した茶会は、ひどく退屈なものであった。


 王宮の南庭に面した硝子張りの温室には、まだ季節の早い白薔薇が咲き揃い、銀の茶器には東方から取り寄せたという珍しい紅茶が注がれていた。招かれた令嬢たちは皆、春らしい淡色のドレスに身を包み、互いの装いを褒めたり、近頃王都で評判の菓子店について話したりしていたけれど、話題が途切れるたびに、決まってオルフェリアの方へちらちらと視線を寄越すのである。


理由は分かっていた。


王太子レオナルトが、ベルフォール伯爵家の次女に入れ込んでいるという噂は、今や王宮の厨房に勤める下働きの娘まで知っている。もっとも、当の本人たちは上手に隠しているつもりらしく、今日も二人揃って遅れて現れたうえ、互いの顔を見合わせては微笑み合っていた。


「オルフェリア様は、近頃お忙しくしていらっしゃるのでしょう?」


 向かいに座る令嬢が、いかにも気遣わしげな声をかけてきた。


「ええ。王妃教育も、そろそろ仕上げの時期ですもの」


「まあ、そうでしたのね。わたくし、てっきり……」


 そこで言葉を濁した令嬢に、オルフェリアはにこりと微笑んだ。


「何かしら?」


「い、いいえ。何でもございませんわ」


「そう。でしたら、お茶が冷めてしまいますわよ」


令嬢は慌てて茶器を持ち上げたが、その手元が少し震えているのを見て、オルフェリアは内心で首を傾げた。別段、恐ろしいことを言ったつもりはない。そもそも人の婚約についてあれこれ詮索するのであれば、もう少し上手にやればよろしいのにと思う。


そのとき、温室の入口で小さな物音がした。


振り向けば、給仕をしていた若い侍女が、盆を取り落として青ざめている。床には菓子皿が割れて散らばり、焼き菓子が幾つも転がっていた。


「あら、大変」


真っ先に立ち上がったのは、ベルフォール伯爵令嬢のセレスティーヌであった。


「お怪我はない? そんなに慌てなくても大丈夫よ。誰にだって失敗はあるもの」


侍女は涙ぐみながら礼を述べ、割れた皿を拾おうと膝をついた。周囲の令嬢たちも、セレスティーヌの優しさに感心したように頷いている。


オルフェリアは、その様子をしばらく眺めていた。


「あなた、お名前は?」


突然声をかけられた侍女は、びくりと肩を跳ねさせた。


「エ、エマと申します」


「そう。エマ、そちらの破片には触れないでちょうだい。指を切りますわ」


「は、はい……」


「それから、給仕長を呼んでいらっしゃい。割れた皿の数と種類を確認していただかなくては」


セレスティーヌが驚いたように顔を上げた。


「オルフェリア様、そんな……。わざとではないのですから、そこまでなさらなくても」


「わざとでなければ、割れた皿が元に戻るのかしら?」


「それは、そうですけれど……」


「でしたら、きちんと報告なさい。王宮の備品を破損したのですもの。隠して済ませる方が、よほどその子のためになりませんわ」


オルフェリアはそう告げると、何事もなかったように紅茶を口に運んだ。

温室には、何とも言えない沈黙が落ちた。


やがて侍女が給仕長を呼びに立ち去ると、セレスティーヌは悲しそうに目を伏せ、レオナルトは露骨に眉をひそめた。

その表情を見て、オルフェリアは少々不思議に思った。


王宮の備品は国庫によって管理されている。破損があれば記録を残し、必要に応じて修繕や補充の手続きを取るのが決まりである。まして、割れた皿をそのままにしておけば、後から片づける者が怪我をするかもしれない。


それの何が不満なのだろう。


もっとも、わざわざ尋ねるほど興味のあることでもなかったので、彼女は黙って二杯目の紅茶を注いでもらった。


茶会がお開きになったのは、それから半刻ほど後のことである。


帰り際、温室の外で待っていた侍女長が、オルフェリアの姿を見るなり深々と頭を下げた。


「先ほどは、エマが大変なご無礼をいたしました」


「まあ、あなたが謝ることではなくてよ。お皿の件は?」


「すでに確認を済ませております。幸い、予備がございましたので……」


「そう。それなら結構ですわ」


オルフェリアは頷き、侍女長の横を通り過ぎようとしたが、ふと思い出して足を止めた。


「そうそう。あの子、随分と顔色が悪かったわ。朝から何も食べていないのではなくて?」


「え……」


「給仕の途中で倒れられては困りますもの。勤務の割り振りを見直しておいてちょうだい」


それだけ言って、オルフェリアは迎えの馬車へと向かった。


 侍女長はしばらく呆然とその後ろ姿を見送っていたが、やがて小さく息を吐いた。今しがたの言葉が、侍女への気遣いだったのか、それとも単に仕事の不手際を嫌っただけなのか、どうにも判断がつかなかったのである。


その日の夕刻、王宮からヴァレンシュタイン公爵家へ、一通の書簡が届けられた。


王太子殿下より、婚約に関して重要なお話があるため、翌週の夜会には必ず出席するようにとのことであった。


オルフェリアは書簡に目を通すと、しばらく考え込んだ後、机の引き出しから一冊の古い帳面を取り出した。


革表紙の擦り切れたそれは、かつて祖母が使っていたもので、王家に嫁いだ女性や婚約を解消された令嬢たちの名前が、年代順に記されている。


最後の頁には、まだ何も書かれていなかった。


「……そろそろ、わたくしの名前を書く頃かしら」


独り言のように呟いて、オルフェリアは帳面を閉じた。


窓の外では、庭師たちが春の終わりの薔薇を剪定していた。切り落とされた花が幾つも籠に積まれているのを眺めながら、彼女は翌週の夜会に着ていくドレスのことを考えた。


どうせなら、少しばかり華やかなものがよいだろう。


婚約者として最後の夜会になるのなら、なおさらである。

今回のお話はいかがでしたでしょうか?


オルフェリアの物語は、まだ始まったばかりです!

これから彼女がどんな人々と出会い、どのような運命をたどっていくのか、楽しみにしていただけたら嬉しいです。


もし本作を気に入っていただけましたら、ブックマークや★で応援していただけると、とても励みになります!


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

次回もぜひお楽しみください!

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