第12話 初めての試練
さんれんきゅうだー!!!!
前日の正式再測定で、アルヴィンの等級はE級上位として記録された。結果が王宮に回ったのは朝一番で、昼にはもう、廊下の端々で同じ話題が囁かれていた。
「第三王子殿下、三歳でE級上位だそうですよ」
「本当に? 前はゼロ判定だったって……」
「ええ。昨日の立会記録、私も見ました」
書類を抱えた文官たちが、足を止めるたびに声を潜める。侍女たちは目が合うときちんと礼をするが、以前よりわずかに間がある。その間には、驚きと、どう扱うべきか測りかねる迷いが混ざっていた。
アルヴィンは歩調を崩さず、窓硝子に映る自分の小さな姿を横目に見た。評価が変わる速さは、前世の研究室でも嫌というほど見てきた。無視されるか、過剰に持ち上げられるか。その振れ幅が大きいほど、当人の足場は不安定になる。
だからこそ、今日の訓練で必要なのは派手な結果ではない。記録可能な再現性と、漏出のない制御。それだけだ。
昼前、侍女マリアが私室を訪れた。
「アルヴィン様。実技訓練場へお越しくださいとのことです。実技主任ミハイル様と、宮廷魔導師長アーロン様がお待ちです」
「分かった。すぐ行くよ」
廊下を抜け、王宮東翼の訓練区画へ入る。扉を開いた瞬間、乾いた石床の匂いと、残留魔力を焼いたような金属臭が鼻先をかすめた。天井は高く、壁面には防護陣が幾重にも刻まれている。中央には標的柱が三本、左側には補助陣、右側には記録卓。公式訓練の場らしく、整然として無駄がない。
先に歩み出たのは、実技主任ミハイル・クラウゼだった。灰色の短髪に傷跡の残る頬、動きの少ない立ち姿。王宮魔導師というより、現場指揮官の雰囲気が強い。
「よく来られました、アルヴィン殿下。本日から、公式訓練を担当します」
言葉は丁寧だが、語尾は短い。無駄な前置きをしない人だ、とアルヴィンはすぐに判断した。
記録卓の横では、アーロンが杖先で書板を整えている。目が合うと、老魔導師は穏やかに頷いた。
「本日は実技主任の進行で参ります。私は理論面の確認と記録補助ですな。肩の力を抜いて、いつも通りやってみなさい」
ミハイルは訓練票を一枚めくった。
「手順は三段階です。第一に漏出確認、第二に基礎三属性、第三に複合理論の適用。まずは漏らさないこと。威力は求めません」
「はい」
「始めます。掌に魔力を集め、発動前で止める。十秒維持」
アルヴィンは息を整え、右掌に熱を集めた。火属性の核だけを立ち上げ、表面展開の直前で固定する。以前ならこの段で指先に火花が散ったが、今は境界がぶれない。
「一、二、三……」
ミハイルが低く数える。十まで進んでも、漏出はない。
「次は水。次に風。同条件で」
水は温度差の管理が要る。風は外気流に引かれやすい。どちらも夜間訓練で何度も失敗した部分だが、今日は崩れなかった。
ミハイルが訓練票に短く書き込む。
「漏出なし。移行時間、年齢比で上位。いいでしょう」
続いて基礎発動へ移る。標的柱の白線を目印に、火球、水弾、風刃の順で単発。命中精度と発動遅延を計測する。
「火、第一柱。抑制出力で」
火球は狙点の一寸下に当たった。出力を抑えた分だけ軌道が軽く沈む。
「補正が早い。次」
水弾は着弾後に散らさず、薄膜のまま柱へ貼り付く。風刃は刃長を短く保ち、白線だけを削った。
記録卓の補助官が、思わず息を飲む音がした。
「殿下、今の風刃……接触面だけ切りました」
「狙いどおりなら問題ないだろう」
ミハイルは感心を表に出さず、次の紙を開く。
「ここから第三段階。複合の基礎に入ります」
補助官たちの肩がわずかに揺れた。三歳児の初回公式訓練で複合まで進める例は、王宮記録でもほとんどない。
アーロンが書板の前へ出る。
「本日扱うのは火と風。構造は単純ですが、同時制御に失敗すると火勢だけが暴れます。ですので、殿下には『一発成功』ではなく『乱れても立て直せる手順』を覚えていただきたい」
老魔導師は二重円の図を描き、内側を火核、外輪を風圧層として示した。
「順序は、火核を小さく固定し、外輪を遅れて載せる。逆にすると失火か暴走です。火核は一点、風圧は面。この違いを意識なさい」
アルヴィンは図を見ながら、昨夜までの試行を頭の中で照合した。図書室で読んだ『複合陣基礎論』でも同じ指摘があった。火を先に小さく、風は包むように後から。理屈は明快で、実装は呼吸次第だ。
「殿下、試しますか」
ミハイルの確認に、アルヴィンは一度だけ頷いた。
「はい。やってみます」
訓練場中央の補助陣へ立つ。右掌に火核を置き、指の腹で粒径を保つ。左掌で風圧を薄く広げ、火核の外周へ遅らせて重ねる。
最初の一秒で火が膨らみかけた。アルヴィンはすぐに息を詰め、風圧層を半歩引いてから重ね直す。
赤橙の火が、渦を巻いた。
爆ぜるのではなく、回転する。火勢は柱を越えず、直径は胸幅で止まる。
「複合術式【フレアサイクロン】。維持、五秒……六、七……」
ミハイルの数える声が低く伸びる。九秒目でアルヴィンは出力を切り、渦を霧散させた。熱風だけが天井へ抜け、防護陣の線が淡く明滅して元に戻る。
数秒、誰も喋らなかった。
沈黙を破ったのはアーロンだった。
「見事ですな。初回でここまで制御できれば、理論理解は十分。次は再現率を上げればよい」
ミハイルも訓練票を閉じ、短く言う。
「合格です。派手さではなく、崩した後に立て直した点がいい。今後はそこを伸ばします」
補助官たちの間に、抑えたざわめきが広がる。
「本当に三歳か……」
「立て直しの判断が早すぎる」
アルヴィンは礼をした。
「ありがとうございます。次は、形を乱さず維持時間を伸ばします」
訓練を終えて南廊下へ出ると、石柱の陰にヴィクトールが立っていた。腕を組み、背筋を伸ばし、こちらをまっすぐ見ている。偶然待っていた顔ではない。
「兄上」
「訓練を見た」
開口一番、短く告げる。祝辞も前置きもない。
「複合まで届いたのは事実だ。だが、勘違いするな」
ヴィクトールは一歩だけ距離を詰めた。金色の瞳の奥に、苛立ちと焦りが沈んでいる。
「魔法の才だけで王は務まらない。国を背負うのは、拍手ではなく責任だ」
アルヴィンは言い返さず、相手の視線を受け止めた。兄の言葉は棘を含むが、芯は間違っていない。王座に必要なのは、戦場の火力より長い時間で崩れない判断だ。
「分かっています。ぼくも、そう思います」
ヴィクトールの眉がわずかに動く。挑発を返されると予想していたのかもしれない。
「ならいい。結果に酔うな」
言い残して背を向ける。去り際の足取りは乱れていないが、握った拳だけが白く強張っていた。
その背中を見送りながら、アルヴィンは胸の内で小さく息を吐いた。兄の言葉は痛い。だが、あの硬さの奥に焦りと切実さが混じっていることも分かる。今はそれを解きほぐすより、自分が結果に酔わないことの方が先だった。
夜。私室の扉を軽く叩く音がした。
「アルヴィン、起きてるか?」
レオナルドだった。返事をすると、いつもの気安さで部屋に入り、卓上の果実皿を勝手に一つ取る。
「今日の訓練、聞いたぞ。炎渦までやったんだってな。すげえじゃん」
「たまたまうまく繋がっただけだよ。まだ安定してない」
「その言い方、ミハイルのおっさんみたいだな」
レオナルドは笑ってから、声を少し落とした。
「それと……ヴィクのこと、気にしてるだろ」
アルヴィンが黙ると、次兄は窓辺へ寄り、外の星を見ながら続ける。
「兄貴は不器用なんだ。お前を嫌ってるんじゃない。どう向き合えばいいか分かんねえだけだよ」
「分かってる。たぶん、そうだと思う」
「なら十分だ。焦って仲良くしようとしなくていい。時間かければいいんだ」
レオナルドは振り返り、いつもの調子で親指を立てた。
「お前はお前の訓練をやれ。きつくなったら、俺のとこ来い。剣の素振りでも付き合ってやる」
アルヴィンは思わず笑った。
「ありがとう、兄上」
「おう。じゃ、寝ろ。天才にも睡眠は必要だろ?」
軽口を残してレオナルドが出ていく。扉が閉じた後、部屋は静かになった。
評価が上がったぶん周囲の期待は重く、兄との距離もすぐには縮まらない。それでも、きつくなったら来いと言ってくれる人がいる。その一言が、今日の訓練のどんな成果よりも確かだった。アルヴィンは灯りを落とし、静かに目を閉じた。
現在 2026年02月21日 06時24分
と、止まらないッ!!




