19 ただいま
「おかえりなさいませ〜!」
カイルの大声が食堂に響く。
今日のお客様は、年配の男性がひとり。旅の途中でふらっと立ち寄ったらしい。無口な人で、食事中もほとんど喋らなかった。
でも、エイラが作ったシチューを食べ終えたとき、ぽつりと、こんな言葉を口にした。
「……去年の今頃、妻と一緒にこの宿に来たんです」
全員の手が、止まる。
「妻が、ここの料理が好きでね。また来ようねって言っていたんですが……あれが、最後になってしまって」
誰も言葉を挟めなかった。
おそらく去年なら、料理を作ったのはエルさんだ。だが、今日料理をしたのはエイラだった。
記憶の味と違っただろうか。全員が息を止めて、男性の次の言葉を待った。
だが、男性は穏やかな目で続けた。
「今日、また来てみてよかった。あのときの味はもう忘れてしまったけれど、やさしく包み込んでくれるような味で、少し泣きそうになりましたよ。なんだか『おかえり』って言われたような気がしてね」
そう言うと、男性は立ち上がった。
「ありがとう。ごちそうさまでした」
エイラはしばらく、その背中を見送っていた。
***
その夜、食後の片づけが終わったあと、エイラはひとり食堂の一角にしゃがみ込んでいた。
彼が座っていたあの席を、丁寧に丁寧に磨いていた。
一見ただのテーブルだけれど、誰かの想いが確かに残っている場所を、大切になぞるように。
「……裕也やカイル、私にとってこの宿がそうなったように、私たちもこの宿を誰かの『帰ってくる場所』にできたらいいなって、思った」
そう言った声は、静かで、それでいてはっきりしていた。
エルさんがうんうんと嬉しそうに頷く。
「それが、私がこの秘境で宿屋をやっている理由です」
「どうしてエルさんは、ここで宿屋を始めようと思ったの?」
何気なくカイルが問いかけると、エルさんがにっこりと微笑んだ。
「話せば長くなるので、また今度にしましょうか」
***
みんなが眠った、静かな夜の宿。
縁側に座り、月を見上げるサモエドの姿があった。風がさらりと毛を撫で、耳がぴくりと動く。
彼の隣には、一冊の古い日記帳。
ぱらりとページをめくると、そこにはこう書かれていた。
"帰る場所があったなら、どんなに良かっただろう"
エルさんは目を細めて、月に向かって小さく呟く。
「……さて、私もそろそろ、過去に向き合わないといけませんね」
一章終了です…!
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二章も書き始めていますので、お楽しみに♪




