魔導クリスタル
話は少々以前へ遡る。
そもそもの始まりは、コリンとニアがヴィクトリアへと出発する前だった。
ケンがいつものように作業机で、分解した古いブレスレットの試験をしている。
幾つかの機能はまだ生きていて、ケンはアイオスに話しかけながら、回路のチェックをしていた。
しかし、肝心のMT回路部分はブラックボックスで、どんな処理がされているのかは、まるでわからない。ただ、出力側の動作で機能を判断するしかない。
しかしその作業の合間に顕微鏡を覗いていたコリンが、魔導回路が光っていると言い始めた。
「回路の中の、マナの動きが見えるのか?」
興奮するケンに言われて、コリンが顕微鏡を覗きながら、魔導回路のマナの動きを細かくケンに伝えた。
そしてついに、その光の起点となる、ごく小さい砂粒のようなパーツが、回路に埋め込まれているのを発見した。
それは透明な塩のような結晶で、後から思えば、コリンにはヴィクトリアのゴーレムがシムから奪い返した、クルミの実サイズのクリスタルと同じものだったのだろう。
だがこの時発見したものは、顕微鏡でやっと見つけた極小サイズで、あまりにもそのスケール感が違っていた。
ケンは、それを仮に魔導クリスタル、と呼んだ。
クリスタルは、単にマナが結晶化したような物ではない。
クリスタルの外見はマナのあるなしで変化しないし、通常はマナの光も発しない。
クリスタルは、マナをチャージするパワーパックの役目を持っているようだった。
それ以外の役割や能力があるのかどうかは、まだ不明だ。
だがつまり、ケンの発見した魔導クリスタルは、マナが漏れ出すことのない密閉容器なのだ。
恐らく、この船にも同じようなクリスタルに、コリンとニアのマナが大量に蓄えられて、動力源として機能しているのだろう。
取り出した顕微鏡サイズのクリスタルがブレスレットの動力源だとすれば、ヴィクトリアでシムが拾ったあのクルミの実サイズなら、遥かに巨大なマナを封じ込めた貴重な品だったのだろう。
しかし、そんな貴重なものが、なぜ遺跡の外に出たのか。
(何者かが遺跡に侵入して持ち出そうとして失敗し、放棄した?)
そんな考えが、コリンの頭をよぎる。
突然あの遺跡にガーディアンが現れた理由は、魔導クリスタルを探していたとしか思えない。
その後、クリスタルを吸収したゴーレムはエレーナの魔法で倒され、埋められた。
その後はどうなっただろうか。
今は、それ以上詮索しても無駄だろう。
より容量の大きい魔道クリスタルを使えば、機器の稼働時間は飛躍的に延びることだろう。
だが、魔導師が当たり前に存在した時代、それは、それほど重要な技術ではなかったのかもしれない。
しかし現在、魔導クリスタルのような物体を実際に確認したという報告はない。
全てMTのブラックボックスの中に、埋もれているのだった。
ハロルドの隠れていた中央ドームの転移ゲートに使われていたのも、そうした高価なMT遺産の回路の流用だったのだろう。
新たにそれを製作する技術は、失われている。
ただ、コリンとニアがマナの流れを見ることにより、魔導回路の中にあるクリスタルの位置を突き止めることが可能になる。
「それならば、例えば既に回路の中に存在するクリスタルの再利用が、可能になるのでは?」
ケンの期待は膨らむ。
そこから先はニアとコリンの不在の中で、ケンの研究によって新たなブレスレットの機能が開発された。
エレーナの加入も、ケンには追い風になっている。
そして今。
ケンとコリンの、悩みは深い。
「だから、ヴォルトというのは、船団が共用している収納庫だろ。だからそれをコリンの個人収納庫と連結させることも、原理的には不可能じゃないと思うんだ」
「そんな無茶な。僕の収納庫は、一度取り出したらそれで終わりだよ。自動収納だけど、自動補充はしないんだ」
「そもそも、そのヴォルトの能力だけど。単に食材を補給するだけでなく、僕らの使っているブレスレットのような機器まで供給しているだろ。しかもニーズに合わせた仕様変更までしてくれる。どうなっている?」
「ヴォルトは、たぶん元々は例の時間転移のインチキを利用していると思うんだ。例えばヴォルトへ収納した食材は、取り出すとその一秒前、いやコンマ一秒前に時間を遡り、まだ取り出される前の食材を、自動的に転移させて補充する、とかね」
ケンも同じようなことを考えていたように、しきりと頷いている。
コリンは続ける。
「ヴォルトの亜空間収納は、時間が停止したショーケース、というか外から見ているショーウィンドウのようなものだから、無くなればそこから取り出して補充するだけ、という感じなのかも」
「でも、オレが思い付きで仕様変更したブレスレットも、ヴォルトは供給してくれた。つまり地下のクローゼットの衣装のような、自動製造機能も備えているんだ」
「うん。アイオスの説明もないし、使い方も不明な、謎機能だけどね」
「とにかく、コリンの収納とヴォルトの機能が統合されて、ニアの創造魔法みたいな能力が合体すれば、ヴォルトに新しい機器を創る能力が備わると、オレは信じている!」
「うーん、因果律は乱れまくりだけど、それでいいのかねぇ……」
そうこうしている間にも、シルビアの調査は進んでいた。
「そのフランクっていう男は、結局何者なんだ?」
ジュリオはやっと一息ついたシルビアに、甘いココアのカップを差し出す。
「うん。顔がいいだけの、ダメ人間の典型ね」
「そんなに悪いのか?」
「リズが出会った『テカポ』の教会にいたころが、真面目に魔術の勉強をしていたギリギリ最後だったようね。田舎のコロニーでちょっと女性にモテたおかげで、おかしくなってしまったのかな……」
「ああ、そういうことか。それで教会を辞めて、出て行ったんだな」
「そう。リズは今の私と同じ十五の子供だったから、フランクには可愛い妹みたいなものだったんでしょうね」
「だがそうなると尚更、今のリズに会わせるわけにゃいかないな」
「そうよ。たとえ中身がどんなクズでも、見た目は変わっていないからね」
「そうなのか?」
「見る?」
ジュリオの前に、金髪の若い男の姿が浮かぶ。
「なるほど。やっぱりケンに似てるな」
「当時十八だったフランクは、今二十四になってる。まだまだ若くて、容姿の衰えは見えないわね」
「で、連中の正体はどうなんだ?」
「たぶん、特別な裏はなさそうね。ハロルドみたいな天才が隠れていない限り、怪しい組織との繋がりは見えないわ」
「じゃ、思い切りやっちまって構わないんだな」
「一応、向こうが非合法行為に及ぼうとしたら、っていう前提でね」
今までのシルビアらしくない慎重な態度に、ジュリオは少し違和感を覚える。
「その前に、ちょっと脅かして追い払うくらいなら、構わんだろ?」
「ここ一日二日は天候が安定しそうだから、連中もすぐには動けないと思う。かといって補給のために町に入って、リズと出会ってしまうのも困るし……」
「今なら、まだ結構遠くにいるんだろ?」
「確かに。町から離れている今のうちに、多少の魔法を使ってでも追い払うのはアリかも?」
「じゃ、やるか」
「そうね。今日の夕方暗くなるころにでも、みんなで様子を見に行ってみよう!」
そうしてシルビアは、アイオスの監視下にあるトレジャーハンターの位置を確認して、マップにマーカーを付けた。