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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第三章 ペルリネージュ
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予期せぬ出来事が予定通りに起きる

 

「リズは今、何の仕事をしているの?」


「えーっと、配達員かな。厨房の調理や食堂の配膳には空きがなくて、二十四時間働いている現場へ、食事を運ぶ仕事をしているわ」

 シルビアの言う通り、食堂関連で何とか見つけた仕事が、それだった。


「うーん、二十一歳のうら若き女性のする仕事じゃないな」


「そんなことを言っても、この町にはリズがやりたいような仕事は少ないの!」



 リズは三年前にエランドへ来たものの、期待していたフランクとは出会えず、砂漠の町は退屈だった。


 比較的大きな街のレストランで料理人として働き始めたが、新鮮な食材は少なく合成食材ばかりで、料理の腕を存分に振るう機会もない。


 あとは、自分の好きな料理を出せるような店を持つしかない、と思い詰めた。

 リズは僅かな希望を持って、新興の町エギムへやって来た。


 新しい精霊の森は、成長させるのに数十年の月日がかかる。エギムはまだ住民の少ない新しい町で、チャンスがあると思っていた。


 しかし、中々思うようにはいかない。

 今は町づくりの多忙な作業中の現場へ、弁当を届けるのが主な仕事だ。


 厨房へ入るのは無理でも、せめて売り場か配膳の仕事をしたかったのだが、空きがないので、仕方がない。


 そんな時に、一人の少女と出会った。


 エンジニアの父親と町に来たばかりだという少女は、リズと同じ配達の仕事を明るく楽しそうに始めた。


「私もまだこの町に来たばかりだけど、何かわからないことがあったら力になるわよ」

 リズの言葉に、少女は顔を明るく染める。


「食事はどうしてるの?」

 少女は少し声を潜めて、リズにだけ聞こえるような声で言う。


「ここの食堂やお店で買える食事は不味いから、クッキングマシンで作ってるの」

「あら、マシンのレシピも大して変わらないでしょ?」


「でも、前の町で覚えたレシピは、結構美味しいのがあるんですよ」

「へえ、そんなの知らないわ」


「じゃ、今度幾つか送りますよ」

「わぁ、楽しみにしてるわ」


「美味しかったら、みんなにも教えてあげてくださいね」

「うん」


 そうは言いながらも、リズが期待するような味は望むべくもないだろう。

 リズは、自分の作った本物の料理を少女に食べさせてあげたいと、心の中で強く願う。


 少女は初日から何の苦労もなく仕事を覚え、午後からは搬入機材のトラブルで汗をかく羽目になったが、それすら楽しんでいるように見えた。


 止むを得ず人海戦術で食堂の裏へ回って、食材を厨房の中まで手運びで搬入する手伝いをすることになったが、笑顔で動き回っている。


「あなた、どうしてそんなに楽しそうにできるの?」

 リズは不思議な感慨を持って、その華奢な姿を眺める。


「だって、早くこの町が大きくなれば、みんなが嬉しいじゃない。私みたいな女の子だってそのお手伝いができるのなら、それがもっと嬉しいもの」


 リズはその言葉に感心して、自分も真剣に仕事に向き合おうと心に刻む。


「おおっと!」

 少女が手を滑らせて冷凍食材の梱包を取り落とし、地面にばら撒いてしまった。


「ああ、やっちゃった。すぐ拾わないと……」

 それはよくあるペースト状の植物性蛋白質、通称ベジプロのパッケージだ。


 だが、それを拾ったリズの眼の色が変わる。


「これは……」


 リズは床に落ちたパッケージをもう一つ掴むと、搬入先の厨房へと走った。


「すみません、今搬入している食材ですが、ちょっとおかしいので見てもらえませんか?」


 リズは手に持った二本の透明なパッケージを、中にいた担当者に見せる。


「あら、これは……」

 パッケージの品番と内容物を見比べて、担当者は首を捻る。


「えーっと、これの何がおかしいの?」


「これ、食材サーバー用の原材料の一つですよね」

「ええ、そうね」


「確か、ベジプロのペーストだったと……」

「あっ!」


「変色してますよね、これ」

「冷凍焼け?」


「この色だと、それだけじゃないかも……」

「たいへん、他のも開けて見なけりゃ」


 それから幾つかの梱包を開いて内容物を確認すると、搬入している食材の約半数が不良品であることが判明した。


「よかった、ありがとう。搬入が終わる前に気付いてよかったわ。あなた、食材に詳しいのね」


「ええ、これでも料理人ですから」


「ああ、ちょうどいい。昨日コックが一人急に辞めて困っていたの。ねえ、これから厨房の仕事を手伝ってくれない?」


 それは、リズには願ってもない申し入れだった。


「リズ、どうしたの?」

 落ちた食材を拾い集め、荷物の入れ替えを手伝っていた少女が、そこへ顔を出した。


「うん、ちょっと今から厨房の手伝いをすることになって……」


「それはずいぶん急な話ね」

「うん」


「でも、よかったじゃない。頑張ってね」

 少女はにっこり笑うとリズの肩をポンと叩いて、自分の持ち場へ戻るのだった。



 その日から、リズの暮らしは一変する。


 思いがけないリズの調理の腕と明るい接客が認められて、すぐに食堂の人気者となった。


 それだけではない。あの少女が送ってくれたレシピは本当に驚くようなセッティングで、従来のマシンの能力からは考えられない味を引き出していた。


 それをリズが食堂向けにアレンジしたレシピは大好評で、すぐに定番メニューとなる。


 リズは僅か一日で全く違う暮らしに変化した幸運に、感謝する。


 全てがあの日突然現れた一人の少女、シルビアがシステムに介入し、裏から操作した仕込みであることを知らずに……



「これって、ある意味ホラーだよね」

 全てを聞かされた他のメンバーは、戦慄する。


「まったくだ」


「せめて魔法のようだ、と言って」


「こんなにえげつない魔法を、僕らは知らない……」

 コリンは両手を上げて、降参の意を表明する。


「でも、マシンのレシピは、昔コリンが教えてくれた奴の流用よ」


「うわ、ヒドイことするな、お前は。因果律の乱れが加速するぞ!」


「で、急に食堂の厨房を辞めた人は、どうなったんだ?」

「先に、もっといい仕事を見つけてあげたわよ!」


「最初から、そっちをリズに紹介すればよかったんじゃないの?」

「それは、別の町の仕事なの!」


「あの、変色した食材の入手経路は?」

「それは……ノーコメント」


「怪しい……」

「怪しすぎる……」

 全員の視線が、シルビアに集まる。


「さすが、腹黒シルビアの仕事なのだ」

「腹黒メアリーの妹さんに言われたくないわ」


「だから、シルは姉さんの何を知っているのだ?」


「そりゃ、ねえ、ニア」

「やっぱり、ハニートラップ?」


「それはもういい!」


「よくないのだ。何が何やら、わからないのだ。一度きちんと説明するのだ!」


「例え妹のエレーナでも、教えられないことがあるんだよ」

「く、悔しいのだ!」


 矛先が別の方向に向いたので、シルビアはほっと息を吐いて口を固く閉じた。



 


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