理由
同じ日の夜、コリンとニアは髪や目の色を変えて目立たぬ地味な服装で〈エルダーフラワー〉を訪れている。
ところが、食前酒に出された甘い果実酒を何杯もお代わりして、結局は悪目立ちをしているのだった。
もっとも、本気で目立たぬようにするならば、初めからニアを連れて来るような真似はしない。
客席は、ピンク色に髪を染めた元気なおかみさんが切り回していて、キッチンには若い娘と白い髭の太ったコックがいる。
カウンターの奥に腰を落ち着けた二人は、長い時間をかけて食事をしながら、店のおかみさんを相手に世間話に花を咲かせながら、様々なことを聞き出した。
そのためには、ニアが必要なのだった。
コリンはリズの料理の腕前を確認するのと、ニアが気分良く食事をするための付き添いに過ぎない。
まあ、ニアが暴走しないように見張るという、一番重要な役割があるのだが。
老夫婦が営む小さなレストラン、という印象が強いが、その老夫婦には子供がいないだけで、それほどの年寄りでもない。
ただ店主の白髪と白い髭が目立つので、開店当時からそんなイメージが定着しているのだった。
二人はまだ六十代で、百歳過ぎても元気な老人が多い昨今では、まだまだ現役世代である。
リズは、三年前にこの店でウエイトレスとして、一旬三日のアルバイトを始めた。
しかしすぐに料理の腕が認められて、キッチンの手伝いもするようになる。
そんな時に店主が怪我をして体を壊し、以来リズがフルタイムで働いて、キッチンに立つようになった。
店主の怪我は治ったが、完全に元通りに回復することはなく、今ではリズの手伝いがなければ、店が回らないような状態になっている。
リズは今の状況に不満もなく、いたって楽しく暮らしているつもりであった。
しかしこのままでは、本当にリズはテカポに骨を埋めてしまう。
それはそれで幸福そうではあるが、子孫のコリンとしては、非常に困った事態だ。
既にリズは三年前にこの店で、フランクと出会っているはずだ。
その辺りを、酔ったニアがおかみさんに向けて、チクチクとつつき始める。
「あら、覚えてるわよ。店に来たばかりのリズが夢中で追いかけてた、金髪の色男がいたわね」
「へえ、リズはそういうのが趣味なんだ~」
ニアが、キッチンにいるリズをからかう。
「いいの。だって、すぐに迎えに来てくれるって約束したんだから!」
「でも、まだ来ないのよねぇ」
「おばさん、それは言わないで!」
「まあ、おかげでうちは助かってるけどさぁ」
「そうよ。私はまだまだ待てますから」
これには、コリンもニアも困った顔を見合わせる。
のんびり待っている余裕は、ないのだった。
翌日は、いよいよ本命のケンが登場する。
先にジュリオとエレーナが店に入って待ち構えている。
今日は店の奥のテーブル席に腰を落ち着けた。
そこへ、ケンが一人でふらりと現れる。
目立つようにカウンターの真ん中へ座った。
三年前にリズが出会ったフランクは、恐らく今のケンよりも幾つか年上だったろう。幾らケンが背伸びしても、フランク本人と間違うほどの大人には見えない。
しかし、キッチンのリズが一目見て息を呑むのが、ジュリオたちにもはっきりと見えた。
「い、いらっしゃいませ」
ケンをはっきりと意識したリズのぎこちない挨拶に、不安だったケンも少々自信を持ったようだ。
「ずいぶん若くてきれいなシェフがいるんですね」
何度も練習したセリフをサラッと言えて、ケンの緊張が更に少し緩む。
「お客さん、一人かい?」
おかみさんが、ランチメニューの説明を始める。
「うん。兄貴からこの店を勧められて、今日は仲間と別行動で来てみたんだ」
その仲間というのが昨夜この店で騒いでいたニアとコリンだとは、おかみさんも知らない。
ジュリオとエレーナは、念のため偽名を使い別の宿に宿泊している。
それからケンは、敢えてリズの方を見ることなく、観察はジュリオとエレーナに任せて静かに食事をした。
耳に仕込んだレシーバーでジュリオの観察した内容を聞きながら、リズがもやもやした動きをキッチンでしていることを知る。
食べ終わった後に、ケンは満を持してキッチンへ声をかけた。
「もしかして、あなたがエリザベス?」
「えっ!」
不意を撃たれたリズが目を見開いて、ケンを凝視する。
「いや、違ったらゴメン。兄貴から伝言を頼まれてて……」
「そうです。私がエリザベス」
「あ、やっぱり。俺はハーバート」
「私に伝言って?」
「兄貴がエランドって惑星に仕事で行っていて、当分動けないらしいんだ。で、この店にまだエリザベスって女性がいたら、謝ってほしいって」
「お兄さんの名前は?」
「フランク」
「そう、やっぱり。フランクは来ないんだ……」
「でも、エランドで待っているからって」
「えっ!」
床に落ちていたリズの視線が、ケンの顔に戻る。
「本当?」
「ああ。エランドからは動けないが、来てほしいって」
「そ、そうなんだ……」
「ああっ、オレ約束の時間があるからさ、今日はこれで。伝言は確かに伝えたよ!」
そうしてケンはボロが出ないうちに、慌てたふりをして精算すると、店を飛び出して行った」
「上出来だ」
ジュリオの言葉が、ケンの耳の奥に響いた。
「ゴメン、フランク。でも、私はここを離れることはできないわ……」
リズは胸の前で両手を組んで、小声で呟く。
「リズ、いいんだよ、私たちのことは。気にせずに行きなさい!」
「そんなこと、絶対にしませんから!」
「わしなら、もう大丈夫だぞ!」
「嘘ばっかり。おじいさんは昨日も足が痛くてずっと我慢していたくせに……私、知っているんですからね!」
唇をかんで、リズは下げた食器を洗い始める。
「この子は、言い始めたら聞かないんだから……」
おかみさんは、大きなため息をついた。




