悩み
『オンタリオ』はステルス状態のまま、TG45と呼ばれる適度に賑わう星系の、太陽から遠い公転軌道をゆっくりと周回している。
「少しの間、このTG45で休息ね」
シルビアが乾いた声で確認する。
「すぐに反省会と今後の相談をするから、頭の中を整理しておいてくれ」
ジュリオの声を聞く前に他の五人は立ち上がり、動き始めている。
コリンとニアが用意した軽食を各自が個室へ持ち込み、思い思いに休養する時間となった。
その中で、ケンとコリンだけがトレーニングルームの隅で頭を寄せ合い、何やら相談をしていた。
ケンがラボと呼んでいる作業台の前で、分解したMT機器類を顕微鏡で覗きながら深刻な顔で議論をしている。
「オレから見れば、地下のヴォルトもコリンの自動収納も、機能的には同じようなものに見えるんだぜ」
ケンの言葉に、コリンは大きく首を横に振る。
「あのね、姿は似ていても、宇宙船と潜水艦は別物でしょ。ある側面で似ている部分があっても、違うものは違う。そんな乱暴な議論には付き合えないよ!」
「だけど、オンタリオだって水に潜れるらしいんだから、コリンの見ている潜水艦だって、実は宇宙へ飛び立てるのかもしれない」
「あのね、ケン……」
「ニアも似たようなことをしてるだろ?」
「それとこれとは、話が別!」
そこへ、部屋へ戻ったはずのシルビアがやって来る。
「何してるの、二人でこそこそと……」
シルビアは風呂上がりのようで、まだ湯気の出るような上気した顔を手で仰ぎながら、二人に近寄る。
ただ、ここにまだ人が残っているとは思わなかったようで、下着の上にサイズの大きな薄いシャツを羽織っただけの、過激な格好だった。
二人は目のやり場に困り、顔を赤くする。
「そりゃ、シルは可愛いねって話してたところさ……」
ケンが動揺しておかしな方向へ話を進めるので、コリンとシルビアは更に顔を赤くする。
「いや、もちろんニアもだけどね」
コリンがケンに合わせて、話を繕う。
「それにしては、ずいぶん深刻な顔で話していたじゃないの」
「いや、オレたちにも、色々深い悩みがあるのさ。わかるだろ?」
顔を逸らして思わせぶりなことを言いながら、ケンはシルビアを盗み見る。
「そ、そうだよ。僕らは恥ずかしくて言えないことも多いんだ……」
「まあいいわ。私は忘れ物を取りに来ただけだから、部屋へ戻るわね」
シルビアはトレーニングマシンの脇に落ちていたウエアを拾い上げると、軽い足取りで部屋へ戻って行った。
夜には、居間にしている店の三階で、エレーナの十五歳の誕生日を祝い豪華な夕食を食べた。
食事の片付けも終わり、デザートや飲み物を楽しんでいると、部屋の中央で異変が起きた。
六人が見守る中、居間の中心部に白い靄が生まれたかと思うと、じわじわと何かが空中に実体化して、やがて輪郭がはっきりすると、メタルゴーレムの姿になった。
「またかよ……」
「前は床から頭が出て、上に伸びて来たよね?」
「うーん、こういう新しいエフェクトもあるのか」
「フェードイン?」
「しかし、演出を変える意味があるのか?」
「どっちにしろ、嫌な予感しかしない」
「もう見たくないし、話も聞きたくないのだ」
「腹減った……」
「「「「「「夕食を食べ終わったばかりだろ!」」」」」」
メタルゴーレムも声を合わせて、ニアに突っ込みを入れた。
「仕事の依頼だ」
「随分早いな」
「君たちが夕食を終えるのを待っていたんだぞ」
「でもまだ腹減っている奴がいるのだ。だから出直してくるのだ!」
エレーナの苦情は無視して、ゴーレムは続ける。
「因果律の乱れが君たちに直接影響を及ぼす前に、動いてもらいたいのだ。今回は、特別緊急任務と理解して、早急に着手してほしいのだ」
「のだって二回言ったのだ」
「それよりも、前回とは口調がまるで違うぞ。別人なのか?」
「ジュリオは、そんなに姉さんの口真似が気に入っていたのか?」
「毎回違うエフェクトで出て来るのも、何か意味があるの?」
口々に色々声を掛けられて、実体化したゴーレムが巨体を震わせてイラついた声を上げる。
「いいから、黙って話を聞け!」
さすがに、空気が変わった。
「はい、なのだ……」
「君たちが水面に大小の石を投げ込んでくれたおかげで、大きなうねりが消えた半面、小さなさざ波が残っている。それが複合して大波に育つ前に、消してもらいたい」
ゴーレムが思ったより重要そうな話を始めたので、いつも騒がしい船内も静まる。
「一応聞くだけ聞こうか」
ジュリオは両手を広げて、他のメンバーの顔を見る。
「ダメ。聞いたら断れなくなる奴だって、これは」
ニアは、当然のように反対する。
「じゃ、帰ってもらおうか」
「そうはいきません」
「だってさ」
ケンがニアに振り向く。
「じゃ、わたしは耳を塞いでるよ」
「聞いても聞かなくても、どうせ最初から断れないんでしょ……」
シルビアの言葉にはいつもの鋭さがなく、目を伏せて諦めの表情になっている。
「さて、目的地は三百年前の惑星エランド。エギムの町の開拓時代に、町の近くの砂丘で宇宙船の一部を発見したペリー家の祖先が、そこで酒場を始めることになる。それが、君たちとこの船団を繋ぐ、最初の出会いだ」
ニアも、塞いだ耳から手を放した。手で塞いでも聞こえていた、ということなのだろう。
「コリンの先祖に当たるその人物の行動が、因果律の乱れによって不安定になっている。どうにかして、砂丘の中にある『スペリオル』と接触し、僅かなマナの供給を開始させねばならない」
そこからコリンに至るまでの三百年間を、ペリー家のもたらす僅かなマナにより船団は維持されるのだ。
「ペリー家にコリンが生まれるまで、砂丘の底とペリー家の血筋を守らねば、今の君たちもいないことになる。当然、今後のガーディアンとしての活動にも影響する」
「どうして、そんな重い話を持ってくるかな?」
「俺たち最近、一万人の命を救ったばかりだぜ」
「次は僕ら自身の存在を賭けて、もう一仕事しろと?」
「で、俺たちにも報酬はあるんだろうな?」
「報酬か。そう。では、ケンとコリンの悩みを解決してあげよう」
それを聞いたシルビアとニアの顔が、パッと明るくなる。
「それって、あれよね」
シルビアは、先程のケンとコリンの不自然な会話をニアに伝えていたらしい。
「よし、やろう!」
ケンとコリンは顔を見合わせて、複雑な表情を浮かべる。
「ジュリオは、それでいいのか?」
「わからん」
「いや、ジュリオ。それで手を打って!」
そんなやり取りを無視して、ゴーレムは言う。
「依頼の詳細は、アイオスにデータを送ってある」
「なるはやで着手し、適切な対応を希望する」
「なるはや……」
「ASAP」
「as soon as possible」
「遅れたらどうなる?」
「君たちの周囲でこれ以上因果律の乱れが大きくなると、エギムの町全体にも悪影響が出るかもしれない」
「或いはテカポなどに被害が及ぶか……」
「うわ。やっぱり、思いっきり脅迫されているわね」
「これは、依頼ではなく恐喝なのだ」
「やっぱり、ハニートラップだった!」
「それは、やっぱり違うのだ!」
ゴーレムの姿は次第に薄くなり、消えた。