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旅する酒場の魔法使い 第一部  作者: アカホシマルオ
第三章 ペルリネージュ
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悩み

 

『オンタリオ』はステルス状態のまま、TG45と呼ばれる適度に賑わう星系の、太陽から遠い公転軌道をゆっくりと周回している。


「少しの間、このTG45で休息ね」

 シルビアが乾いた声で確認する。


「すぐに反省会と今後の相談をするから、頭の中を整理しておいてくれ」


 ジュリオの声を聞く前に他の五人は立ち上がり、動き始めている。


 コリンとニアが用意した軽食を各自が個室へ持ち込み、思い思いに休養する時間となった。



 その中で、ケンとコリンだけがトレーニングルームの隅で頭を寄せ合い、何やら相談をしていた。


 ケンがラボと呼んでいる作業台の前で、分解したMT機器類を顕微鏡で覗きながら深刻な顔で議論をしている。


「オレから見れば、地下のヴォルトもコリンの自動収納も、機能的には同じようなものに見えるんだぜ」


 ケンの言葉に、コリンは大きく首を横に振る。


「あのね、姿は似ていても、宇宙船と潜水艦は別物でしょ。ある側面で似ている部分があっても、違うものは違う。そんな乱暴な議論には付き合えないよ!」


「だけど、オンタリオだって水に潜れるらしいんだから、コリンの見ている潜水艦だって、実は宇宙へ飛び立てるのかもしれない」


「あのね、ケン……」

「ニアも似たようなことをしてるだろ?」

「それとこれとは、話が別!」


 そこへ、部屋へ戻ったはずのシルビアがやって来る。

「何してるの、二人でこそこそと……」


 シルビアは風呂上がりのようで、まだ湯気の出るような上気した顔を手で仰ぎながら、二人に近寄る。


 ただ、ここにまだ人が残っているとは思わなかったようで、下着の上にサイズの大きな薄いシャツを羽織っただけの、過激な格好だった。


 二人は目のやり場に困り、顔を赤くする。


「そりゃ、シルは可愛いねって話してたところさ……」

 ケンが動揺しておかしな方向へ話を進めるので、コリンとシルビアは更に顔を赤くする。


「いや、もちろんニアもだけどね」

 コリンがケンに合わせて、話を繕う。


「それにしては、ずいぶん深刻な顔で話していたじゃないの」

「いや、オレたちにも、色々深い悩みがあるのさ。わかるだろ?」


 顔を逸らして思わせぶりなことを言いながら、ケンはシルビアを盗み見る。


「そ、そうだよ。僕らは恥ずかしくて言えないことも多いんだ……」


「まあいいわ。私は忘れ物を取りに来ただけだから、部屋へ戻るわね」


 シルビアはトレーニングマシンの脇に落ちていたウエアを拾い上げると、軽い足取りで部屋へ戻って行った。



 夜には、居間にしている店の三階で、エレーナの十五歳の誕生日を祝い豪華な夕食を食べた。


 食事の片付けも終わり、デザートや飲み物を楽しんでいると、部屋の中央で異変が起きた。


 六人が見守る中、居間の中心部に白い靄が生まれたかと思うと、じわじわと何かが空中に実体化して、やがて輪郭がはっきりすると、メタルゴーレムの姿になった。


「またかよ……」

「前は床から頭が出て、上に伸びて来たよね?」


「うーん、こういう新しいエフェクトもあるのか」

「フェードイン?」


「しかし、演出を変える意味があるのか?」

「どっちにしろ、嫌な予感しかしない」

「もう見たくないし、話も聞きたくないのだ」


「腹減った……」

「「「「「「夕食を食べ終わったばかりだろ!」」」」」」


 メタルゴーレムも声を合わせて、ニアに突っ込みを入れた。



「仕事の依頼だ」


「随分早いな」


「君たちが夕食を終えるのを待っていたんだぞ」


「でもまだ腹減っている奴がいるのだ。だから出直してくるのだ!」


 エレーナの苦情は無視して、ゴーレムは続ける。


「因果律の乱れが君たちに直接影響を及ぼす前に、動いてもらいたいのだ。今回は、特別緊急任務と理解して、早急に着手してほしいのだ」


「のだって二回言ったのだ」


「それよりも、前回とは口調がまるで違うぞ。別人なのか?」


「ジュリオは、そんなに姉さんの口真似が気に入っていたのか?」


「毎回違うエフェクトで出て来るのも、何か意味があるの?」


 口々に色々声を掛けられて、実体化したゴーレムが巨体を震わせてイラついた声を上げる。


「いいから、黙って話を聞け!」

 さすがに、空気が変わった。


「はい、なのだ……」


「君たちが水面に大小の石を投げ込んでくれたおかげで、大きなうねりが消えた半面、小さなさざ波が残っている。それが複合して大波に育つ前に、消してもらいたい」


 ゴーレムが思ったより重要そうな話を始めたので、いつも騒がしい船内も静まる。


「一応聞くだけ聞こうか」

 ジュリオは両手を広げて、他のメンバーの顔を見る。


「ダメ。聞いたら断れなくなる奴だって、これは」

 ニアは、当然のように反対する。


「じゃ、帰ってもらおうか」


「そうはいきません」


「だってさ」

 ケンがニアに振り向く。


「じゃ、わたしは耳を塞いでるよ」


「聞いても聞かなくても、どうせ最初から断れないんでしょ……」

 シルビアの言葉にはいつもの鋭さがなく、目を伏せて諦めの表情になっている。


「さて、目的地は三百年前の惑星エランド。エギムの町の開拓時代に、町の近くの砂丘で宇宙船の一部を発見したペリー家の祖先が、そこで酒場を始めることになる。それが、君たちとこの船団を繋ぐ、最初の出会いだ」


 ニアも、塞いだ耳から手を放した。手で塞いでも聞こえていた、ということなのだろう。


「コリンの先祖に当たるその人物の行動が、因果律の乱れによって不安定になっている。どうにかして、砂丘の中にある『スペリオル』と接触し、僅かなマナの供給を開始させねばならない」


 そこからコリンに至るまでの三百年間を、ペリー家のもたらす僅かなマナにより船団は維持されるのだ。


「ペリー家にコリンが生まれるまで、砂丘の底とペリー家の血筋を守らねば、今の君たちもいないことになる。当然、今後のガーディアンとしての活動にも影響する」


「どうして、そんな重い話を持ってくるかな?」

「俺たち最近、一万人の命を救ったばかりだぜ」


「次は僕ら自身の存在を賭けて、もう一仕事しろと?」

「で、俺たちにも報酬はあるんだろうな?」


「報酬か。そう。では、ケンとコリンの悩みを解決してあげよう」


 それを聞いたシルビアとニアの顔が、パッと明るくなる。

「それって、あれよね」


 シルビアは、先程のケンとコリンの不自然な会話をニアに伝えていたらしい。


「よし、やろう!」


 ケンとコリンは顔を見合わせて、複雑な表情を浮かべる。


「ジュリオは、それでいいのか?」

「わからん」


「いや、ジュリオ。それで手を打って!」


 そんなやり取りを無視して、ゴーレムは言う。

「依頼の詳細は、アイオスにデータを送ってある」


「なるはやで着手し、適切な対応を希望する」


「なるはや……」

「ASAP」

「as soon as possible」


「遅れたらどうなる?」


「君たちの周囲でこれ以上因果律の乱れが大きくなると、エギムの町全体にも悪影響が出るかもしれない」


「或いはテカポなどに被害が及ぶか……」


「うわ。やっぱり、思いっきり脅迫されているわね」

「これは、依頼ではなく恐喝なのだ」


「やっぱり、ハニートラップだった!」

「それは、やっぱり違うのだ!」


 ゴーレムの姿は次第に薄くなり、消えた。



 


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